百光編 Session.05 『Shibuya Static Chaos』
「早く言えよって言われてもさ〜
あーしだってなんでも分かるわけじゃないじゃん?
“来てるな〜”って思ったから教えただけなのに、
二人してあーし責めなくても良くね?
こ〜んな、いたいけな美少女にさ〜」
文殊はぷくーっと頬を膨らませ、不貞腐れる。
(いや、別に怒ってないって……その、助かったよ文殊ちゃん?
なんとか突破口が開けそうな気がする)
波琉が慌ててフォローする。
フォローしている相手は神仏で、フォローしているのは思念。
状況としては意味不明だが、妙に自然でもある。
唯一の人間であるハルは、腕を組んで「うーん」と唸っていた。
「よし、このプランしかねぇな」
ハルはパンッと膝を叩いた。
(なんかいい手思いついたの?)
「おう任せろ。バッチリだ」
胸をどんと叩き、大威張りで胸を反らす。
「警官隊より先に突入して、
ケンジの群れから黒い手帳を奪い取る。
んで、それを警官隊に叩きつける!」
ハルは高笑いする。
「これで完璧だ!」
「えぇ……」
(えぇ……)
文殊と波琉は、ほんの数ミリ秒の誤差もなく同じ声を出した。
「な、なんだよ……」
波琉は“それ作戦じゃなくて勢いだけでは?”という言葉を
必死に飲み込んだ。
文殊はスティックキャンディを上下に揺らしながら、
じとーっとハルを見る。
「ハルりん、それ“作戦”じゃなくて“突撃”って言うんだよ〜?」
(うん……僕もそう思う……)
ハルはむっとして煙草を取り出す。
「うるせぇな……でも他に手があるか?」
文殊は肩をすくめる。
「あるよ〜。
でもハルりんが“勢いで突っ込む未来”が一番多かったから、
あーし黙ってただけ〜」
(未来……?)
文殊はにやりと笑う。
*******
「三渡警部。例のライブハウスの場所がやっと判明しました。
警官隊総勢20名、突入準備は完了しています」
重装備の警官が敬礼しながら報告する。
三渡は黒い外套に三つ折れ帽。
ギョロつく眼が、いつも以上に神経質に揺れていた。
「原因は?」
「……原因、ですか?」
警官は困惑しながらも敬礼を崩さない。
「こんなにも 人狼 共の潜伏場所を掴むのに時間がかかった“原因”です」
「妨害のようなものがあった、とか?」
「いえ……ただ、何と言いますか……
ギリギリまで誰もこのライブハウスの存在を“思い出せなかった”ような……」
三渡の眼が細くなる。
「……陰陽師の仕業か」
その瞬間、背後から軽い声が飛ぶ。
「ええ、あの陰陽師の仕業でまぁ間違いないわよ」
「はぁい、警部さん」
銀髪ショートボブの美しい女性――アイが、ひらひらと手を振る。
三渡は眉一つ動かさず言う。
「情報屋……今さら何用で?」
「ねずみだなんて失礼しちゃう。
どちらかと言えば“猫”じゃないかしら」
にゃんにゃんと招き猫ポーズ。
三渡は完全に無視する。
アイは咳払いし、声のトーンを落とした。
「……証言が入ったの。
あの 人狼 はクロだけどシロよ」
三渡の片眉がピクリと動く。
「意味が分かりませんね」
「分かるわよ。
あなたなら、きっと」
アイはそれ以上何も言わず、
ただ微笑んで踵を返した。
その笑みは軽いが――
“何かを知っている者”の笑みだった。
三渡はしばらくその背中を見つめていた。
「……クロだが、シロ……?」
呟きは誰にも聞こえないほど小さかった。
しかしその言葉は、
三渡の思考のどこか深い場所に、静かに沈んでいった。
そして――
突入の号令をかける直前、
ふと、その言葉が脳裏をよぎることになる。
“クロだけどシロ”
******
「あーーーーーーーーーーーーー怖かった」
ぶはぁ、と肺の底から息を吐き出し、
アイはビルの角を曲がった先の路地裏でへたり込んだ。
ハルから着信があったのは五分前。
「数分でいい。三渡の足を止めてくれ」
あのケチな陰陽師が、
“オススメのイタリアンをご馳走する”とまで言ったのだ。
さらに即金で十万が振り込まれていた。
(……ケンジくん関係ね。
動けるようにしておいて正解だったわ)
それに――
あの唐変木が自分を頼ってきたのが、
少しだけ嬉しかったりもする。
「よし、次の手順……っと」
いつまでも三渡の圧にビビっているわけにはいかない。
ハルからの“次の指示”はすでにスマホに届いている。
画面を見た瞬間、アイは眉をひそめた。
「しっかし……よくこんな事思いつくなぁ……
性格悪いなぁ……」
ぶつぶつ文句を言いながらも、
指は止まらない。
その時――
「ほんと、性格悪いな」
アイはニコッと笑い、
スマホの画面を数回タップした。
「あたしもね」
その瞬間――
街中の警報が一斉に鳴り響いた。
*******
シブヤの街が喧騒に包まれる。
いつもの騒がしさではない。
“いつも以上の異常事態”だ。
街中のスピーカーから警報が鳴り響き、
あらゆる無線が混線している。
電話のかけ間違いが頻発し、
交差点のオーロラビジョンは
「しばらくお待ちください」から動かない。
赤信号は常に点滅し、
歩行者信号はずっと赤のまま。
都市機能が、まるで“誰かの手”で乱されているようだった。
「ハッハッハッハッ!
