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観測者は夢を見る  作者: 東雲


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百光編 Session.04 『Three Heads are Better than One』

道玄坂の夜は湿っていた。

“ミスティ”の裏口を開けると、古いアンプの匂いと汗の残り香が漂ってくる。

ハルはライブハウスのドアに手をかけ違和感を覚える。

「ん?」

ステージ裏の椅子にケンジがうなだれ座っている。

その様子を見る前に知っている。

逃げるぞと説得して、それを断られ、警察が突入してきて―――

「なんで知ってるんだ…?」

(俺が経験したからだよ)

突如脳内に響く、自分じゃない自分の声。

(時間がない。簡単に伝える…この後警官隊が突入してきて、ケンジは三渡に撃たれる。なんでもいい。警官隊の意識を――三渡の意識をケンジから逸らしてくれ)

ハルは手にかけたドアノブから手を外す。

霧雨が纏わりつくのを無視し、煙草に火を付ける。

「脳内の小人さんよ…なんでこの先を知っている?」

(小人じゃない…波琉だ。別の世界のお前だよ)

「別の世界の…ねぇ?そんなの来訪者エトランゼだって知らない技術だ」

(あぁ、ナイアとか言うタコみたいな奴に狙われたよ)

「エセ紳士か…ナイア殿をタコみたい…ねぇ」

灰を落とし、再度胸いっぱいに煙を吸い込む

(あぁ、最初は片眼鏡の紳士だったけどな…まさかあんな姿になるとは)

「おいおい…真の姿見て生き延びてるのか…しかし、まぁ、別の世界の俺とは思えないけど、悪しき者じゃないみてぇだな」

吸い終わった煙草を地面に捨て、ブーツで踏みつける

(護摩焚きは終わった?)


「これを護摩って知ってる時点で信用しちまいそうだよ」


ハルは口の中で小さく【急急如律令】と唱え、

周囲の空気がわずかに震えた。

結界が張られる。


「さて、これで当分は大丈夫だろう……俺も相当テンパってたみてぇだな」


気恥ずかしそうに頭を掻き、護摩ではない煙草に火をつける。


(今のは?)


「簡単な人避けの結界さ。

 まぁ“心眼”の三渡警部に効くとは思えねぇけどな。

 お前さんの話を聞く時間くらいは稼げるだろう――で、この先何が起きる?」


声のトーンが一段落ち、ハルの目が鋭くなる。


(この先……ライブハウスへの突入後って意味だったら……ケンジが三渡に撃たれる)


「それは聞いた。

 それ以外を教えろ。出来るだけ詳細に、だ」


ハルの思考が加速する。

波琉は説明しようとするが――

思い出すだけでハルが勝手に理解していく。


(わからない。わからないけど……今思えば三渡は急いでるようにも、焦ってるようにも見えた)


「そん時の映像、思い出せるかい?」


(あー、ちょっと待って。やってみる)


波琉は記憶を辿る。



―*――*――*――*――*―


金属音と怒号が、ライブハウスの静寂を切り裂く。

異能課の隊員が雪崩れ込み、ライトがケンジを照らす。


その中心に、三渡。


「やはり居ましたか。薄汚い狼人ワーウルフ

 抵抗の意思ありと判断します」


「待てよ……俺はやってない!」


ケンジが立ち上がる。

その前に、若い人狼が庇うように飛び出す。


「ケンジさんは違う! ケンジさんは――!」


「黙りなさい。暴動と見なす」


三渡の声は氷のように冷たく、

()()()()()()()温度を感じなかった。


若い人狼が押し返され、床に叩きつけられる。


「やめろ、三渡!」


ハルが叫ぶ。


だが三渡はハルを一瞥しただけだった。

その目には、最初から“結論”しかなかった。


「――排除します」


―*――*――*――*――*―



「……なるほどね」


脳内に流れる映像で、ハルは考えを補完する。


(なにかわかったのか?)


ハルは深く息を吸い、精神を一点に集中させる。


「えーっと……なんだったかな……ああ、そうだ」


とん、と軽く跳ね、不可思議なステップを踏む。


「オン アラハシャノウ……」


くるりと回り、指を剣印に組む。


「オン アラハシャノウ」


唇の前で剣印を掲げ、再度真言を唱える。


「オン アラハシャノウ――急急如律令」


先ほどの人払いとは比べ物にならない。

空気が変わる。

“異能”ではなく“術”の匂いが満ちる。


「さて、と――準備完了」


(何をやったのか説明してもらっても良い?)


「めんどくさいから自分で調べてくれ」


脳内に、陰陽術の体系が一気に流れ込む。


(あー……なるほど?)


