第4話:生まれ変わった相棒
黒板を滑るチョークの乾いた音とそこに書かれる数学の公式
そして教員の淡々とした講義の声が午後の教室を満たしている。
窓際の席で頬杖をつきながら、私はノートの隅に
意味のない線をつらつらと走らせていた。
頭の中で反芻しているのは数学の公式...ではなく
ここ数日ですっかり身体に染み付いてしまった『あの感覚』だ。
(初出撃からもう一週間....あれから毎日やってるなあ......。)
あの日、RIN.....蓮見 凛に半ば強引に連れていかれた『SAF』の初レイド。
死の恐怖と、無事に生還して手に入れたクレジットの快感。
あの一戦をきっかけに、私達は放課後になると毎日のように
『ロスト・ストリート』へ繰り出した。
最初は足音ひとつに怯えていた私も
今ではマップ構造や敵のスポーン位置もある程度把握し
障害物を利用した立ち回りやクリアリングも板についてきた。
戦利品を売却して得た資金も順調にたまり
初期の極貧生活からはそこそこ脱却できている。
「........おい、葵!そこ読んでみろ。」
「うぇっ!?あっはい!」
教員に指名され、慌てて教科書を持って立ち上がる。
隣の列の数席前から視線を感じ、チラリと目線をやると
蓮見 凛が教科書で顔を隠しながら、くっくっと肩を揺らして笑っていた。
(笑いごとじゃないんですけど.......!)
心の中で抗議しつつ指定された箇所を音読し、なんとか席に着く。
蓮見 凛
学校での彼女は、成績優秀で容姿端麗
誰にでも愛想がいい....いわゆる『優等生』で通っている。
まさか彼女が、放課後になると分厚い防弾プレートで身を固め
重機関銃を乱射しまくる動く要塞オタク『RIN』だとは
クラスの誰も、夢にも思っていないだろう。
やがて授業が終わり、放課後のチャイムが鳴り響くと
教室内の緊張感はどこへやら、あちこちでガタガタと椅子を引き
思いのままに行動する音が聞こえ始めた。
「葵~、今日部活あるんだけど見学しない~?
部員もっと増やそうの会やってるんだけどさ~!」
「ごめん、今日バイトあるから.....。
部活も、今は興味ないかなあ...バイトもあるし。」
クラスメイトとの軽い会話を交わしながら鞄に教科書を詰めていると
いつの間にか私の机のわきに凛が立っていた。
凛はそのまましゃがみ込み、私の机に腕を置くと
ニヤニヤしながら話しかけてくる。
「バイトなんて聞いてないんだけど~?
いったいどこで何のバイトなのかにゃ~?」
「あはは...分かってるでしょ?」
「ジョーダンだよ、分かってるって!
んじゃ、待ってるぜぃ相棒!」
凛はそう言ってウィンクすると、軽やかな足取りで教室を後にした。
それを見送った後、帰り支度を済ませ私も教室を後にした。
家に着いた私は、鞄を放り投げると手早く着替えを済ませ
自室のベッドに腰を下ろした。
デスクの上に置かれたフルフェイス型のVRヘッドギア....
『イージスリンク』を手に取る。
ここ最近、学校から帰ってきたら真っ先に
これを被るのがすっかり日課になっている。
すべすべとした冷却パッドの感触と若干の重さを頭部に感じながら装着し
側面の電源スイッチを長押しする。
心地よい電子音と共に起動し、その後視界が暗転する。
『ユーザー認証成功。Welcome to SCAVENGER'S AEGIS: FAULT』
全身を包み込む浮遊感のあと、視界が明けて眼前に現れたのは
見慣れた個人ロビーと、パーティ招待が届いている通知ウィンドウだった。
【『RIN』からのパーティ招待が届いています。Yes/No】
Yesをタップすると、光の粒子に身体が包まれ
次の瞬間には壁一面に銃が飾られているRINのロビーへと転送されていた。
「遅~~~い!待ちくたびれたぜAOちゃ~!!!
ホントにバイトしてきたのか~!?私を置いてよぅ~!!!」
作業台の丸椅子に座っていたRINが、私を見るなり飛びついてくる。
アバターはいつもの重装備...ではなく、今は
カジュアルな作業用ワークウェアの姿だ。
ロビー内や街中では、こうして私服風の装備に着替えていることが多い。
「あはは...ごめんね、着替えてたらすこし遅くなっちゃった。」
「ま、許してあげよっ!それよりさAOちゃ!
