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「まなみ」
「・・・」
「まなみ?聞こえてる?」
「・・・大丈夫、聞いてる」
「俺、今からお前の会社行くわ」
「うん。お願い」
「なぁ、確かお前の親父さん、去年亡くなってるよな」
「・・・そうだね」
「どうなってるんだ?何があった?」
「来て」
電話を切ると、敏夫は今止まっていたタクシーに乗り込み、まなみの働いている会社へと急いだ。
電柱のところに赤い帽子を被った細い男がいることに気付いた。不自然に直立して立っているから嫌でも目につく。敏夫と目が合うと、赤い帽子の男は頭を下げておじぎをした。敏夫もつられておじぎをしたが、振り返ったらもうそこには誰もいなかった。
「まなみちゃん・・・あいつ会社にはいないって」
「・・・うちに来てます」
「・・・彼氏は?」
「間一髪無事みたい。今こっちに向かってきてます」
「あんたは、大丈夫かい?」
「なんとか」
未だお腹を抑えたまま、小刻みに震える身体は直らない。トイレに行って来ますと言い、一度総務部を出て、一番近いトイレに向かった。
「まなみさん」
聞き覚えのある声にびくりとして足を止めた。
心臓は早鐘を打ち、震える身体とシンクロして倒れそうになる。
振り返りたくないけど、ゆっくりと声をした方を振り向くと、そこにいたのはあのコンビニ店員だ。
「こわがらないで」
身体が固まってしまって動けないし声も出ない。
「DVD、観て頂けたんですね?」
頷くことしかできない。
「あの男が誰だかもご存知ですね?」
頷く。
「このDVDを仕込んだのもあの男です。私はご存知の通りコンビニで働いています。あなたが持って来た料金支払いに記載されている住所を見て、してはいけないことなんですが後をつけてしまいました。ここに住んでいるんだって思うだけで幸せでした。会社帰りにコンビニで買い物をしてくれるだけで、おつりを渡すだけで幸せでした」
「・・・でもなんで」
「いつか、確か深夜にコンビニにお酒を買いに来たことがあったでしょう?」
「・・・はい」
寝付けなくて、寝酒でもしようかとパジャマのままコンビニに行ったことがあった。
「店の中で高校生くらいの子が騒いでいて、それを注意した私に喧嘩をしかけてきたことがありました」
あった。確かにそんなことがあった気がする。
「私がその子たちに肩を押されたり蹴られたりの暴力を受け、暴言を吐かれているのを聞いて仲裁に入ってくれましたね」
そうだ。この人、高校生くらいの子たちにからまれてたんだ。そこへ私が間に入って止めさせたってことあった。その子たちにはクソばばー呼ばわりされたけど、警察の話を出したら咄嗟に帰っていったんだっけ。
「ありがとうございました」
「そんな・・・昔の話でわざわざ」
「いいえ、嬉しかったんです。僕はこんなんでしょう?だから友達もいませんし、話してくれる人なんてもっといません。コンビニで働いているのはレジに立っていれば人と話すことができるからです。そして僕を助けてくれる人なんて誰もいなかった。あなたが最初で最後です。ですから、あの男のしていることを知らせたかった。どうしてもあの男の存在を教えたかったんです」
「だったらはっきり言えばいいじゃない」
だんだん意識が戻ってきた身体に思考も追いついてきた。
「それはできないんです」
「どうして」
「あの男はあなたの父親ではないんですね?」
「・・・私の父はもう亡くなってる」
「やっぱり」
そんな時、いつものように朝方にジャージで私の部屋から出てくる男を見て、不信に思っていたということだ。歳が違いすぎるし、彼氏といえる年齢じゃない。
彼は出勤前のお昼過ぎにうちの前を通った時にもまたこの中年の男と会ったそうだ。挨拶をしてみたら、なんの動揺も見せず、私の部屋を指して、父親です、娘がお世話になっていますと言ったので、そう信じていたということだ。
しかし、朝方になってこっそりと部屋から何度も出て行く姿を目にするようになってからとういうもの不信はつのり、次の日の昼にいつもと同じようにやってきて部屋に上がり込む中年の男の後をつけて部屋に上がりこんだ。もちろん中年の男はびっくりしたが、彼は私の彼氏だと嘘をついた。
それは申し訳ないとことをしたと言い残し、中年の男はそそくさと部屋を後にし、残された彼は、中年の男が部屋の奥で何かしていたその場所で、このDVDを発見したということだ。
勿論中身を観たら、こんな映像が残されていて驚いたと同時に怒りが沸いてきたという。
証拠品として彼はこのDVDを抜き取り、私宛てに会社に郵送し、この男を待ち伏せして問い詰めたというわけだ。
「で、どうなったの?」
「もう、終わりました」
「終わった?」
「はい、僕はもうあなたにこれが伝えられて良かったと思っています。あなたは今は苦しいでしょうが、きっと彼氏さんが守ってくれますから安心できます。今タクシーでこちらに向かっていますしね」
「・・・なんでそんなこと分かるの?さっき電話で話したのに」
「お願いがあります。あなたが帰る前に今すぐここから警察を呼んであなたの家に向かわせてください」
「私も一緒に行きます」
「ダメです。これは私の最後のお願いです」
「・・・あなたの言うことを聞く理由は・・・無い」
「牛乳には睡眠薬が仕込まれていました」
「・・・・」
「これでお願いできますか?」
「どうしてそんなことが・・・」
「最後のお願いなんです。僕はこのままでほんの少しでいいですからあなたの記憶に残りたいんです。ですから今ご自宅に帰られては困るんです」
「・・・意味が分からない」
言っていることの意味が分からない。
この人があの卑劣な男の犯行を暴いてくれて、DVDを探し出してくれたことには感謝するとしても、勝手にうちに上がり込んだのも事実でしょ?
そんな人の言うことを聞く理由なんて無い。
コンビニ店員は私とほどよい距離を保ったまま直立で立っていて、近づいてくることはない。
そしてその手にはもう茶封筒は無かった。青白い顔はいつも通り青白く、でも口元にはなぜか優しい笑みを浮かべていた。
「まなみさん、安心して下さい。僕はもうあなたの前には現れませんから。だから最後のお願いです」
いつになく真剣な目と物腰の柔らかさから、嫌な人には思えなかった。むしろ穏やかな雰囲気さえ感じ取ることができた。




