06話 先代筆頭剣闘士
「上位闘士とやり合うなら、もう少し読み合いに強くならんとな……ダモンが破産しちまうぞ」
夕闇迫る黄昏時、ブルトゥス訓練所の野外訓練場で俺とヘリオンはゴズウェルの前に膝を屈し、乱れた呼吸を整えていた。
対するゴズウェルは開始地点からろくに動くこともなく、衣服さえ乱れていない。
先代の筆頭剣闘士だったとは聞いていたが、ここまで隔絶した力量差があったとは……
(何故だ! 何故、牢番の老爺が私のフランキスカを止められる!?)
突然来訪したゴズウェルは別人のように立派な姿で現れて俺を驚かせた。
顔中傷だらけではあるものの、髪は綺麗に櫛で梳かれているし、ボサボサだった髭はいかにも紳士然と切り揃えられている。
再会を喜んだのもつかの間、稽古をつけてやると言われてホイホイとブルトゥス訓練所についていった結果がコレである。
「単純な身体能力でこの差はあり得ない……」
ヘリオンは身体能力だけでなく戦闘技能も折り紙付き、ここまで一方的にやられるとは思えない。
だとすると……
この差は経験の差か? それとも魔法か?
激昂して心中で吼えるヘリオンの感情をなんとか抑え込み、全力戦闘から観察へと切り替える。
「ゴズウェルの戦技を暴く! 勝負はそこからだ!」
(やむを得ん、承知!)
右足を前に出し、右肘を突き出して半身になり、フランキスカを吊り下げるように構えてゴズウェルと相対する。
剣道で言うところの“三所隠し”、攻めを捨てた防御の構えだ。
「腰がひけたわけではないようだ……ようやく心と身体が揃ってきたな、悪くないぞ」
ゴズウェルは刃引きのスパタ(長剣)を片手で持ち、剣先を地面に向けて余裕しゃくしゃくの様子。
煽ってもこちらが動かないのを察してか、ジリジリと近づいてきている。
焦るなよヘリオン。……今回の目的は“観察”と“看破”だ。
ゴズウェルはヘリオンに比べてだいぶ背が低い。
ゴズウェルとスパタ、ヘリオンとフランキスカで間合いは同じか、ヘリオンが有利。
近づくに連れ、徐々に緊張感が高まっていく。
(匠、仕掛けるぞ!)
「破っ!」
踏み込み無しで上半身のひねりと腕を使っての素早い一撃! 威力は低いが牽制としては有効だ。
なにより常人では見切れぬ程の早さ!
これでどうだ!
刹那、ゴズウェルの存在感が急激に増した。
周囲の空気が放電し、大地が吹き上がるような錯覚を覚える。
(なんていう威圧感だ! もはや魔法なのかさえわからない)
スパタが閃き、フランキスカに向かって動く。
すると不思議な事にフランキスカが振り落とす方向を僅かに変え、スパタへと吸い寄せられていく……
「ぬおぉ!」
異変に気づいたヘリオンがフランキスカを捨て、飛び退いた。
ナイス判断!
武器を失うのは痛いが、今の判断は間違いなく正しい。
なにせ、つい先ほどまでヘリオンの首があった地点を神速のスパタが通過したからだ。
こっわ……
(ゴズウェルの奴、殺る気満々じゃないか!)
ともかく……窮地を脱し、ゴズウェルの戦技も見当を付ける事ができた。
「ほう、あれを避けよった。何か感じたか……」
「あぁ、あんたは電磁石を作って磁界を作っている! そうだろ?」
「……む?」
「え? ……違った?」
「電磁……石? なんだって?」
ドヤ顔を決めただけに物凄くカッコ悪くなってしまった。
いや、そうか……単語がないのかもしれない。
「電気を使って磁石を作ったんじゃないか?」
「パルテナスのマグネシア地方で“マグネタイト”という神石が採れるのだがな、剣の内に雷を流すとマグネタイトと同じ性質を一時的に得る事ができるという塩梅よ」
おいおい……ゴズウェルの奴、千年以上先の科学技術を発明しちゃってるよ!
内心でゴズウェルの優秀さに舌を巻いていると、すっかり毒気の抜かれたヘリオンが声をかけてきた。
(匠よ、磁石だかマグネタイトだかよく知らないが、こうも気が削がれては継戦は難しいぞ)
全くもってその通り。
仕切り直しが必要だろう。
どうやらゴズウェルも稽古の終わりを悟ったらしく、構えていたスパタを下ろす。
「ここまでのようじゃな。健全な精神は健全な肉体に宿るというが……まだまだ心と身体が一致しておらんなぁ」
まぁ、最後の判断は悪くなかったがな。とフォローはしてくれたものの、ゴズウェルの採点は厳しいものだった。
「ゴズウェル、さっきのは魔法だろ? 詠唱もなければ“神秘の鍵”が光る事もなかったみたいだが……」
「ふむ……」
訝しげに顔をしかめるゴズウェル。
ゴズウェルが左手の太い指を開くと、サンダーの装飾が施された“神秘の鍵”が露わになる。
「鍵を握りこんでおるとな、少しだけ奇跡が漏れ出てくるのよ。それを上手く使って戦いを有利に運ぶ。これが上位闘士の戦い方だ。覚えておけ」
奇跡って漏れるようなものなのか……今度さっそく試してみよう。
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次回は6月01日(月曜)です。
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