ここ最近のレイドで結構資金貯まったべ!?」
RINがニヤニヤしながら私のウィンドウを指さし
インベントリ画面をどうにかして覗き込もうとしてくる。
「教わった通りこまめに売ってたから...そろそろ200万行きそうだよ。」
「いいねいいねぇ!!なら、ついに『無改造MPX卒業式』だねぇ!!
これからが沼だぜぃ....!なんてったって終わりが無いからねぇ!!!」
RINは私の肩をガッチリと持ち、グラグラと揺らしながら
興奮したように話してくる。
「そうと決まれば今日はレイドなんて後回しじゃ!
色んなカスタムして射撃場で試射!使いやっす~~~い
自分だけの相棒を作ってやろうぜぇ!!!」
「うん...そうだね、銃だって弄ればもっとレイド楽になるもんね。」
「ホラホラ!早く行くぜAOちゃ~!
私もM60イジリ倒したいんだからよぅ~!!!」
RINにグイグイと手を引かれ、私たちはガンショップへ向かった。
個人ルームから出て、私たちはプレイヤーやNPCのショップが
所狭しと立ち並ぶ『セントラル・マーケット』に足を踏み入れた。
ネオンサインが煌めく雑多な街並みには
ガチガチの重装備に身を包んだベテランから
初期装備を着た初心者まで大勢のスカベンジャーが行き交っている。
「まずは...前回の反省を生かして防具から選ぼうか!
前は武器に気を取られてマトモな防具買えなかったもんにゃあ...。」
「あはは...軽いのは好きなんだけどね...。」
「軽いとはいえ、ペラペラすぎんのよその装備は!
なら中級なり上級なりの軽量アーマーでも着りゃある程度の硬さと
速度デバフは最低限でプレイスタイルに影響は出ないハズ!!!」
と言いながらRINが指をさしたのは
【中級チタン製プレートアーマー】と書かれた少し薄めの
それでも今着ているアーマーよりは頼りになりそうなものだった。
「チタン...ってことはかなり軽いんだ。」
「そ!中口径の貫通弾じゃなけりゃ数発は耐えられるし
移動速度のデバフも-1%と最小限!お値段は14万C!」
「アーマーはそれでいいとして....
ヘルメットだけど、なんかあるかなぁ...。」
「そういうと思って、見繕ってありますぜ奥さん!!!」
「誰が奥さんなの...それで、どんなやつ?」
RINがウキウキで提示したのは、同じく中級の
【防弾バイザー付きタクティカルヘルメット】だった。
「クリアバイザーで視界も良好!まぐれヘッショ事故を防ぐ命綱!
耳元まで覆われてるけどヘッドセット機能も付いてる!
お値段はちょっとお高めだけど16万C!!!」
「分かった、それも買うね。」
迷いなく決済を済ませれば
インベントリに漆黒の軽量アーマーと
スタイリッシュなヘルメットが追加された。
初期の頼りない装備達とは質感も頼りがいもまるで違う。
「早速装備してごらんよ!ホラホラ~!!!」
「分かったから、焦らせないで....。」
心地よい粒子とともに今まで着ていたベストが消滅し
代わりにズシリとした心地よい重みと共に新しい漆黒のアーマーが
胸元と背中を包み込んだ。
手で胸のプレートを軽く叩けば、硬質な『コンコン』という
頼もしい音が返ってくる。
「おぉ!似合ってる似合ってる!
これでペラペラクソ雑魚アーマーとはおさらばだねぇ!!!」
「あはは...でも、見た目以上にしっかりしてるよね。
身体を動かしても窮屈じゃないし、重さも引っ掛かりも特に感じないし。」
「チタンプレートだからねぇ!仕上げにヘルメットも着てみなよぉ!」
タクティカルヘルメットを深くかぶる。
カチリというロック音と共に後頭部と顎紐が自動でフィットし
目の前に透明なクリアバイザーがすっと降りてきた。
視界はクリアなままで息苦しさも無く
内蔵されたヘッドセットは周囲の環境音を鮮明に拾い上げて伝えてくる。
前までの頼りない装備達とは質感も頼りがいもまるで違う。
「いいねいいねぇ!まさしく『スカベンジャー』だ!!!
防御面はこれでバッチシだね!」
RINは満足そうに私の肩を何度もバンバンと叩く。
苦笑しながら受けていると、そのまま手を引かれた。
「さぁ防具は決まり!次はいよいよ本命....
