19話 鍛冶師の誇り
ブルトゥス訓練所の南端、石壁と重厚な鉄柵に守られた煙突付の小ぶりな建物。
門扉には高さ50センチ程の場所に、輪を咥えた獅子の威圧的なノッカーが付いている。
「今思えばこれは、獅子じゃなくて、竜のファイアだったんだな」
鍛冶師長キュクロとの出会いを懐かしく思い、ノッカーに触れてみたが、鳴らすのは遠慮した。
偏屈なドワーフである彼は、上位闘士相手だろうと態度を変える事はないだろう。
またハンマーを投げつけられてはかなわない。
庭先で気持ちよさそうに伸びをしている白虎『ティグレーヌ』に目で挨拶を交わし、そのまま玄関へと進む。
「おう、坊主か!」
もじゃもじゃの髭にずんぐりとした体躯の鍛冶師長はいつでも忙しなく、弟子たちに叱咤を欠かさない。
「アルゲ!中庭に例のあれを持ってこい!」
「へい!親方」
「ブロンはお茶の用意だ!こんなのでも大切な客人だからな失礼のないように、ちゃんと淹れろよ!」
「へい!」
こんなのって⋯⋯鍛冶師長のほうが失礼なんだけど、まぁいいか。
先日、パティアとオドリーの為にプレゼントを購入した日の午後、試合日決定の通知書が届けられた。
場所は当然、大闘技場である。
対戦相手は、ロクスタ訓練所の上位闘士アステリオス。
(あの巨漢相手なら……新調した武器が上手くハマるはずだ)
鍛冶工房の中庭、中央の巨石を切り出したテーブルを囲むようにして切株の椅子に腰掛ける。
「ど、どうぞ⋯⋯ニワトコのハーブティです。ヘリオンさん」
「ありがとう、ブロン」
おどおどした様子で、もじゃ髭のドワーフ『ブロン』がハーブティを淹れてくれた。
ニワトコは抗炎症作用と解熱効果があるとされている甘い香りのする薬草だ。
彼らは外見こそもじゃもじゃだが、その仕事ぶりは繊細であり、目配りだけでなく気配りの達人でもある。供されるお茶一つとっても、行き届いているのがわかる。
「お客人、注文の品になります!」
アルゲが両手に抱えて運んできた二つの品をドスンとテーブルに鎮座させ、被せられた白布を解いていく。
それは厚さ9ミリ、長さ80センチにも及ぶ湾曲した巨大な刃。大鎌と呼ばれる農具である。
初戦の日程が分からなかったせいで少しでも納期が早くなるよう、あり物を改造してもらうために鎌を買って渡したのだが……
鍛冶師長の渋い表情から察すると簡単ではなかったようだ。
ブロンとアルゲが逃げるようにして工房へいなくなったところを見ると、なにかあったかな?
「坊主、お前さんも一端の上位闘士だ。だからよ、戦闘技術だけでなく知識もつけなくちゃならん。わかるか?」
あ、やっぱり……これは間違いなくお説教だ。
だが、ここで慌ててはいけない。衝撃に備えつつ、泰然と構えておく事にしよう。
「よし! じゃあお勉強だ! まずお前さんが持ち込んだ見本は“青銅の大鎌”だ。だがお前さんの希望は“鉄”これは分かるな」
「す、すみません……」
――――これはやってしまったかも?
「次に、この青銅の鎌は“鋳造品”でお前の注文通りにするには“鍛造”技術が必要。これはどうだ?」
鋳造と鍛造? 聞いた事はあるような――――
「わからんらしい。鋳造ってのは青銅に多いんだが、型や砂に溶かした金属を流し込んで作る加工方だな。
鍛造というのは熱した金属を叩いて伸ばす加工方で、ワシらはこっちが専門。いいな?」
ゴクリ……いつも以上に低い声で鬼気迫る説明に、ただ頷く事しかできそうになかった。
どうやら彼の地雷を踏んでしまったらしい……
はっきり言ってかなり怖い。
「鋳造ってのは大量生産と細かな細工ができるが衝撃に弱い。
鍛造は一本造りで叩く分だけ密度が高えんだ! いいか? 二度と見本に鋳造品なんぞ持ってくんな!」
バンッ!
石のテーブルに叩きつけられた鋳造の鎌が、ガランと音を立てて地面に落っこちた。
「鍛冶師長すみませんでした! 鍛造の凄さ、よくわかりました!」
俺は石のテーブルに額をこすりつけるようにして謝罪する。
職人に下手な気の利かせ方をしたのが悪かった。
変な言い訳をして拗らせても仕方ない。
元ブラック企業勤めとして、先方への謝罪は心得ているつもりだ。
「ま、まぁ……そこまで反省しとるならいいわい」
どうやら、素早い謝罪が功を奏したらしく、二度とするなよ。と、軽く釘を刺されただけで新作の鎌へと話題を移してもらう事ができた。
職人さんはいつの時代も己の仕事に誇りを持っている。彼らと交渉する際には、その誇りに配慮した気遣いを心がけないといけないな――――
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は7月01日(水曜)です。
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