握に握りしめた未来
6月8日、午後5時。『社会倫理』の試験終了を告げるチャイムが鳴り響いた瞬間、教室のあちこちから息を吐き出す吐息の音が重なって聞こえた。
丸一年間、学校全体を押し包んでいた緊迫した神経が、その電子音によって一瞬で断ち切られたかのようだった。椅子を引く音が次々と上がり、誰かが小さく歓声を上げたのを引き金に、教室全体が急速に騒がしくなった。
林小雨は一番後ろの席に座ったまま、すぐには立ち上がらなかった。
机の上には『社会伦理』の問題冊子が置かれている。回収された解答用紙の代わりに手元に残ったその冊子を凝視しながら、彼女は脳内で最後の論述問題を反芻していた。
大きなミスはしていないはずだ。
『基礎構文』も『数理論理』の手応えも悪くなかった。『社会倫理』の最後の論述問題も規定時間内に書き終えた。ここ数ヶ月の模擬判定は安全圏と境界線の間を行き来していたが、今回の本番で致命的なミスをした感覚はない。
だから、大丈夫なはずだ。たぶん。そう自分に言い聞かせても、胸の奥深くに引っかかった緊張感は拭えなかった。
「小雨、やっと終わったねーー!」
前の席の曲夢が振り返り、机の上に両腕を投げ出した。
「無理無理、もう一週間くらい頭を空っぽにして過ごしたい」
「一週間じゃ足りないんじゃない?」
「ひどいなぁ!」曲夢は笑いながら起き上がり、周囲の友人たちと今夜どこへ遊びに行くか話し始めた。街の中心部へ行くらしい。カラオケに行こうと言う者もいれば、期間限定のレストランへ行こうと言う者もいる。
林小雨を誘う者は誰もいなかった。
以前の彼女なら、胸に微かな刺すような痛みを覚えたかもしれない。だが今の彼女にとっては、むしろ好都合だった。家に遊興費に回せるような余裕はない。卒業後の資格更新、進学準備、父親の薬代、そして母親が先月から滞納し始めた医療費。心配すべき雑事は山積みだった。
登階考が終わったからといって、林家の生活が急に楽になるわけではない。
けれど、自分が判定さえ通過できれば、すべては大きく変わる。
林小雨は窓の外に視線を向けた。新アトランタ区の灰色の高層ビル群が夕日に包まれ、遠くにそびえ立つ判定タワーの巨大ディスプレイには、「出窓日(結果発表日)」までの残り日数が映し出されていた。
あと十四日。十四日後、自分がこの都市に留まれるかどうかの答えが出る。
合格すれば、少なくとも彼女一人の居住資格は安定する。
無事進学し、資格ランクを上げ、できるだけ早く働き始める。夜勤続きの母親を解放してあげる。父親に少しでも良い治療を受けさせる。そして、いつの日か——
そこまで考えて、林小雨は思考を遮断した。姉のことは、今は考えない方がいい。結果が出てから考えても遅くはない。
「おい、陸沈! 何ぼーっとしてんだよ!」教室の前方から大きな声が響いた。陳虎だ。
彼はいつものように陸沈の肩を組み、笑いながら何かを話しかけている。少し離れた場所では、蘇晴が筆箱を片付け、王輝は委員長としての勤めを果たすべく、数人に連絡事項を伝えていた。
林小雨はその光景を一瞥すると、すぐに視線を戻した。
自分のことだけで、すでに手一杯だった。
教室を出る直前、曲夢が再び声をかけてきた。
「本当に行かないの? 今日くらい羽を伸ばそうよ。三年間、ちゃんと話す機会もなかったし」
「今日はそのまま帰るね」
「そっか。じゃあ、出窓が終わったら絶対一緒に遊ぼうね」
「うん」林小雨は生返事で笑った。
出窓が終わったら。
その言葉を聞くだけで、胃の底に重苦しいものが広がった。
◇
校門を出ると、多くの生徒が街の中心部に向かって歩いていった。
林小雨だけが、反対方向へ向かう交通機関に乗り込んだ。
車窓の外、新しい商業エリアの建物が減り、代わりに古びた集合住宅や工業施設が増えていく。彼女の家があるのは、新アトランタ区の中でも最も境界エリアに近い旧工業居住帯だった。
法律上は同じ新アトランタ区に属していても、中心部と同じ都市だとは到底思えない場所だった。
集合住宅の外壁は灰色の斑点模様に色あせ、街灯の大半は故障したまま放置されていた。高層ビルの隙間から遠くを望むと、そびえ立つ巨大な境界壁が見える。
壁の向こう側が、境界エリアだ。姉が送られた場所。
林小雨はいつもの停留所で降りた。家に戻ると、父親が狭いリビングにかがみ込み、古い端末を解体していた。
「終わったか?」
「うん」
「どうだった?」
「たぶん……大丈夫だと思う」
父親はただ「そうか」とだけ返した。
