贖罪
彼の為であるという私の我儘
彼はそれに気が付かない
それでいい
私は仕事をこなしながら昔の事を思い出していた
彼は昔から消えるように去っていく
気持ちが落ち着いたら自分で動き出す人なのだ
そして楽しそうに周りと会話が出来る
そんな人なのだ
今回はどのくらいで元の彼に戻れるのだろう
「お疲れ様でした」
退勤の準備を済ませた私は
入口にいた人間に挨拶をする
「お疲れ様今日は飲みに行かないの?」
珍しいものを見るような目で
私を見てくるこの人は
最近よく話をするようになった上司だが
お互いの事を詳しくは知らない
プライベートに踏み込んだ話も特にした事は無いが
職場では1番よく話す人だ
「家で待っている人がいるので」
この言葉を聞いたあと上司の顔が
驚いた顔に変わる
「彼女でもできたの?」
「いえ昔からの友人が自宅に来てまして」
「そうなんだねお疲れ様」
そんな会話をして職場から退勤する
最近仕事を変えた私は
外でお酒を飲むことが増えていた
初めて会う人間との会話が楽しかった
次に会うこともない人間と
他愛ない会話をしてその日に終わる関係が
自分の中で落ち着いた
今日は彼が帰ってきて1日目
楽しみはこちらの方が大きい
そんなことを思いながら帰宅した
「ただいま」
「おかえり」
「寝てなかったの?」
「色々と考え事があってな」
コーヒーを飲みながら彼は言う
「そうか」
私は昔から彼に心配する言葉をかけない
彼はそれが苦手な事を知っているからだ
「私は疲れたから寝るとするよ」
「了解した」
彼には必要最低限な言葉だけでいいのだ
気分が落ちている今の彼に
必要以上の言葉は暴力になる
昔からそうだった
昔にも彼のこの顔を2回見た事がある
彼は昔から断ることが苦手だった
誰かに頼まれれば無理と言えない人だった
それを分かっていて
彼に面倒事を頼むずる賢い人間が多かった
そして彼は私ともう1人の友人を除いて
それ以外の他人が嫌いになった
長年働いた職場でも同じ事があったんだろう
そんな事を思いながら
彼がどんな思いで過ごしてきたのかを考える
とても辛い時間を過ごしていたのだろう
そんな事を思い眠りにつく
彼が元に戻るまで
ルームシェアをしようと言い出したのも私だ
彼の為でもあり私の為でもある
私は彼を止めるべきだったのかもしれない
地元に残してあげるべきだったのだ
自分への罪滅ぼし自分の自己満足
私の為に私から言い出した事だ
そんな気持ちを彼は知らない
今日はいつもより早く起きた
彼が部屋にいるとなぜか落ち着く
「何か食べるか?」
「さっぱりしたものがいいな」
2人で食べるご飯は
2人分にしては少なかった
食欲もないのだろう
「あいつ今日暇らしいから会いに行こうか?」
「会ってみようか久しぶりだなあ」
もう1人の友達と会う事が決まると
彼は少し嬉しそうだった
安心できる人間と会う時だけする表情が彼にはある
「楽しみだなあ」
「私も久しぶりだよ」
2人でタバコを吸う
彼に今必要なのは
お金でもなければ異性でもない優しさでもない
普通に扱ってくれる気持ちが落ち着く空間なのだ
「公園でビールでも飲もうか」
「そうだなそれがいい」
少しずつ昔の彼に戻ればいい
そしてこれからは無理のない生活をすればいい
何日かかっても何年かかっても
彼にとって0ではないのだ今の生活は
マイナスになってしまっているから
0に戻すために今ここにいるのだ
「そろそろ行こうか」
「準備するよ」
そう言って彼は動き出した
煙草を吸いながら準備をする彼は
少し笑っていた
夜の公園は虫の声が気持ちいい
よく学生時代はここで遊んでいた
何かあればここに来ていた
「ここも変わらないな」
「そうだなよく来ていたなここに」
公園で2人の会話は
虫の声より静かな気がした
「久しぶり」
公園の入口から入ってきた友人は笑顔だった
昔と変わらない3人で
公園でビールを片手に再会する
「元気だったか?」
「結婚して子供も2人いるよそっちは?」
「俺は全然だよ相手もいないし」
そんな会話をしながら笑う
「帰ってきたばかりだ落ち着くまでゆっくりしたら?」
「そうさせてもらっているよ」
こいつと話をする時には
何も考えず思った事が口にできると
彼は言っていた
「今度は子供とも遊んでやってくれよ」
「そうだな時間ある時合わせてよ」
色々な事を話した
学校を卒業したあとの話
初めて入った職場での話
結婚するまでの自分の周りの話
昔の他の友人達の現在の話
「あの子は君の事が昔好きだっただろう」
「断ったよあの時は余裕がなかった」
「泊まりに行ったり来たりしてたよな」
「当時別れたばかりだったからな」
昔の恋愛の話もそうだった
彼が1番壊れてしまったのは
この時という事は誰も知らない
私しか知らないのだ
あの時から深く傷つき
人を好きになる事が怖くなった彼は
異性と本気で向き合う事は無くなっていた
好きだという言葉を口にするが
空っぽのまま異性と向き合って来た
そんな彼がいた事も知っている
それが落ち着くまでは
とても時間がかかったが
その事で彼は異性に何かを期待する事をしなくなった
こうなる度に1つ大切なものが
彼の中から消えていく
1回目は友人達に裏切られ
多くの友達を作るという考えが消えた
2回目は恋人に裏切られ
異性を本当に好きになるという考えが消えた
3回目の今回は社会に裏切られたのだ
今回は彼から何が消えてしまうのだろう
話をしていながらそんな事が頭の片隅にある
普通の人間より
彼は感情が豊かで傷つきやすい
そんな彼の事を私は誰よりも知っている
誰よりも私の前で見せてくれるから
私だけは彼の味方でいよう
昔そう決めたのだ
それだけ魅力がある彼なのだ
それだけ特別な友人なのだ
私だけ知っている彼の価値を
私は壊さないでいようと思う
「まあまた落ち着いたら誘ってくれよ」
「分かったよまたな」
そんな会話をして解散した
「変わらないなあいつは」
「そうだな安心するよ」
「今度はあいつの子供と4人で会ってみるか」
「そうしようやっぱり似てるのかな顔」
「だとしたら苦労しそうだな」
そんな冗談めいた会話をしながら帰宅した
「楽しかったわおやすみ」
「おやすみ」
今日はゆっくり眠れそうだ
彼が安心すると私も安心する
気を使っている訳では無い
そんな気がするのだ




