08話 魔法訓練開始
「glacies! (氷の意)」
左手に握り込んだ神秘の鍵がほのかな青白い光を湛え、水と氷雪の竜ウォーターとの繋がりを確立させる。
気づけばそこは、時間と場所から切り離された何もない空間。魔法の使用が三度目となる匠は眼前の小さな壺を見やる。
「これが、ヘリオンの精神の容量なのか……」
その壺は美しく精緻ではあるものの、片手で持てるような“マグカップ”ほどの大きさしかない。
ヘリオンは自らを『残滓』だと言った。
つまり、この小さな精神こそ彼の大部分が失われてしまった証左に違いなく、匠は胸が締めつけられる思いがした。
これは以前、パティアから教わった“信仰の水瓶”と呼ばれる心象の景色。
信仰の水瓶を詠唱者が想像し、用意する事でそこに信仰の力が注がれる。
注がれた“信仰”を使って奇跡を起こすのだが、この信仰の水瓶は詠唱者の精神の大きさと『religio』竜との繋がりで、用意できる大きさが決まるらしい。
俺は以前、25メートルプールやカルギスの側仕えであるマンティさんがすっぽり入る水瓶を作り出した事がある。
本来であれば俺の魔力で“信仰の水瓶”を作りたいところだが、今度は俺に“ウォーターの鍵”の適正がないときた。
俺に適正のある“サンダーの鍵”が無い以上、ヘリオンの魔力で水と氷雪の魔法を使うしかない。
(精神の大きさについてヘリオンに話すのはやめておこう、さすがに……)
「全部、聞こえているんだが?」
ひいぃっ!!
聞かれてた!
「私の心の中なのだ。聞かれて当たり前だろうに……気にするな匠、私が“残滓”である事は先刻承知の事」
(……同情なんかして、悪かったよ)
「こちらこそ、すまないと思っている。これではたいした魔法を顕現させる事もできそうにないが……一応、やるだけはやってみないか?」
(ああ、もちろんだ。俺達は二人で一人だからな。頼むぜ、相棒)
「………任せろ」
小さいながらも美しく、どこか儚げな水瓶にするりと巻かれた鎖と錠前。
そこにヘリオンが“ウォーターの鍵”を差し込んで回してみる。
ガチャリ……
厳かに響き渡る解錠の音色。
ここに水と氷雪を司る偉大なる古竜ウォーターとの契約は成立し、自然の理を超越した魔法が顕現する。
「glacies!」
空気中の水分を凝縮し、一気に冷やす事で細氷を生み出す“ダイヤモンドダスト”と呼ばれる現象。それを奇跡の力で拡大解釈し、巨大な氷塊を現出させる。
予定だったのだが………
「なんだか、可愛らしいサイズになってしまったな……」
ヘリオンがボソッとこぼした通り、眼前に鎮座するのは“氷塊”と呼ぶにはあまりに可愛らしい手のひらサイズの“雪だるま”ならぬ“氷だるま”だった。
「だからって、わざわざ雪だるまにしなくてもいいだろ」
魔法の結果は詠唱者のイメージ次第だ。
つまり、これはヘリオンが望んだ形。
茶目っ気をだしてる場合か?
「……むぅ」
眉間にシワを寄せて難しい顔をしてごまかしても無駄だぞ。わかってるからな!
「予想よりも魔力は低いが扱いは悪くない。戦い方は考えないといかんがな」
俺とヘリオンが雪だるまについて、ぶつくさやり合っていたら、傍らでそれを見ていたゴズウェルが割り込んできた。
「お前は元々、傭兵をしていたのだったな。どのように魔法を使っていた?」
ゴズウェルの問いにヘリオンが顎に手を当てて、記憶を探り始める。
「私が一度死んだ時……いや、死にかけた時に記憶の多くを失ってしまったのだが、戦闘方法なら覚えている」
ヘリオンさん? なんだか大事な事をさらっと言いませんでしたか?! 記憶をなくしていたのか……
「ふむ……心身が噛み合わぬのはそういう……ならば、どのように戦っていたのだ?」
「まずは水の魔法だ。我らヴィークの民は海上戦を得意としているからな。大波と渦潮を作り、敵の小舟を次々と沈めていた」
んなっ!!
大魔法じゃないか!!
『baranca』が崩れるといってリヴィアスから怒られるぞ?!
「帝都で水上戦というのは、そうないからな。氷の魔法はどうしていた?」
「うむ。襲いかかってくる敵を氷柱にするとか、投斧の刃を氷で大きくしたりしていたはずだ」
敵を氷柱にするって……案外、好き放題やってたんだな、ヘリオン。
「経験があるならそれが間違いないだろう。まずは、手慣れたフランキスカの刃に氷を纏わせる。そこからやってみろ!」
「応!」
ようやく鍵の使い方がわかったと思ったら、今度は魔力の少なさというハンデがついてしまったが上位闘士戦に向け、ここはとにかく練習あるのみ。
ヘリオンと一緒に新技の一つも編み出してやろうじゃないか!
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は6月05日(金曜)です。
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