18話 サプライズ
「さすがは評判の闘士ヘリオン様、お目が高い。こちらは西方のカルタヘナより運び込まれました“ガルム・ソキオルム”最上級の魚醤にございます」
「とてもいい匂いですね。では、こちらをマンティさんに―――」
「ヘリオン様、このような品を私にまで⋯⋯感謝のしようもありません」
「いつもお世話になっていますから。たまには受け取ってくださいね」
隣家カルギス家の側仕えであるマンティさん。
彼女が最近、広場で知り合ったという商人『スプラウス』が宝飾品を扱っていると聞き、日頃お世話になっているお返しにパティアとオドリーへのプレゼントを買い求めようとしたのだが―――
スプラウスは二十代後半の聞き上手な美青年。
貴族のお姉様方にウケそうだと思ったが、ダモンさんやトリトスさんにまで気に入られてしまった。
おかげで気づけばすっかり話が大きくなってしまい、ブルトゥス訓練所の客間でド派手な販売会が催される事となった。
皆で買い物というのも楽しそうだったが、なにせ、パティアとオドリーへのプレゼントである。
ここはひとつ、サプライズでプレゼントを用意したい。
「お子様への高価な贈り物でしたら、笛などいかがでしょう。パンフルートやアウロスは喜ばれますよ」
パンフルートというのは、長さの違う木笛を何本も繋げた縦笛で、アウロスはリコーダーが二つ繋がった笛だ。
オドリーが吹き鳴らす姿はさぞ可愛らしいに違いない。だが、しかし……
「この笛で叩き起こされるのはゴメンだな」
悪意など欠片もなしに、早朝からニコニコ笑顔で叩き起こしにくるオドリーの姿が容易に想像できてしまった。
「コホン⋯⋯彼女は背伸びしたい年頃の女の子なので。そうだな、身につけられる物が良い。髪飾りとかあります?」
「もちろんです! 少々お待ちくださいね」
シルクロードを通ってクシャーナ朝(インドの事だろうか?)から届いたという逸品のブローチを二つ。
美しく柔らかな布に包まれたそれを優雅な手つきで音も立てずに、机に並べて見せてくれる。
「ひとつは、アイギュプトの名工が象牙に沈め彫りで丹念に彫り上げました。お子様にも人気の、兎をモチーフにしています」
現代ではすっかり見かけなくなった“象牙”だが、昔は印章や装身具によく使われていた。
なるほど、この白は確かに美しい。
―――でもちょっと、バースとは相性が良くない気がするなぁ⋯⋯俺が。
「もう一つは、パルテナスの職人が丁寧に仕上げました伝統のシェルカメオ(貝殻の浮き彫り細工)でございます。
小ぶりではありますが中央に“月の雫”と評される真珠を配置し、それを抱くように精緻なトカゲの浮き彫りがあしらわれた⋯⋯」
「こっちにします!」
バースと『おはぎ』なら比べるべくもない。
真珠も可愛いらしいし、決定!
さてと⋯⋯問題はパティアへのプレゼントだ。
彼女には試合で救われた事もあれば、共に危険をくぐり抜けた経験だって一度や二度じゃない。
良い雰囲気になった時も少しはあった⋯⋯よな?
気の所為ではないはずだ。
現代より貧富の差がはっきりしているだけに、どうにも踏ん切りがつかずに腰がひけるが、好意は伝えたい。
彼女は貴族な上に大使なんていう重責を担うエリート。俺なんかのプレゼントを喜んでもらえるとは、とても思えないが―――
いやいや、こういうのは気持ちが大事っていうし。
―――ホントに?
うむむ、ここは無難に消え物がいいんじゃないだろうか⋯⋯
(匠、お前はうじうじしすぎだ)
ヘリオン!? 聞いてたのか⋯⋯
(今更何を⋯⋯パティアとは十分に想い合っているだろう。彼女であれば婚姻を結ぶのに不足はない)
こ、婚姻て! さすがに早いだろ?!
(早いという事は、いずれはと考えているわけだ。ヴィーク族の間では婚姻の際に、猫を贈る習わしがあるのでな。私から二人に猫を贈らせてもらおう)
「ヘリオン様? いかがなされましたか?」
ほら! ヘリオンがとんでもない事を言い出すから、スプラウスに不審がられたじゃないか!
パティアへのあれこれを誤魔化す為に、取り繕って陳列されている商品を片っ端から物色する。
俺が目を泳がせていると、訓練所には似つかわしくない、甘く華やかな香りが漂ってきた。
「この香りは―――」
「もうお一方には、だいぶ気を使われているご様子でしたので。宝飾品が難しいのであれば“香油”で想いを伝えてはいかがでしょう」
香油だって?! スプラウス⋯⋯君はなんて、できる子なんだ。
大事そうに机に置かれたのは、花の浮き彫りが施された首の長い一本の小瓶。
先ほどの甘い香りの源だけあって、大人の女性を連想させる誘惑的な香りに満ちていた。
「絶世の美女と謳われたアイギュプトのクレオパトラ女王陛下。かの御方も愛用されていたのが、こちらのバラを漬け込んだ香油でございます。
“香りの道”を通り、遠きアイギュプトより届きました。媚薬効果もありますので想い人には最高の贈り物になるかと―――」
「く、くださいっ!」
しまった。パティアがたまに見せる悪戯っぽい笑顔を思い出して、飛びついてしまった。
―――媚薬か。つい、煩悩が混じってしまったが彼女は気に入ってくれるだろうか。
おい、ヘリオン。ニヤニヤするのを止めろ。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は6月29日(月曜)です。
お読みいただき、ありがとうございます。
気に入って頂けましたら評価★★★★★ブクマをお願いいたします。ランキングと作者のモチベーションが上昇いたします。
引き続き、『武器物語』をよろしくお願いいたします。




