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観測者は夢を見る  作者: 東雲


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百光編 Session.02 『The Copies of Sin』

|Bonjour Mesdames et Messieurs《ごきげんよう、紳士淑女の皆さん》


おやおや、再びお目にかかれて光栄ですな。


どうやら “あなた”――いや、“彼” と言うべきか。

事件の真実に、ずいぶんと近付いたようですね。


シブヤに流れ着いたのは黒い手帳。

事件を起こしているのも黒い手帳。


おぉ、素晴らしい! Bravo!


……ん? わざとらしいと?


ハハハ、それは失礼。

どうやら何か気に障ったようですな。


では――続きをご覧になりましょうか。


*****


事件の真相が分かってから、行動は早かった。


アイのネットワークを駆使し、警察の情報網に“手帳”の情報を流し込むことに成功したのだ。


そのおかげで、SNSの呟きからホームレスの噂話まで、

あらゆる場所で黒い手帳の噂がシブヤを駆け巡った。


「109の近くで見た」とか、「道玄坂のラブホに置いてあった」とか……。


あらゆる発見情報に、警察、陰陽寮、教会、銀河パトロール――

各勢力が一斉に動き、呪具“黒い手帳”は次々と封じられていった。


発見された“黒い手帳”は、ほぼすべてが本物。

そこには殺人犯の名前と、簡単なプロフィールだけが書かれた不可思議な手帳だった。


簡単な精神保護の術で防げる程度の、格の低い呪術ではあったが、

一般人には効果絶大だっただろう。


問題は、その総数である。


現段階で十八冊。

その前の六つの事件も同様の手帳が原因だとすれば、二十四冊。


これを多いと見るか、少ないと見るか。


---


「次、ジェフリー・ダーマー」


「在、アメリカ。食人」


「次、ペーター・シュトゥンプ」


「……在、ドイツ。食人。人狼の疑い」


「次、清水定吉」


「在、日本。強盗殺人」


“資料室”と書かれた薄暗い部屋で、

特殊なゴーグルを掛けた警察官が二人、確認作業に当たっている。


確認――

黒い手帳に書かれた名と、実在の殺人鬼・殺人犯を照らし合わせ、

その手口による殺人が行われているか否かを調べる作業である。


---

「協力、感謝します」


黒い外套の男――ハルは、同じく黒い外套を纏った長身の男に頭を下げる。


「いやいや、こちらこそ。わざわざ我々の仕事を……どうもご苦労さまです」


長身の男は三つ折れ帽を被り、厭味ったらしくお辞儀をした。


男の名は、警視庁シブヤ署異能課課長・三渡(みわたり) (ひびき)


