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まなみちゃん!と後ろから呼ばれ、振り向いたら塔野さんが敏夫を連れて走ってくるところだった。
コンビニ店員さんの方に振り返った時、彼はもうそこにはいなかった。
「まなみ!おまえ大丈夫か?」
私の顔を両手で覆って目の奥を覗き込む敏夫の目には、何がどうなっているのかというとまどいの色が映っていた。
「・・・警察」
「警察?」
「塔野さんお願い」
「分かった。あいつはあんたん家にいるの?」
「敏夫、うちの前で会った人って、中年でタヌキみたいな人?これ?」
塔野さんが持って来てくれた部長の写真を見せたら、こいつで間違いないと敏夫は言った。
ショックを受けた私は塔野さんに警察に電話をかけてくれるようにお願いしたそのすぐ後で、意識を飛ばしてしまった。
目覚めた時に一番始めに目に入ったのは敏夫の顔だ。
私はあのまま病院に運ばれて、意識を飛ばしている間に全ての検査を受けたらしい。下腹部が痛いのはそのためだろうか。
あのDVDを観た敏夫は、あの男を殺す!とまで言い出したらしいが、塔野さんがいてくれてよかった。まずはそんなことよりも私の身体のケアが一番でしょ!と理性を引き戻してくれたらしい。
今出せる検査結果では以上は無かった。そこだけは一安心だ。
しかし、敏夫には申し訳ないと思う。
自分の彼女がこんなんなんて、嫌だと思う。
部長はどうなったかを聞いたら、敏夫と塔野さんは目を合わせて言いにくそうな顔をした。
私はベッドから痛む身体にムチを打ち、上半身を起こしてちゃんと話してと詰め寄った。
警察が駆けつけた時、部長は私の部屋の一番上の押し入れの中にいた。
一番上には何も入っていないからか、いくら臭いがしてきてもそこまで調べることは無かった。
部屋にはたくさんの消臭剤が置いてあった。家の前のドラッグストアーで買ったものだろう。
買ってきた消臭剤をいつの間にか押し入れの中に入れてあった衣装ケースの周りにずらりと並べていたらしい。
部屋に入った瞬間に警察はこれがなんの臭いだか瞬時に判断し、押し入れで一心不乱に消臭剤を並べている部長を引きずり下ろし、衣装ケースを確認した。
部長は顔を左右に振りながら意味の分からない言葉を発し続けていたらしい。
鑑識が入って部屋中をくまなく調べ、部長の指紋や体液の発見に至り、そのままどこかへ連れていかれたということだ。
衣装ケースの中には、幾重にも重ねた業務用ビニール袋に詰め込まれて密封されたバラバラ遺体が押し込まれていた。
腐敗が進み、男女の区別すらも難しくなっていたらしい。臭いがそれほど周りに響かなかったのは、部長が置いた何十とある消臭剤のおかげだった。
臭いの原因は押し入れの奥に隠されていた死体からのものだった。
そしてそれは誰だかも分からないし、どうやって切断されてここまで運ばれて、どうしてここにあるのかも分からない。
敏夫は私の手を握りしめたまま、塔野さんは突っ立って心配そうに私を見たまま、3人の時間が止まっていた。
後日、警察から呼び出しがあった。
出向いた小部屋で聞かされた内容は、私が身体に異変を覚えたあたりから部長は夜中にうちに忍び込んでは睡眠薬で眠らせた私と関係を持っていたということだ。
外出に出たときにうちに入り込み、睡眠薬をしこませていたらしい。外出ということは、うちに行くことだったんだって思うと怖すぎて身体から力が抜ける。
倒れそうになる身体を支えてくれているのは敏夫だ。私がこんなことになてもずっと一緒にいてくれる。本当に心から有りがたかった。
衣装ケースに入った遺体は今のところ身元不明ということだ。
部長にこの遺体が誰なのかを問いただしても答えられる精神状態じゃないという。
そして部長の奥さんは早々に離婚届を叩きつけたということだ。
また何度か来てもらうことになるかもしれなせんが、ご容赦くださいと言われ、警察を後にした。
「コンビニ・・・」
「行ってみるか?」
「・・・うん」
あれ以来一回も姿を見せないコンビニ店員さんに、一言お礼だけでも言わなきゃと思って、久しぶりにコンビニに行った。
コンビニ店員さんの話を警察にもしたけれど、警察が調べた結果は、彼は今どこにいるか分からないということだ。
どこにいるか分からないって、毎日のようにうちの前にいるのに?
そういえば、敏夫に話しかけたって言ってたけど、当の敏夫はそんな奴いなかったって言ってる。
もう一度、うちの前に来てくれればいいのに。
会社で会った時、もう私も目の前には姿を現さないと言ったけど、それってどうしてなんだろうか?
ただ、この事件のことを知らせたかっただけなの?
コンビニの店長さんに呼び出して貰おうにも、名前も知らない人だから、呼び出して貰うこともできない。
赤い帽子を被った人なんですけど?と店長さんに説明すると、
あぁ・・・彼ね、何日も無断欠勤なんですよ。こちらも探しているんですけど携帯も繋がらないし、ご実家は北海道だしでどうにもならなくて・・・という解答だった。
そうですかと言うと、何も買わずに出るわけにもいかず、私たちはお茶だけ買ってコンビニを後にし、そのまま敏夫の住む家へと帰った。
うちにあった物は全て捨てることにした。家具も服も家にあるもの何もかも。
しばらくしたら海外勤務希望で会社に出してみるから、そうしたら一緒に日本を出ようという話になり、私は会社を辞めた。
敏夫もしばらく会社から休みを貰えたみたいで、ずっと一緒にいてくれる。今は一人になれない。塔野さんはメールや電話をくれたりと心配してくれて、何かあったらすぐに連絡しなさいよって言ってくれる。
部長が私に抱いていた気持ちになんて気付かなかった。
そんなことをする人だとは思いもしなかったし、そんな裏の顔があるなんて考えもしなかった。
会社にいるときにはそんなこと微塵も感じさせなかったのに、あのDVDも、自分で楽しむ為に撮ったって警察にわめき立てたということだけど、衣装ケースの中身については硬く口を閉ざし、俺はやってないの一点張りのようだ。
警察に保管されている衣装ケースの一番下に、血をたっぷりと吸って真っ黒く変色した帽子が、すくい上げられなかった残りの肉の塊と、丸められたビニール袋と一緒に残されていた。
本体は身元確認に回されている為、ここには既にない。
残された液体と細々した肉の破片の中に混じって溶け込むように、帽子がそこに自分の存在を告げていた。
それを見つけたと報告を受けた警察は、『もう一度署まで来て下さいませんか、お伺いしたいことがございますので』という電話をまなみに入れた。
【完】