初めて知ったはずの技術なのに、

まるで昔から知っていたかのような感覚が波琉を包む。


(三人寄れば文殊の知恵とは言うけど……)


「俺とお前と文殊菩薩で三人だよ」


ハルは軽く笑い、煙草を揉み消す。


「そら、来なすった」


雲の切れ間に光が差し込む。


(あれが?)


「文殊観世音菩薩サマだよ」



*******


異能の中でも、比較的“誰でも扱える”と言われているのが陰陽道である。


なぜか?

理由は単純だ。


精神修行を限界まで行い、霊体を鍛え上げれば――

素質がない者でも、ある程度は扱えるようになるからだ。


もちろん、その“精神修行”は生半可ではない。

だが、只人でも扱える異能技術という意味では、

陰陽道ほど汎用性の高い体系は他にない。


同じ系列の神道や修験道は、

精神修行に加えて――

修験道なら肉体的素質、

神道なら精神的素質が必要になる。


つまり、

陰陽道は“努力で届く異能”

神道・修験道は“素質が必要な異能”

という違いがある。


しかし、汎用技術にも“天才”は存在する。


古い時代なら

安倍晴明あべのはるあきら

現代陰陽道を作り上げたのは

土御門尊つちみかどみことという大陰陽師だ。


晴明は天狐を式神にし、

土御門は泰山府君と“酒飲み友達”だったという噂すらある。


そして――

ハルは、その系譜に並ぶ。


いや、

真言術に関して言えば、土御門を超える

とすら言われている。


陰陽寮の上級陰陽師たちは認めたがらないが、

事実として――


ハルは“割と気軽に”菩薩を呼び出す。


それは、

努力で届く領域ではない。

素質だけでも届かない。


“異能”ではなく、

“術”でもなく、

“呼ばれる側に選ばれた者”の領域。


*******


「いえーい! ピスピス☆

 合言葉は三人寄ろうでおなじみの文殊ちゃんだよん」


ビルの谷間に神々しい光柱が差し込んだ。

霧雨が一瞬で消え、光が凝縮し、人の形を成す。


そして光が収まったとき――


女子高生が立っていた。


白ギャル。

それも“完成された白ギャル”。


瞳は大きく、目鼻立ちははっきり。

濃い化粧なのに不快感はなく、むしろ神々しさすらある。


腰に巻いているのはカーディガン……ではなく、

よく見ると 袈裟 だ。


耳には大ぶりのピアス。

腕にはジャラジャラとブレスレット。

どれもキラキラと輝き、

“俗”と“聖”が同居している。


(あの……ハル?)


「言うな。分かってる。分かってるんだよ……」


ハルは独り言のように呟き、深いため息をつく。

(実際、他人から見れば完全に独り言だ)


「あれ〜? ハルりんブルーじゃん。

 どったの? なやみごと?」


「たった今、重大な悩み事が発生したよ」


ハルはやれやれと首を振った。


「なんで今回はそんな軽い姿なんだ?」

語気をやや厳しく、真面目な空気に持っていこうと努力するハル

「軽い?そっかな?ウケる

 あーしがこの姿で現界したって事はハルりんか波琉っちが”そう望んだから”じゃね?

 いえー!むっつりー!」


「波琉!?」

(ハルだろ!?)


「まーまー、どっちでもよくね?

 とりま、何であーし呼んだのか逐一よろ☆」


あくまで態度は軽く調子いいが、その瞳の奥に叡智が宿っているのは感じて取れる。


「はぁ…別世界の俺はギャル好きのむっつりか…(ちがうよ!?)

 とりあえず、文殊…アンタに手伝ってもらいたい事案が発生した。

 (ねぇ!?聞いてる??違うよ??)

 人狼族の友人を救いたい、知恵を貸してくれ」

(え、待って…ハルの事務所の三段目の棚…)

「え? 棚になにあんの?! 文殊ちゃん興味津々」


「ちがっ……アレはアイのヤツが置いて行ったんだよ!」

ハルの表情に動揺と気恥ずかしさが混じる

「ハルりん…そんな趣味が…」

「だからちげぇって!!」

必死に弁明するが逆にその必死さがより疑惑を深めているのに気が付いていない。


(アイ……)


「ん? 波琉っち、アイちゃに思うところあり系?」


文殊は目ざとく反応し、波琉の心の揺れを逃さない。


(えっと……まぁ、気にしないで。それより――)


慌てて話を逸らすが、

文殊の視線は鋭く、何かを見抜いている。


「なーに隠してんのかな〜?」


「文殊、若い子にはあの女は思うところがあるんだよ。性の暴走だ、気にすんな」


ハルがフォローとも言えないフォローを入れる。


(………月刊プレイボーイ。白ギャル特集)

波琉はボソリと3段目の棚の本タイトルを読み上げる


「おいバカやめろ誤解だ誤解!」


「んー……ま、いっか。

 んで、人狼くん助けたいって? また難しいことを言うね〜」


文殊はふむふむと顎に手を当てる。


「まぁ、そうだよな」


ハルは腕を組み、電柱にもたれかかる。


(やっぱり人狼の“群れ”のせい?)