これは愉快!これは痛快!
一人の人狼を救うためにここまでやるか!」
オーロラビジョンが設置されたビルの上。
スクランブル交差点全体を見下ろす位置で、
怪人紳士は手を叩いて大笑いしていた。
「最高だ!最高だよ、観測者!」
混乱は喧騒に変わり、
喧騒は暴動に変わる。
軽トラックがひっくり返り、
その上に力自慢の亜人が飛び乗る。
慌てて警官隊が出動するが、
その数が圧倒的に足りない。
「くくく……さぁ、次の手番は誰かな?
警部か?探偵か?魔女の可能性は?」
歌劇でも観劇するように胸を高鳴らせながら、
怪人紳士――サン・ジェルマン伯爵は微笑んだ。
******
警報が鳴り出す直前。
ライブハウスを取り囲むように警官隊が配置されていた。
正面入口、裏口、ビルの屋上へ向かう階段、
小さな窓に至るまで、
あらゆる場所に警官が配置されている。
“絶対に取りこぼさない”という強い意志が伝わる布陣。
「裏口、配置完了」
「正面入口、配置完了」
「向かいのビル屋上、配置完了」
ひっきりなしに三渡の端末へ無線が入る。
「総員、配置完了です!」
敬礼と共に報告が入る。
「よろしい、では――」
その瞬間。
“クロだけど、シロだよ”
アイの言葉が、
ふと三渡の脳裏をかすめた。
「とつに―――」
「“動くな!!”」
一瞬、ハルの声が響いた。
その言葉には呪が込められていて、
霊的な金縛りを引き起こす。
ハルの扱う陰陽術とは系統が違う。
出力に任せた “呪い”。
「制御難しい事すんなっつーの!」
(いやぁ……はは、ごめん。夢中で)
ポリポリと頭を掻きながら、
咥えタバコの黒外套の男が現れる。
「あー、警部サン?
逮捕状はお持ちで?」
胸いっぱいに煙を吸い込み、
ハルが挑発するように三渡へ問いかけた。
「探偵さん……一体何用で?」
挑発に一瞬も反応せず、
三渡はハルを睨みつける。
蛇か、トカゲか。
血の温度を感じさせない、冷たい捕食者の視線。
「いやいや、善良な市民からの情報提供でね。
警察機構が暴走しているってさ。
礼状も無くこんな大量の警察に囲まれたら、そりゃ恐怖しますよ」
へらへら笑いながらも、
ハルの目の奥は鋭いままだ。
「善良な市民……ですか」
その瞬間、
三渡の端末からラジオが流れ、
街中のスピーカーから警報が鳴り響いた。
「警部!本部から連絡です!
シブヤ中の電波が撹乱されているみたいです!」
「警部!無線が混線しています!状況は!?」
ザーッというノイズに混ざって、
警官たちの焦りが聞こえてくる。
三渡は一度だけ目を閉じ、
すぐに開いた。
「善良な市民は、この様な事は行わないはずですがね……」
そして、淡々と命じた。
「総員、撤収。
シブヤの街の秩序を最優先とします」
「……思ったよりあっさり引き下がるんですね」
ハルは思わず声を掛けた。
撤収する三渡の背中に、
どこか“違和感”を覚えたからだ。
(なにか……違う……?)
波琉も同じ感覚を抱く。
三渡は振り返らずに言った。
「善良な市民からの忠告は、受けるべきだと思った次第ですよ……」
そして、
わざとらしくない自然な口調で、
しかし確実に“刺す”ように言葉を続けた。
「礼状は……そうですね。
三日後にでも持ってきましょう」
波琉の胸がざわつく。
(そうか……
ハルの……アイさんの“疑惑の楔”……)
ハルは煙を吐きながら、
にやりと笑った。
「なるほど……では三日後にお会いしましょう」
三渡は歩き出しながら、
最後に一言だけ残した。
「精々探し出してください」
ハルは肩をすくめる。
「はて?なんの事やら」
三渡は答えず、
ただ黒い外套を翻して去っていった。
その背中には――
確かに“迷い”が宿っていた。