彼の左手は指が二本欠けている。工具を使う手つきは、今でも不自然な角度を描いていた。林小雨は幼い頃から、無意識にその手を見るのを避けていた。
台所には母親が用意してくれた夕食が置かれていた。母親はすでに夜勤に向かっている。
簡単な炒め物と、少し硬くなったご飯。それでも、今日の林小雨の皿には普段より明らかに肉が多く入っていた。
林小雨は一人で夕食をとった。父親もそれ以上何も言わなかった。テレビ端末では登階考の終了を祝う特別番組が流れている。中心部の生徒たちが笑顔を見せていた。林小雨は数分眺めた後、電源を切った。
6月8日の夜は、こうして静かに過ぎ去っていった。
◇
続く十四日間、林小雨はできるだけ登階考のことを思い出さないように過ごした。
どうせ考えたところで結果が変わるわけではない。
頭ではそう分かっていても、毎朝目が覚めるたびに、彼女は判定ラインの予測記事を確認せずにはいられなかった。
大丈夫だ。おそらく問題ない。けれど、確定するまではどうしても心から安心することはできなかった。
母親も尋ねてこなかった。父親も深くは聞いてこなかった。尋ねてしまえば、せっかくの好結果が逃げてしまうのではないかと、家族全員が暗黙のうちに恐れているようだった。
ついに、6月23日が訪れた。
午前11時57分。林小雨は自分の部屋にいた。机の上にはスマートフォン端末がある。壁越しに、リビングで父親が不安げに行き来する足音が聞こえた。母親は今日わざわざ夜勤のシフトを調整し、リビングに座っていた。
三人それぞれが別の空間にいる。誰も「一緒に結果を待とう」とは言い出さなかった。
11時59分。林小雨の手のひらに冷や汗が滲んだ。クラスのグループチャットが高速で流れていく。
『あと一分!!!』『死にそう死にそう死にそう』『今年のボーダーライン幾らだよ』『頼むから490を超えないでくれ』
12時整。判定タワーから全区へ向けて一斉に結果公開の通知が送信された。
端末が激しく振動した。林小雨は指紋認証でロックを解除した。読み込み中。
最初に目に飛び込んできたのは、判定ラインの数字だった。
493。
林小雨の指が震え始めた。続いて、彼女は自分の得点に目を走らせた。
519。
一瞬、彼女はその数字の意味を理解できなかった。もう一度、凝視する。519。
判定結果:『合格』
居住資格:『更新』
林小雨は画面を見つめたまま、その場に固まった。数秒後、彼女の呼吸が急激に荒くなった。
「……受かった」紛れもなく自分の声なのに、他人の声のように聞こえた。
「受かった……!」彼女は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。部屋のドアを押し開ける。
「お母さん!」
リビングに座っていた母親は、すでに立ち上がっていた。
「どうだった!?」
「受かったよ!」
その瞬間、母親の顔が完全に崩れた。彼女は両手で必死に口を覆い、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。声すら出せず、ただ無声で激しく泣き出した。
「本当か?」父親がリビングの奥から歩み寄ってきた。
「519点!」林小雨は端末を握りしめて笑った。自分でも驚くほど、大きな声が出た。
「519点取れたの! 受かったんだよ!」
父親は端末の画面をひったくるように奪い、何度も何度も確認した。
519。合格。居住資格更新。
すべてを確認すると、父親は長い間何も言わなかった。父親が感情を露わにすることが滅多にないことを、林小雨は知っていた。だが今日は違った。父親は顔を背け、片手で激しく目元を押さえた。
「……よかった」それは酷く掠れた声だった。
「本当に……よかった」
その言葉を聞いた瞬間、林小雨の涙も完全に決壊した。彼女は母親に抱きついた。母親もまた、彼女を強く抱きしめた。父親すら不器用に腕を伸ばし、二人の肩を包み込んだ。
家族三人が抱き合って声を上げて泣いた。こんな光景が最後にあったのはいつだったか、もう思い出せなかった。姉がまだ家にいた頃でさえ、記憶の中でこんな風に抱き合ったことはなかった。
自分はこの街に留まれる。自分は未来の、もっと先へと歩んでいける。いつの日か、姉のもとへ行く方法も見つけられる。
全部終わったのだ。
本当に、全部終わったのだ。
家族が側で涙を流し、笑っている。
林小雨はクラスチャットの画面を見ようとはせず、ただ一人静かに涙を流し続けた。
