奪われた居場所
遅れましたm(*_ _)m
目を開けたとき。
最初に感じたのは、冷たい石の感触だった。
「……っ」
頭が重い。
手首に違和感がある。
視線を落とすと、縄で拘束されていた。
(……連れ去られた)
ゆっくり呼吸を整える。
焦っても意味がない。
状況を把握する。
石造りの部屋。
窓は高い位置に一つ。
扉は厚い木製。
外には見張りがいる気配。
(……廃屋?)
記憶を辿る。
馬車。
襲撃。
刃。
煙幕。
そして――レオン。
「……」
胸が締めつけられる。
(無事……だよね)
そう考えた瞬間。
扉が開いた。
入ってきたのは、黒装束の男だった。
「起きたか」
低い声。
顔は隠れている。
「……ここはどこですか」
「質問する立場じゃない」
男は冷たく言った。
「大人しくしていれば死なない」
「……目的は?」
男が鼻で笑う。
「お前は価値がある」
「領地か」
「それもある」
エリスの背筋が冷える。
「……それも?」
男は答えない。
「余計なことを考えるな」
そう言って出ていく。
鍵が閉まる。
◇
エリスは、ゆっくり息を吐いた。
(落ち着いて)
怖い。
怖くないわけがない。
でも。
(泣かない)
あの頃とは違う。
捨てられて、何もできなかった自分とは。
手首を動かす。
きつい。
でも少しだけ余裕がある。
(解けるかも)
何度か試す。
だが。
「……痛っ」
擦れて赤くなる。
簡単じゃない。
それでも止めない。
(レオンが来るまで、何もしないなんて嫌)
待つだけじゃない。
できることを探す。
◇
その頃。
森の中。
レオンは地面に残った痕跡を追っていた。
馬車の轍。
足跡。
折れた枝。
「……西か」
護衛騎士が追いつく。
「レオン様!」
「捕らえた賊の一人が吐きました。山中の廃砦です」
「人数」
「十以上」
レオンの目が冷える。
「少ないな」
「え?」
「襲撃規模の割に」
つまり本隊がいる。
エリスを運ぶための別働隊。
計画的。
「……黒幕がいる」
確信だった。
ただの盗賊じゃない。
「追う」
「応援を待つべきです!」
「待てない」
即答だった。
「ですが――」
レオンは振り返る。
その目に、護衛騎士は息を呑んだ。
怒りだった。
冷え切った怒り。
「彼女が一人でいる」
それだけで十分だった。
◇
夜。
エリスは、わずかな物音で顔を上げた。
扉の外。
男たちの声。
「依頼主はいつ来る?」
「明日の朝だ」
「金払いはいいらしいな」
「女一人で大金だ」
エリスの指先が冷える。
(依頼主……?)
売る気?
それとも――
「貴族様は面倒だな」
「失敗したら殺されるぞ」
(……貴族)
胸の奥がざわつく。
嫌な予感がした。
王都で自分を恨む人間。
心当たりが、ある。
◇
レオンは夜通し馬を走らせていた。
眠らない。
休まない。
頭の中には、最後の言葉だけが残る。
『……信じてます』
拳を握る。
「……必ず行く」
あの時、守れなかった。
目の前で奪われた。
その事実が、胸を焼く。
(今度は、絶対に)
月明かりの下。
廃砦が見えた。
「あそこか」
剣を抜く。
風が止まる。
静かに、一歩踏み出した。
◇
同じ頃。
エリスの部屋の扉が開いた。
「立て」
乱暴に腕を掴まれる。
「……どこへ」
「依頼主がお前を見たいそうだ」
その言葉で、背筋が凍る。
(依頼主)
誰なのか。
会えば分かる。
でも――
嫌な予感しかしない。
廊下を歩かされる。
足音が響く。
そして。
大広間の扉が開いた。
そこにいたのは――
「……久しぶりだな、エリス」
聞き覚えのある声。
凍りつく。
「……アドリアン」
元婚約者だった男が、笑っていた。
その笑顔は昔と同じ。
人を見下す、最低な笑みだった。
「会いたかったよ」
エリスの顔色が変わる。
理解した。
全部。
この誘拐の黒幕。
自分をここへ連れてこさせた理由。
全部。
アドリアンだった。
そして同じ瞬間――
廃砦の門が、静かに開いた。
レオンが中へ入る。
怒りを抱えたまま。
まっすぐに。
エリスを取り戻すために。




