21話 偽りの世界
大鎌には本来、取り回しを考えて短いハンドルが付いてるのだが、敵にハンドルを掴まれる危険を避ける為、鍛冶工房のアルゲに頼んで長槍の柄を取り付けてもらう事にした。
『あなたが古代ローマ帝国みたいな場所に飛ばされちゃうような事が、万が一にもあったとしたら……』
姉ちゃんの言葉が頭から離れず、この世界の全てに現実感がない。そういえば、しばらくオドリーの顔を見ていない気がする。
彼女にはティミドゥスを護衛につけているので心配ないはずだが、元気に過ごしているだろうか……
「―――俺がこうなる事を姉ちゃんは知っていたのか?」
試合当日、保護者であるリヴィアスから昇格記念にと、利き腕用の腕甲と脛当て、そして雷の竜サンダーを模した兜が贈られてきた。
ゴズウェルからブルトゥス訓練所の看板を引き継いだようで誇らしく思ったが、素直に喜びを口にする事ができなかった……
(やはり、姉君の言葉が気がかりか?)
ヘリオンが心配してくれたように、俺は姉ちゃんの残した言葉が気にかかり、気持ちを試合に向ける事が出来ずにいる。
「俺がこの世界に転生する事を……俺が前世で死ぬ事を……姉ちゃんは知っていたのか?」
思い返せば、姉ちゃんの助言に助けられたのは一度や二度ではない。
今でこそ、ゴズウェルにカルギス、ザビア訓練士長、そしてなによりヘリオンの助けで戦えているが、当初は姉ちゃんの知識頼みだったのだ。
これを偶然と片付けていいのか?
「おい、ヘリオン。大丈夫か? 初戦で緊張しとるのはわかるが、ゴズウェルナスとの訓練の成果を見せてくれ。頼んだぞ」
「ヘリオンさん、ブルトゥス訓練所から出た久しぶりの上位闘士ですからね! 期待しています!」
ダモンさんとトリトスさんの声援は嬉しく思ったが、なんだか遠くに聴こえる。
そう、何度話しかけても同じ返事を繰り返すRPGのモブキャラのセリフのように⋯⋯
ブルトゥス訓練所か――――
そういえばブルトゥス氏族って、カエサルを暗殺した名前じゃなかったっけ。
転生物語なんて今時どこにでも転がっている話だ。
俺もそうだが、大抵は前世で死んでからが始まり⋯⋯だとしたら、ここで死んだらどうなる?
ひょっとして、夢オチみたいにあっさり現代日本で目を覚ますんじゃないのか?
§§§
「諸兄諸君、聞こえるか! 地響きのようなこの鼓動を! 今日、歴史に名を刻むのは誰だ? 余の眼前で英雄となるか、骸を晒すか、運命を決めるのは神ではない、彼らの剣である!
――さあ、血と汗の宴を始めようではないか!」
アウグス帝の開始宣言に沸く観衆が落ち着くのを待ち、皇帝に深く一礼をして実況者が声高らかに闘士の紹介を始めた。
「――栄光ある帝国市民諸君! この気高きコロッセオを埋め尽くす、皆様の輝かしい笑顔に敬意を!
皆様の退屈を一瞬で熱狂へと塗り替える『至高の怪物』の登場です!
ロクスタ訓練所が皆様の喜びのためだけに丹精込めて育て上げた、狂乱の牛頭!
ご覧ください、あの黄金の輝きを! 至上の帝国にふさわしい贅を凝らした装飾を!
そして、その手に携えるのは、遠くクシャーナ朝より伝わりし伝説の双頭刃『ハラディ』でございます!
これなる異形の闘士を残酷な喝采で迎え入れようではありませんか!! その名も、アステリオス!!」
闘技場のエレベーターが重々しく上がり、アステリオスがその異様を観客に晒す。
2メートルを超える体躯、両手にはそれぞれ『ハラディ』と呼ばれる柄の前後に刃の付いた珍しい短剣を手にして。
昇格式でも被っていた黄金に輝く雄牛の兜は圧倒的な存在感を見せつけ、観客を瞬く間に魅了する。
「Vivat!アステリオス!」
「Vivat!アステリオス!」
「――そして、皆様! お待たせいたしました! 黄金の魔獣に立ち向かうは、我が帝国の誇る名門、ブルトゥス訓練所の看板闘士!
ご記憶されている方も多いでしょう。 かつて荒れ狂う魔獣カルキノスを、天の雷さえ操り屠ったあの伝説を!
天をも焦がす、燃えるような髪を見よ!
戦場の女神が愛した美しき相貌を見よ!
彼こそは古の神話に語られる、あらゆる武器を同時に振るう百椀巨人の生まれ変わり!! 人々は畏怖を込めて彼を呼びます。『赤毛の悪魔』あるいは『変幻自在の武器使い』と。
本日、彼が選んだのは、見るも恐ろしき巨大な『大鎌』。その一振りは、いかなる強靭な肉体をも麦畑の如く軽やかに刈り取ることでしょう!
美しき悪魔が振るう死神の鎌か!
黄金の魔獣が振るう雷神の双刃か!
帝国史に残る美と醜の殺戮劇⋯⋯その幕開けが今、ここに!!」
――――この歓声は、この熱狂は、この世界は、本物なのか?
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は7月06日(月曜)です。
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