「まぁ、そうだね。

 人狼族の“群れ意識”は、あーし達が思ってる以上に強固で頑固だからね。

 ここであーしらと警官隊で取っ組み合いした方が、まだ解決できる可能性あるレベル」


文殊はどこからともなくスティックキャンディを取り出し、

口に放り込んでカリカリと噛む。


「あの状況を見るに、真犯人は群れの一部なんだろうね。

 ケンジが庇ってる可能性が高い。

 そして三渡はそれを理解してる」


(じゃあなんで発砲したんだ?)


「簡単だよ。

 その方が“黙る”から」


文殊はキャンディのスティックを上下に揺らしながら言う。


「人狼族の肉体強度を考えたら、“通常弾頭”なんて豆鉄砲みたいなもん。

 昔あったじゃん、駄菓子屋のバネで跳ぶやつ」


(いや、知らないけど……)


「ジェネレーションギャップ……世界線ギャップであると信じたい」


ハルは少しショックを受けている。


「危険だとかいって何でもかんでも取り上げる風潮にあーしは警鐘を鳴らしたいね。

 喇叭でも吹いてもらおうかな…オーディンくんのところにそんなのが居たよね」


「銀玉鉄砲如きでギャラルホルンを鳴らそうとするな!…とにかく三渡と話をする必要がありそうだな…そろそろ人払いの結界に気が付くだろう」


視線を大通りに向けるハル、独特な緊張感を感じる。

(群れの一部…群れごと退避させるのは?)


「それは悪手かな、警察って言う巨大な群れが躍起になるからね

 警察の本気はそれはそれで恐ろしいものがあるよ?

 徹底的だからね…特にマル異は」


ハルは小さく頷く。


「……あぁ、奴らは異能に容赦がない」


重い空気が流れる。


文殊がキャンディのスティックを上下に揺らしながら言う。


「人狼の意識を変化させるのはほぼ不可能。

 警察の意識を変化させるのも不可能。

 じゃあどうする?」


(どうするのさ?)


「さぁね〜。

 あーしは知識を与えても、知恵は授けられない。

 知恵は 人間キミたち の特権だからね」


(無責任な……)


「神様なんてそんなモンさ。

 知恵は俺たち人間で捻り出すしかない」


文殊はにやりと笑い、

しかし瞳の奥は底知れない深さを帯びていた。


「ふふーん……そんなキミたち愛し子に、一つだけ教えてあげよう」


スティックキャンディをくるりと回す。


「どっちの群れも、意識が一つに向かってるように見えるだろ?

 でもね――

 水飲み場の取り合いじゃないんだよ。

 どっちも間違えてて、どっちも正しいんだ」


意味深な言葉を、意味ありげに落とす文殊。


その瞬間、

ハルの思考が一気に加速した。


「……どっちも間違えてて、どっちも正しい……?」


(ハル、それどういう意味?)


「争ってる理由そのものがズレてるんだよ。

 同じものを見てるのに、違う結論を出してる」


(同じもの……ケンジ? 三渡?)


「いや……“群れ意識”が強すぎて、

 どっちも自分の正義しか見えてない」


(正義……)


「ケンジは群れを守るために嘘をついてる。

 三渡は市民を守るためにケンジを排除しようとしてる。

 どっちも正しい。

 でもどっちも間違えてる」


(……文殊の言葉だ)


「そうだ。

 “水飲み場の取り合いじゃない”。

 本当の敵は別にいる」


(黒い手帳……)


「そう。

 ケンジも三渡も、そこを見てない」


波琉は息を呑む。


(じゃあ……どうすれば?)


ハルは煙草を指で弾き、静かに言った。


「……“真実を見てる奴”が必要なんだよ。

 俺でも三渡でもケンジでもない、

 もっと外側から見てる誰かが」


(外側……)


「お前、さっきから“見えてる”んだろ?

 俺の知らない未来も、ケンジの本心も、三渡の焦りも」


波琉の胸がざわつく。


(……ハル、それって……)


「お前がどういう存在かは知らねぇ。

 でも――

 “見えてるなら、教えてくれ”。

 それだけで十分だ」


「ふふん、なるほどキミたちの選択はそれなんだね。いいね!☆

 じゃあそんなキミたちにとっておきの情報をあげようじゃないか」


くるりと回り大通りを指し示す文殊


「警官隊がこっちに近付いてきているよ。接触まであと2分ってとこかな☆」


(後2分!?早く――)

「――言えよ馬鹿野郎!!」


波琉とハルの言葉が重なった。


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