28話 騎兵槍と千年先の技術
馬という『初速』を手に入れた彼女の攻撃は、物理的に回避不能の領域に達する可能性があった。
ヘリオンの動体視力を超えてしまうかもしれない。
「……馬ごとぶつかるんじゃない。馬を囮にして、認識の外から首を狩りに来るつもりかもしれません」
俺の言葉に、執務室の空気が凍りついた。
二人の会話を青ざめた顔で聞いていたダモンさんが、ごくりと唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。
「つまり、馬とすれ違う前に首が飛んじまうのか……」
ダモンさんの震える声に、ザビア訓練士長が忌々しそうに吐き捨てることで答えた。
「ただの騎馬戦のつもりで挑めば、一瞬でおしまいだな」
俺は震える手を抑え込み、拳を握りしめた。
相手が化け物なら、こっちは知恵と物理法則で対抗するしかない。
「ダモンさん、鍛冶師長に頼んである『ランス』……あれを間に合わせてください。普通の槍じゃ、ライカは落とせない」
「……それくらいは任せておけ」
ダモンさんは俺の肩を強く叩き、力強い眼差しで見据えてきた。
「ブルトゥス訓練所の総力を挙げて、お前を勝たせてやる」
ダモンさんの瞳には勝負師の火が宿っていた。
彼は決して、勝てない試合に俺を放り込みはしないはずだ。多分……
「馬については、リヴィアス議員に相談してみろ。議員は代々、騎士の家柄だ。市場に出回らない優秀な軍馬を手配できるだろう」
§§§
ダモンさんの助言に従い、俺は重い足取りでリヴィアス邸へ向かうべく、訓練所の門をくぐろうとした。その時だ。
「おい、坊主! 待たせたな!」
訓練所の方から響く、野太い声に振り返れば、隻眼のドワーフ――キュクロ鍛冶師長だ。
彼の後ろには、三人のもじゃもじゃした弟子たち、アルゲ、ステロ、ブロンが、巨大な布に包まれた「長物」を、掛け声を合わせながら運んでくるところだった。
「こいつを持ってけ。最高のタイミングで仕上がったみたいだな」
恐ろしく長い白布が解かれ、現れたのは、巨大な円錐形の槍――中世の重装騎兵が用いた『騎兵槍』だった。
「お前の持ってきた妙な図面通りに仕上げたが……こりゃ一体なんだ?」
キュクロさんが訝しげに太い腕を組んで聞いてくる。
「……すげぇ」
俺は親方の疑問も耳に入らないほど、思わず息を呑んだ。
俺の記憶の中にある姉ちゃんの狂気的な知識と、キュクロ鍛冶師長の神業が融合した芸術品がそこにあった。
『いい、匠? 覚えときなさい。運動エネルギーKは、二分の一エムブイ二乗……つまり、質量mの半分と、速度vの二乗に比例するのよ!』
『騎兵戦において重要なのは、小手先の腕力じゃないわ。馬を含めた圧倒的な質量とトップスピードを、いかに減衰させずに切先の一点に集中させるか……それが全てよ!』
脳内で姉ちゃんの物理講座が開講される。
手元に向かって太くなる円錐形の構造は、三メートルを超える長大な槍の重心を手元へと寄せるための工夫だ。さらに、グリップの前には敵の攻撃を受け流し、重心調整の要ともなる巨大な『ヴァンプレート(円盤状の鍔)』が備わっている。
これらによって巨大な槍を、なんと『片手』で水平に保持できてしまうのだから、本当に凄い。
「完璧だ。最上のトネリコ材……これなら馬の突撃力も逃がさずに……」
俺は意気揚々とグリップを握りしめ、仮想の敵に向けて突き出そうとして――、硬直した。
(あ、しまった……)
血の気が引く音がした。
ランスの真価は、鎧の右胸に作り付けられた『槍当て(ランスレスト)』に取り付けることで発揮される。
突撃の瞬間に手が後ろへ滑る事を防ぎ、運動エネルギーを逃さないための機構だ。
だが、この古代の時代にランスレストを取り付ける機構なんてあるはずがなかった。1000年は先の技術だ。
このままじゃ騎兵槍の性能を引き出せない。
……いや、待てよ。 『カタフラクト』という古い騎兵がいた。彼らは確か、脇を締めて長槍を固定していたはず。
「おい、坊主。。こいつは、設計通りに木目も狂わず削り出してあるが……馬に乗って全力でぶつかれば、衝撃でこの武器はぶっ壊れちまうぞ?」
鍛冶師長が、職人の鋭い目を光らせて注意を促してくれた。
「……いや、ランスはもともと一撃必殺の武器なんですよ、鍛冶師長!」
「そうか、ならいいがな。 派手にへし折ってこい!」
俺は冷や汗をかきながら、新たな武器を背負い、リヴィアス邸へと足を向ける。武器は準備できた。
次は「速度」だ。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は7月22日(水曜)です。
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