奪還
暗い牢の中。
エリスは膝を抱えたまま、動けずにいた。
頬が痛む。
手首が熱い。
体中が重い。
怖かった。
悔しかった。
アドリアンの言葉が、頭から離れない。
『お前に選ぶ権利なんてない』
昔も、そうだった。
何も選べなかった。
婚約も。
居場所も。
未来も。
全部。
誰かに決められていた。
「……嫌」
小さく呟く。
もう戻りたくない。
あの頃には。
もう、あんな場所には。
ぎゅっと拳を握る。
(帰りたい)
辺境へ。
あの場所へ。
レオンのいる場所へ。
その瞬間――
外から悲鳴が聞こえた。
「ぐあっ!」
「な、なんだ!?」
エリスが顔を上げる。
剣の音。
怒号。
足音。
何かが起きている。
「……まさか」
胸が大きく跳ねた。
◇
廊下。
レオンは止まらなかった。
一人目。
剣を振り上げる前に倒す。
二人目。
喉元に刃を突きつけ、気絶させる。
三人目。
横薙ぎ。
倒れる。
速い。
迷いがない。
ただ前へ進む。
「止めろ!」
男たちが襲いかかる。
だが。
「邪魔です」
低い声。
一閃。
剣が弾かれ、男が吹き飛ぶ。
怒りが研ぎ澄まされていた。
冷静なのに、恐ろしい。
ただ一つだけ。
目的がある。
エリスを取り戻す。
それだけだった。
◇
大広間。
報告を受けたアドリアンが舌打ちした。
「何だと?」
「侵入者です!」
「一人で中に――!」
「……レオンか」
アドリアンの目が細くなる。
「思ったより早かったな」
笑う。
だがその目は冷たい。
「牢へ行け」
部下に命じる。
「女を連れてこい」
「は?」
「盾に使う」
当然のように言った。
「死なれても困るが、傷くらいなら問題ない」
部下が走る。
アドリアンは剣を取った。
「面白い」
笑う。
「自分から死にに来るとはな」
◇
牢の扉が乱暴に開いた。
「立て!」
腕を掴まれる。
「離してください!」
引きずられる。
足がもつれる。
転びそうになる。
手首が痛い。
頬も痛む。
でも抵抗する。
「放して!」
「うるさい!」
強く引かれる。
怖い。
また利用される。
また道具にされる。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
その時。
目の前の男が止まった。
「……え?」
次の瞬間。
男の身体が崩れ落ちた。
背中から剣が抜かれる。
血が飛ぶ。
その向こうに立っていたのは――
「レオン……!」
息が止まる。
レオンだった。
服には血。
呼吸は荒い。
でも、その目だけは真っ直ぐエリスを見ていた。
「無事ですか」
その声を聞いた瞬間。
張り詰めていたものが切れた。
涙が溢れる。
「……っ」
声が出ない。
怖かった。
本当に。
怖かった。
レオンが駆け寄る。
縄を切る。
「遅くなりました」
震える手首に触れる。
赤く擦れた傷。
腫れた頬。
その痕を見た瞬間。
レオンの目が変わった。
「……やったのは」
「アドリアンです」
エリスの声が震える。
「ごめんなさい……」
「謝らないでください」
即答だった。
レオンはエリスを抱き寄せた。
強く。
壊れないように。
でも離さないように。
「怖かったですね」
その一言で。
エリスは泣いた。
堰を切ったように。
「……怖かった」
震える声。
「来てくれるって……信じてた……」
「はい」
レオンの声が低くなる。
「迎えに来ました」
その時。
後ろから拍手が響いた。
「感動の再会だな」
空気が凍る。
アドリアンだった。
剣を持ち、笑っている。
「だが、逃がすと思うか?」
レオンが前に立つ。
エリスを庇うように。
「下がっていてください」
「……レオン」
「もう、大丈夫です」
剣を構える。
殺気がぶつかる。
アドリアンが笑う。
「その女は俺のものだ」
レオンの目が冷えた。
「違う」
一歩前へ。
「彼女は誰のものでもない」
その言葉に。
エリスの胸が熱くなった。
アドリアンの顔が歪む。
「……殺す」
剣が振り上がる。
次の瞬間。
二人がぶつかった。
金属音が、牢に響いた。
――決着の時が来た。