母親は普段買えないような高級な食材を本当に買い込み、父親は珍しくお酒を一本買ってきた。家族三人が狭い食卓を囲む。
「進学の費用は……お父さんがなんとかする」父親が言った。「あまり無理するなよ」「お金の心配はしなくていい」いつもの聞き飽きた言葉だった。
けれど今日に限っては、その言葉がどれほど心強く響いたことだろう。
母親も笑っていた。窓の外の景色は何一つ変わっていない。
古びた集合住宅。壊れかけた街灯。遠くの境界壁。それでも林小雨の目には、世界全体がパッと明るくなったように映っていた。
——まさにその時だった。
視界の端に、突然奇妙な違和感が現れた。
部屋の壁。その色が薄くなっている。
林小雨は瞬きをした。疲れて幻覚でも見ているのだと思った。
しかし、その灰色は退くどころか、恐ろしい速度で広がり始めた。
「……え?」
林小雨は弾かれたように身体を起こした。隣の部屋から聞こえていたはずの父母の話し声が、恐ろしい速度で遠ざかり、減衰していく。
「お母さん?」
応答はない。
「お父さん!?」
彼女はもがきながら立ち上がり、ドアへ向かおうとしたが、両脚に全く力が入らなかった。視界から色彩が狂ったように剥ぎ取られていく。
彼女はスマートフォン端末をひっつかんだ。画面には、今なお彼女の合格通知が表示されている。
519。合格。資格更新。
その文字すらも、少しずつ灰白色に染まっていく。
「待って……」
林小雨の声が激しく震え始めた。目の前で起きている事態が、全く理解できなかった。
「やめて……」
彼女は必死で隣の部屋へ手を伸ばした。
「お母さん!」
応える声はない。
「お父さん——!」
声が、この世界から完全に消え去った。最後に視界に残ったのは、端末に表示された「519」という数字だった。そして、次の瞬間、その数字すらも虚無へと帰した。
闇の中へ墜落する。
それは一瞬だったのかもしれず、永遠のような長さだったのかもしれない。
林小雨が次に音を聞いた時、耳に飛び込んできたのは、あまりにも聞き慣れた古びた給湯設備の稼働音だった。
彼女は目を開けた。
薄暗い天井。水漏れのシミがついた壁紙。窓の外には、朝光すらまだ差していない。
林小雨は何度か強く瞬きをした。
ここは、自分の部屋だ。
「……夢?」
彼女は体を支えて起き上がった。枕元にはスマートフォン端末が静かに横たわっている。昨夜、合格通知を見ながら眠りに落ちた時に握りしめていた端末だ。
林小雨は強張った手を伸ばした。画面を点灯させる。
5月1日。午前4時50分。
彼女の指先が、空中でぴたりと凍りついた。
必死で瞬きをする。
5月1日。
一度画面を消し、再び点灯させる。
何も変わらない。
5月1日。
廊下から、鍵がドアノブを回す音が聞こえた。
玄関だ。
母親が仕事から帰ってきたのだ。
数秒後。
「ただいま……」耳に届いたのは、底知れぬ疲労感を漂わせた母親の声だった。
ついさっきまで、自分を強く抱きしめて涙を流していた、あの声。
林小雨は跳ね起きるようにベッドを抜け出した。靴も履かず、裸足のまま部屋を飛び出した。
玄関には、作業着を着た母親が立っていた。顔色は蒼白で、目の下には濃いクマが張り付いている。片手には職場から持ち帰った簡易的なパック詰めの弁当が握られていた。
それは、5月1日の母親だった。
林小雨はその場に完全に凍りついた。
母親は少し驚いたような表情を見せた。「小雨? どうしたの、こんなに早く起きて……」
林小雨の唇が、激しく震え出した。
「お母さん……」
「ん?」
「私……」
母親は不審そうに彼女を見つめた。「悪夢でも見たの? もうすぐテストだから、ストレスが溜まってるなら、今夜はお母さんが美味しいものでも作ってあげるわね」
その言葉を聞いた瞬間——林小雨は猛然と飛びつき、母親にしがみついた。
「わっ、小雨!?」
林小雨は全身の力を振り絞り、母親の服を強く掴みしめた。
「どうしたの?」母親は困惑しながらも、優しく彼女の背中を撫でた。「何かあったの?」
林小雨は答えなかった。答えられるはずがなかった。
彼女が理解できたのは、あまりにも残酷な唯一の現実だけだった——ついさっきまで、この手の中に確かに握りしめていた未来が、何の前触れもなく、何のリ理不屈もなく……すべて泡沫と消えたのだということを。
残されたのは、彼女の脳内にある幻のような記憶だけ。
林小雨は母親の胸の中に深く顔をうずめた。そして、生まれて初めて、魂の底から静かな叫びを爆発させた——
——返して。
せっかくこの手に掴み取った未来を……
返してよ!!