「異能課にお手伝い頂けるとは……千の力を得たかの様です」


「……全く白々しい。不愉快ですね」


三渡は慇懃な態度を崩さず、鼻を鳴らした。


「なんで貴方のような方が“人間”なのでしょうね。

 本当は悪魔とか吸血鬼なんじゃないですか?」


「残念ながら人間ですよ。純粋のね」


「忌々しい……魔に属する者であれば良かったのに……」


ハルはニコリと笑みを浮かべる。


「……魔に属していれば、どうすると?」


「まぁ、いいでしょう。シブヤ内で済んでいるうちは」


ふん、と鼻を鳴らす三渡。


あからさまな“魔”への嫌悪が滲み出ている。


「シブヤから外に出たら……容赦はしませんよ。では、御機嫌よう」


踵を返し、資料室から出ていく三渡。


「あー、課長行ったっすか? すいませんね探偵さん……悪い人じゃないんですよ」


出ていくのを見計らったように、若い刑事が入室する。


「悪い人じゃあないね。“人に対して”は、ね」


ハルがタバコを見せて「吸っても?」と訊くと、

刑事はどうぞと灰皿を差し出す。


「昔はもっと平等だったんですけどねぇ……」


「あぁ、よく知ってるよ」


チリチリと音を立て、タバコは煙へと変わっていく。


まるで、人の心は変わっていくものだと暗示するかのように。


*****


『あぁ、この夢か……異能都市シブヤとか言われてる、最も不可思議で、毎回結末が違う夢だ』


ハルの二メートルほど上の位置から、波琉はそれを見下ろしていた。


シブヤの夢は、いつも出来事が違う。


魔薬密売人を追っている夢の時もあったし、

怪しげな儀式を止める夢の時もあった。


江戸の夢やテラアースの夢は、だいたい同じルートを辿り、

だいたい同じ結末に行き着くのに――


シブヤの夢だけは、登場人物が同じでも結末が毎回違う。


まるでオムニバス形式だ。


『三渡が出てきている……事件が起きるってことか。

 一番憂鬱なタイプの話だ』


だが、今回はいつもと違うことがある。


いつもはハルの視点で夢を見ていた。


だが今回は、ハルを中心に“俯瞰視点”で夢を見ている。


今までは一人称視点だったのに、

今回は三人称視点と言えばいいのか――“操作感がまるで違う”と言えばいいのか。


『で、やっぱり出てくるのはアイか……』


ハルの事務所を訪れる美女――アイの姿を確認し、波琉はボソリと呟く。


アイが出てこない夢、というものは今まで存在していない。


江戸の巫女、シブヤの情報屋、テラアースの賢者……

どの世界でも、名前はすべて“アイ”だ。


『そういえば……雄介も健司も、よく出てくるよな』


ふと考えがよぎる。

今までは「身近な人が夢に出てくるんだろう」程度にしか思っていなかった。


だが――

“アイ”という知り合いは、現実には一人もいない。


中学の時、隣のクラスに同じ名前の子はいた。

けれど……印象がまるで違う。


『竜胆さんとアイは、イコールで繋がるんだよな』


感覚的な話だが、

“同一人物だ”としか思えない。


『竜胆さんに出会ってから、江戸の夢は結末が変わった……

 そして現実も変わった?』


頭を振る。


『そんな馬鹿な話があるか……夢は夢だろう』


どうやら場面が動くみたいだ。


波琉の意識は遠のいていった。


*****


「おう、きよったかハル坊」


赤鬼警官が軽く声を掛けてくる。


場所は道玄坂ホテル街近くの路上。


KEEP OUT と書かれた黄色いテープと、青いビニールシート。

それらを赤色灯が紅く染めている。


「被害者は?」


探偵のようなことをしていると、警察にもだいぶ融通が利く。

人間の事件ならここまで自由には動けないが、

“魔”の事件となれば、得られる情報量は段違いだ。


「恐らく女性。年齢は多分二十代」


「随分曖昧な……」


「見てみるか? 二〜三日ハンバーグは食えなくなるぞ」


赤鬼が顎で現場を示す。


「……いや、いい。ディナーにチーズインハンバーグをご馳走する約束があるしな」


「その方がええわい」


赤鬼が頷く。


「……ハル坊。人間の殺人事件で“素手で引きちぎる”なんて聞いたことあるか?

 もしくは死体をミンチにして放置する殺人鬼とか」


赤鬼の問いに、ハルは言葉を詰まらせる。


「……聞いたこと、無いな」


それこそ架空(フィクション)の殺人鬼くらいしか思い浮かばない。


「……黒い手帳の仕業じゃない……?」


赤鬼はコクリと頷いた。


「……異能課は“黒い手帳事件”とは別件と考えて動くようじゃ」


「三渡は容疑者を誰だと?」


「そこまでは言えんわい……しかし、素手で人間を引き千切り、噛み千切る種族など、

 そうは居まい」


渡せる情報のギリギリを攻めたのだろう。

異能課の若い刑事が、ギロリとこちら――いや、赤鬼警官を睨みつける。


「赤おっさん。感謝する」


「いいわい。今度酒でも奢ってくれ」


くるりと踵を返し、ハルは懐からスマホを取り出す。

手慣れた手つきで操作し、電話をかけた。


「情報屋。今夜起きた事件の情報が欲しい。三渡がパクろうとしてる相手も」


「毎度あり☆ ちょうど今、出揃ったトコよ」


電話の相手はアイだ。


赤鬼警官から連絡を受けて三十分も経っていないのに、

すでに情報が揃っている――

これがアイの恐ろしいところだ。


「容疑者の種族」


人狼(ワーウルフ)


