22話 背負うべき重荷
「がああっ!」
ヘリオンの咆哮が、砂塵を震わせる。
黄金の雄牛の兜を被った異形の巨漢――アステリオス。その巨躯からは想像もつかない超速の連撃がヘリオンを襲った。
両手に握られた双刃の短剣“ハラディ”
S字にうねるその刃はまるで意志を持つ生き物だ。
縦横無尽、予測不能な軌道を描くたび、ヘリオンの四肢から鮮血が舞い、焼けるような熱さが脳を焼く。
(くそっ……! 間合いが掴みにくい!)
ヘリオンは大鎌を強引に引き戻し、防御を試みる。だが、この得物は本来、農地で麦を刈るためのものだ。
横に突き出した長い刃は近接戦において、自らの可動域を奪う邪魔な突起にしか思えなかった。
アステリオスは冷徹にハラディの刃を滑らせて鎌の軸をわずかに逸らす。
長物は懐に入られると弱い。
あっさりと懐に侵入したアステリオスは、もう一方のハラディでヘリオンの腹部を切り裂いた。
―――ザシュッ。
咄嗟に身を捩り、致命傷を避けるヘリオン。
「せめて、得物が投斧であれば! 俺は漁師であって農民ではないぞ!」
激痛に顔を歪ませ、ヘリオンが悪態を吐く。
だが、黄金の魔獣は止まらない。地を蹴る爆音。
左右から同時にハラディが交差して迫る!
「―――させるものかよ!」
ヘリオンは咄嗟に鎌の根元を掴み、刃の“背”で二本のハラディを辛うじて受け止めた。
ギィィィッ!!
金属が悲鳴を上げ、火花が視界を焼く。
しかし、それこそがアステリオスの罠だった。
両手を封じられ、視界を塞がれたヘリオンの眼前に、巨大な黄金の“角”が迫る。
牡牛の兜に、体重を乗せた渾身の頭突きだ。
「なっ……!?」
足を引こうとするが、鎌の柄が二本のハラディによって万力のように押さえつけられている。
逃げ場を失ったヘリオンの体は、文字通り雄牛のような突進を正面から喰らい、砂の上へとなぎ倒された。
それと同時に、「ゴシャッ!」という頭蓋を直接揺さぶるような鈍く重い衝撃。明滅する視界に無数の火花が散る。アステリオスの“角”がヘリオンの眉間に突きこまれた。
ギャリリッ! と、不快な金属音が響く。
リヴィアスが贈ってくれた『サンダーの兜』が、その身を挺して頭部を守ってくれていた。
兜は刺突を逸らしたが、悲鳴のような音と共にひしゃげてしまった。
リヴィアスに申し訳ないと思いつつ、視界を塞ぐひしゃげた兜を素早く脱ぎ捨てる。
慌てて見上げると、逆光の中にアステリオスが立ちはだかっていた。巨体に組み伏せられ、首筋にハラディの冷たい感触が走る。
「Mirabilis! アステリオス!」(驚異的だ!の意)
耳を劈くような観衆の歓喜。
(匠、このままでは厳しいぞ⋯⋯私を導いてくれ!)
(匠! 私の声が届かないのか!)
脳内に直接響くヘリオンの怒号。
だが、俺の意識は――――。
首筋に食い込む鋭利な刃。
―――このまま死ねば、案外あっさり、あっちのベッドで目が覚めるのかもしれない。
……そうすれば、姉ちゃんにまた会えるかもしれない。
そんな甘い逃避が脳裏をかすめた瞬間、ヘリオンの魂が、俺の精神を全力で怒鳴りつけた。
(匠! ここで君が死ぬ事を姉君が喜ぶものかよ! パティアやオドリー……お前がこの世界で背負った荷物は、一時の気の迷いで捨て去れるほど軽いものだったのか!)
「―――ッ!」
(私はもう、ヴァルハラに辿り着きたいとは思わない。主であるお前と共に在ると今決めた! だから起きろ! お前も私と共に在ると、そう言ってくれ!)
ヘリオンの叫びが、死への誘惑に身を任せようとしていた俺を全力で殴りつける。
そうだ。
この世界でできた大切な家族と仲間たち。
俺を信じて待ってくれている皆を置いて、一人だけ逃げ出すのか?
姉ちゃんに会いたい。
その気持ちに嘘はない。
でも――俺が今、この腕で抱えなきゃいけないものは、こっちにあるんだ。
(……姉ちゃん。やっぱり、そんなわけには、いかないよな)
冷え切っていた指先に、ドクンと熱い血が通うのを感じた。
「聞こえてるよ、ヘリオン。その通りだ……俺が背負ったのは、夢オチで済ませていいような軽い『荷物』なんかじゃない」
俺がヘリオンに語りかけると同時に、意識がヘリオンの肉体と同調する。
生き残るための知識なら、姉ちゃんから山程教わった。勝つための力は、ヘリオンの身体と記憶が持っている。あとは、俺次第だ。
アステリオスが勝利を確信し、ハラディに更なる体重を乗せて首を断とうとしたその瞬間。
俺たちは「逆転の起点」を動かした。
あえて、ハラディを押し返そうとする抗力をゼロにしてやる。
「ぬっ!?」
支えを失ったアステリオスの巨躯が、慣性の法則に従って前へと泳ぐ。
その刹那、ヘリオンの左手がアステリオスの腕甲を、右手は大鎌のハンドルを廃した長槍の柄を文字通り「滑らせる」ように引き寄せた。
ヘリオンは組み伏せられたまま、鎌の長い柄をテコのようにアステリオスの脇腹へと差し込み、残った全筋力を爆発させてその「力点」となる柄を跳ね上げた。
「これこそ、農具の――『梃子』の使い方だ……!」
巨大な質量が、物理の法則に従って真横へと崩れ落ちる。
「ガアッ!?」
アステリオスが、信じられないものを見るように砂の上へと転がった。
自由になったヘリオンは肺に残るわずかな空気を吐き出しながら、逆光の中に立ち上がる。
手元に戻した大鎌の刃が鈍く光った。
俺に迷いは無い。
死神の持つ大鎌を構え、ぶわりと広がった赤い髪。
これまでにいくつもの伝説を打ち立ててきた『赤毛の悪魔』。
観客には、まさにそう見えたろう。
(死神のイメージって、14世紀頃のヨーロッパ発祥だったはずだけど。まぁ、それはそれとして……)
「待たせた、ヘリオン。……ここからは、俺たちの時間だ」
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は7月08日(水曜)です。
お読みいただき、ありがとうございます。
気に入って頂けましたら評価★★★★★ブクマをお願いいたします。ランキングと作者のモチベーションが上昇いたします。
引き続き、『武器物語』をよろしくお願いいたします。




