10話 オドリーの悩み事
「どうしよう、どうしよう……あ、どうしましょうだった」
どうしましょう。
ご主人様がもう3日も帰ってきません。
あまりに心配なので、日課として言いつけられているご主人様の保護者リヴィアス議員への朝のご挨拶に伺った際に、相談させていただきました。
「オドリー、ヘリオン君はウォーター様の神殿で祈りを捧げている最中なのだよ。そっとしておいてあげなさい。それに訓練所から連絡もあったのだろう?」
リヴィアス様はいつでもニコニコと素敵な笑顔を欠かしません。
議員の秘書官ティティオさんが淹れてくれるハーブティの味も素晴らしく、いつもであれば私も喜んで“おかわり”をお願いするのですが、今日はそんな気分になれませんでした。
「確かに訓練所から伝書鳩は届いたのですが、ご主人様がこんなに長く、家を空けるのは初めてで……」
「今は門番もいるだろう? 心配することはない。それとも、夜の一人寝はまだ怖い年ごろかな?」
「そ、そんなこと……ありません。多分―――」
リヴィアス様は、ご主人様だけでなく奴隷である私の事まで気にかけてくださいます。
大変ありがたいのですが、私が心配しているのは“私の安全”ではないのです。
ご主人様のご無事を心配しているのに、なんだか、わざとはぐらかされている気がします。
これは、注意が必要かもしれません。
十歳の誕生日、ご主人様は信頼の証として金庫の鍵を預けてくださいました。
ご主人様の信頼に応えられるよう、しっかりしなくては……
「オドリー嬢“ドラジェ”(ドライフルーツの蜂蜜がけ)のおかわりはいかがです?」
「え? いいんですか?! いただきます! エヘヘ、甘いお菓子大好きです」
リヴィアス様には注意が必要ですが、お菓子をたくさんくれるティティオさんはとても優しい方。
ティティオさんのお顔をチラッと見ると、紳士な笑顔を返してくれました。
「そういえば以前、君に帝国の教育を受けさせたいとヘリオン君から相談を受けたのだが……」
リヴィアス様から私自身の話題を振られた事に驚き、ドラジェを口に運んでいた手が止まりました。
私はすでに隣家のマンティさんから家事手伝いを教わり、さらにパティア先生から歴史と貴族子女のお作法まで教わる身です。
ご主人様は家内奴隷の私にどれほど目をかけてくださるおつもりなのでしょう……
胸の奥がじんわりと熱くなり、お帰りにならないご主人様に構ってもらえない寂しさが薄らいできました。
「クロネリア帝国において君くらい富裕な家庭の子供は、市内の広場で開催されている“青空教室”で知識と教養を身につけるのが一般的だな。
どうだろう、このままヘリオン君を待ち続けてばかりいるのも精神的に辛いだろう。護衛を連れて参加してみてはどうかな? 同じ年頃の友達もできて楽しみも増えるはずだ」
「広場の青空教室ですか……何度か見かけた事があります」
私のご主人様がヘリオン様になる以前の事。
“おつかい”で広場を通る度、トゥニカの上に美しいパルラ(一枚布のショール)を羽織って、授業を受けるお金持ちの子供たちを見かけては羨ましく思っていました。
青空と名前がついているように教室は日中行われます。そこに当然奴隷はいません。
(奴隷の私が参加してもいいのかしら?)
私が疑問を口にする前に、リヴィアス議員は微笑みながら後押ししてくださいました。
「これはヘリオン君が望んでいる事でもある。彼が君達の休みを増やそうとしたのは、君に同じ年頃の友達をもっと作ってほしいという願いからきているそうだから」
先日お話されていた時の、ご主人様の少し困った笑顔が思い出されます。
どうやら私はせっかくのお気遣いを無下にしてしまったみたい……もう、間違えられません。
「私、ご主人様のご期待に応えて青空教室にいってみます!」
「それがいい。ヘリオン君が訓練をしている間に君も新しい友人を作って、それを報告すればヘリオン君は喜ぶに違いない」
「オドリー嬢、広場に向かう際には必ず護衛をお連れください。それだけで周囲の扱いが変わりますからね」
「はい! リヴィアス議員、ティティオさん、ありがとうございました。いってきますね!」
この時の私の選択が、あれほど大きな事件に発展するなんて誰がわかったでしょう。
きっと、時の竜レガシー様でもご存知なかったのではないかしら……
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は6月10日(水曜)です。
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