相棒の銃をカスタマイズしにいこう!!!」
目を輝かせたRINに引っ張られながら、マーケットの一角にある
カスタマイズ工房へ移動する。
ホログラムで浮かび上がるワークベンチの上に
私は初陣からずっと愛用している相棒『SIG MPX-K』を呼び出した。
「だろうとおもったけど...やっぱりAOちゃはMPXを弄るんだねぇ......!」
「まあ....ね、いろんな銃があるのは分かってるけど
一番しっくりくるのはこの銃だし、せっかく貯めたお金だから
しっかりと強化してあげたいんだ。」
「いいよいいよぉ!愛着が湧いてるのはスカベンジャーの証!!
ならその子を悪魔みたいなレーザービームを撃てる
最強のSMGに仕立て上げちゃおうぜっ!!!!!」
RINの指先が素早くホログラムの画面を滑り、次々とパーツが選択される。
私はその光景を横で見ながらRINに質問したり試しに持ってみたりと
使いやすさを重視しながらカスタマイズを進めていく。
「こんなとこかなぁ~!どうだいAOちゃん!?
これが....生まれ変わった『SIG MPX-K』改だ!!!!
ハンドガードはアルミ製【8インチM-LOKハンドガード】!!!
軽いし安定するし握りやすいしで付けといて損はなし!!!
マズルには【9mm用ロングサプレッサー!】
消炎も消音も完璧だし亜音速弾なら音は
一切と言っていいほどしない!!気分はさながら暗殺者だぜ!!!
フォアグリップとして【BCMショートフォアグリップ】!!
Cクランプ(ハンドガードを上から握り込む構え)だろうが
関係なしに構えやすくなるぜ!!!
そいつのお供!ストックには【伸縮性ワイヤーストック】を採用!!!
長さだって調整可能だからさらに構えやすさがダンチだぜぃ!!!!
サイトは【1.93インチ ハイマウント】と【Aimpoint ドットサイト】!
ヘルメットもバイザーも干渉しないから好きに構え放題!!!
マガジンには【35発用SIGロングマガジン】!!!
バカバカ撃てばそりゃ弾切れするけど、これだけありゃ
撃ち切るころには敵なんて全員ボックスになってらぁ!!!!!」
「すごい...こんなに変わるんだね....。」
最初の頃とはまるで違う、生まれ変わったみたいに見える
相棒を眺めながら、奥にある射撃場へ移動する。
「試射するときゃ本番と同じ装備で、ってのが鉄則だよン!
メットだったりバイザーだったりがあるのとないのじゃ
射撃時は雲泥の差だからにゃあ!!!」
「分かった、それじゃ試し撃ちしてくるね。」
新調したヘルメットをかぶりバイザーを降ろし
生まれ変わったMPXを構えてみる。
高めに配置されたドットサイトのおかげでバイザーが干渉せず
頭を少し傾けるだけでドットが自然とサイトの中央へ浮かび上がる。
フォアグリップを握り込み
20m先のターゲットに照準を合わせトリガーを引く。
シュシュシュ....とサプレッサー特有の静かな掃射音と共に
35発の9mm弾がほとんどブレることなくターゲットの胸元へ吸い込まれた。
「すごい....!全然銃口がブレないし、狙いやすい...!」
「せやろせやろ~!!!これなら近距離はおろか
室内戦ならある程度広くても敵なしだじぇ!!!」
手の中に伝わる微かな振動と、吸い付くような狙いやすさに
心が躍り胸が熱くなった。
私のその様子を見て、RINは腕を組みニヤリと笑う。
「装備は整った....これなら大丈夫だろうね!!!」
「.....え?」
そのRINの様子に少しだけ不安になる。
予想は的中していたと、次の発言で理解した。
「さあ次は高難度エリアに挑戦しようかぁ!!!
ロスト・ストリートを卒業すれば、次は『ディープ・フィルター』だよ!!
地下にある巨大な水路...そこには研究所だったり実験施設が
立ち並んでいるという噂があるらしい.....!!!
そういう設定のマップだよん!!!!!」
「なんか....すごいマップそうだね......。」
「マップ全体が薄暗くて視界が悪いし、現れる敵だって
このゲームに慣れてる熟練者がた~~~っくさん!!!
もちろん転がってるお宝の質も段違いに高級でねぇ!!!
数百万レイドだって夢じゃないぜ!!!」
いつにもまして興奮するRINに揺すられながら、私はほんの少しの緊張感と
それを遥かに上回る期待が胸の中で高鳴っていた。
「分かった...行こう、相棒。」