「最終目撃地点」


「道玄坂のライブハウス“ミスティ”」


矢継ぎ早に情報がやり取りされていく。


だが、次の質問でアイの様子が変わった。


「容疑者の氏名、並びに年齢」


「……」


電話の向こうで、アイが返事をためらっている。


「どうした?」


「……ケンジ」


「!?」


予想外の名前に、ハルは言葉を詰まらせた。


「三渡が捕まえようとしている……見せしめに使おうとしているのは、ケンジよ」


「莫迦な! あいつがそんな事するわけ――」


「ないけど、状況証拠は……」


アイの言葉を最後まで聞かず、

ハルは部屋を飛び出していた。


「ちょっと待ちなさいよ!」


アイもまた、ハルの後を追って駆け出す。


『ケンジ……? ケンジって……』


浮遊霊のように事務所に佇む波琉は、

この先の嫌な展開を予感して奥歯を噛み締めた。


*****


道玄坂の夜は湿っていた。

“ミスティ”の裏口を開けると、古いアンプの匂いと汗の残り香が漂ってくる。


ステージ裏の椅子に、ケンジがうなだれて座っていた。


「……来たか、探偵さん」


顔を上げたケンジの目は、どこか覚悟を決めた人間のそれだった。


「逃げるぞ。今ならまだ間に合う」


「ハッ……逃げねーよ」


即答だった。

ハルは思わず舌打ちする。


「三渡が来る。あいつはお前を“見せしめ”にする気だ。逃げなきゃ――」


「俺が逃げたら、次は別の人狼が“みせしめ”にあう」


ケンジは静かに言った。

怒りでも恐怖でもない。

ただ、事実を受け入れた者の声だった。


「俺が逃げたら、“人狼は危険だ”って証明することになる。

 だったら……俺が最初で最後でいい」


「馬鹿言うな。お前が死んでも何も変わらない!」


「探偵さんよ……何も本音が、正論が正しいって訳じゃあねぇんだよ。

 何も変わらない。そりゃそうさ。

 でも、俺が逃げたら“悪い前例”になる。

 それだけは嫌なんだよ」


ハルは言葉を失った。

ケンジは、ただの優しい青年だった。

人を傷つけることを何より嫌う男だ。


その時――


「突入!」


金属音と怒号が、ライブハウスの静寂を切り裂いた。

異能課の隊員が雪崩れ込み、ライトがケンジを照らす。

その中心に、三渡がいた。


「やはり居ましたか。薄汚い狼人(ワーウルフ)

 抵抗の意思ありと判断します」


「待てよ……俺はやってない!」


ケンジが立ち上がる。


その前に、若い人狼が庇うように飛び出した。


「ケンジさんは違う! ケンジさんは――!」


「黙りなさい。暴動と見なす」


三渡の声は、氷のように冷たく、

()()()()()()()温度を感じなかった。


若い人狼が押し返され、床に叩きつけられる。


「やめろ、三渡!」


ハルが叫ぶ。


だが、三渡はハルを一瞥しただけだった。

その目には、最初から“結論”しかなかった。


「――排除します」


乾いた音が落ちた。


ケンジの身体が、ゆっくりと崩れ落ちる。

血が床に広がり、ライトに照らされて黒く光った。


「……あ……?」


胸の奥で、何かがひび割れた。

怒りでも悲しみでもない。

もっと深い、もっと原始的な――“拒絶”の感情。


世界が揺れた。


音が消え、色が剥がれ、輪郭が溶けていく。

三渡の顔も、ケンジの倒れた姿も、

まるで水面に落ちたインクのように滲んで消えていく。


『あ……切れる』


ハルの視界が白く弾け、

波琉の意識が夢の外へと弾き飛ばされた。


気づけば、天井があった。

現実の天井だ。


息が荒い。

心臓が痛いほど脈打っている。


夢は終わった。

だが、胸に残る痛みだけは、夢ではなかった。


「ケンジが……死んだ?」


今までにない結末に、波琉は動揺した。


その時、携帯のメッセージアプリに短い文章が届く。

送信相手は雄一。


【健司がやられた】


背中と心が、同時に冷たく冷えた。


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