当たり前の日々
嫌な事と良かった事
人間が思い出すのは前者
脳はネガティブな作りをしている
少し年代を感じる外観
綺麗とは言えない店内
そんなラーメン屋が
彼はお気に入りの場所だった
「味噌ラーメンください」
彼は昔と同じ注文をする
ここは味噌ラーメンが美味しいと
昔言っていたのを思い出す
食券制の店舗が近年増えているが
ここは昔からオーダー制である
「兄ちゃん昔来てくれてなかったか?」
昔からいる店主が話しかけてきた
「おじさん久しぶりだね元気?」
彼は笑いながら言う
店主も笑顔になった
「久しぶりだなどこ行ってたんだよ」
店主はラーメンを作りながら
元気に話しかけてきた
昔からこの人は元気だなと思い
私も笑顔になる
「就職してから来てなかったもんな」
彼はそう言いながら
懐かしそうに店内を見渡す
変わらない店内で
昔のポスターや落書きがある
「おおそうかい帰ってきたのか?」
店主がお湯を切りながら
話しかけてくる
「ああもう帰ってきたよ」
彼は笑顔で店主との会話を楽しんでいる
彼は誰とでも仲良くなれる
昔からそうだった
初めての人とも笑顔で喋れるし笑わせる事が出来る
彼の特技みたいなものだ
「またちょこちょこ通ってくれよ」
ラーメンができたようで
店主がテーブルの上に持ってきた
注文にない餃子もある
「餃子頼んでないよ?」
彼も気になったようで
店主に聞いていた
「久しぶりだからサービスだ」
そう言うと笑顔で厨房の中へ消えていった
店主は彼の事を昔から気に入っていた
沢山この店に来ていたから覚えていたのではない
このお店に来た時に店主と会話し
誰よりも沢山楽しい時間を作ったのだろう
「変わらないな」
彼はケラケラ笑い食事を始めた
すぐに食べ終わり会計に行く
「味も昔のままだ変わったのは値段だけだな」
彼はたまに笑いながら相手に毒を吐く
でも相手からしたらそれも心地いい
会話のアクセントなのだろう
「そこは勘弁してくれよ」
店主も笑いながら厨房から言う
昔と比べたら物価も上がり
飲食店は大変なのだろう
私はそんなことを思っていた
「冗談だよまた来るねご馳走様」
彼と私は会計を払いヘラヘラしながら
少し店主と会話をした後
店の扉を出た
「やっぱりここは美味しいよな」
車に乗る彼が言う
彼は好きな食べ物を好きな人達と食べるのが
とても好きな人だった
「今日は来てよかったね」
彼との会話もルームシェアをしてから
前よりも増えてきた気がする
少しずつでも戻れているのだろう昔の彼に
「そういえば」
彼は急におかしいという顔をした
珍しく真面目な顔を見せるものだから
どうしたのだろうと考えていると
「昔の俺はこういう事に幸せを感じた記憶がない」
と言う
そんな事かと思い
私が言う
「多分当たり前だったんだよ幸せが」
私は彼に思い出してほしい
幸せを幸せと思わなくても良かった時を
追い詰められて傷ついた事でなく
毎日自分に楽しいと嘘をつかなくていい日々を
「そうなんだろうな」
彼はどこか寂しそうな目をしていた
色々な事に疲れていた事さえ
分からなくなっていたのだろう
大事にされている事と
大事にしている振りをされている事と
そんな区別がつかなくなるほど
彼は疲れていたのだ
「今日は楽しかったな」
帰宅してから笑顔で喋る彼
私はそんな彼を見て
無理して笑うなと言いかけたが
それは彼が望んでいる言葉ではないと
そう思った
「そうだね懐かしい場所にも行けたし」
この言葉に嘘はない
私も久しぶりに行く場所
久しぶりに会う人
全てが楽しかった
「今日は寝るよおやすみ」
彼は食べたらすぐに眠くなるらしい
子供のような人だ
「おやすみ」
彼との距離はこれくらいがいいのだ
寝る前に彼にかけるのは
そんな言葉の毛布でいい
安心して今日眠れるように
安心して明日起きられるように
私もすぐに眠ってしまったらしい
いつもより深い眠り
落ちるような感覚での睡眠は
久しぶりだった




