04話 キュクロとティグレーヌ
“スパルタクスの乱”を経て名声を高めた者は幾人もいるが、ブルトゥス訓練所所属の女魔獣闘士カサンドラもその一人だ。
クロネリア帝国南方、宝石の産出地としても有名な、地上海を挟んだ対岸の属州アイギュプト出身の彼女は、鍛え上げられた褐色の肌と、夜の波間を連想させる艶めいたブルーブラックのウェーブヘアを惜しげもなく披露する。
エキゾチックなその美貌は、体中に残る傷跡になんら棄損される事なく強い輝きと魅力を放ち、見る者を虜にしてしまう。
帝都に襲来した三頭の魔獣を相手に一歩も引くことなく立ち回り、傷ついた将兵を癒し、鼓舞するその姿はまさに“戦場に降臨した戦乙女”そのものであり、伝説を目の当たりした者たちは彼女を崇め奉った。
東門の頂上に後光を背負って現れ、飛び降りざまに魔獣を屠ったその姿。
それが絶世の美女ともなれば目ざとい吟遊詩人が黙っているはずもなく、彼女のド派手な活躍は吟遊詩人達がこぞって詩に残し、各地の酒場で圧倒的な人気を博した。
「カサンドラ殿を我らの戦技教官に!」
「お前はカサンドラ様を間近で拝みたいだけだろ」
「そ、そんな事はないぞ? 確かにあの御方は美しいが、対魔獣戦における立ち回りは部隊の役に立つはずだ」
「いいや、俺は見たいね! カサンドラ様が沐浴されているところをじっくり目に焼き付けたいぞ!」
「お前!」
「それは反則だろ!」
「彼女は俺達全員の命の恩人だ。下手なことを考えるなよ?」
「そもそも、サシでどうにかできる相手じゃねえだろ」
「そりゃそうだな!」
「とりあえず、我らの恩人カサンドラ様に乾杯だ! salus!」
「salus! (乾杯、健康に!の意)」
軍部における彼女の人気は、東門で命を救われた兵達を中心に広がり、その勢いは留まるところを知らず、カサンドラを軍の戦技教官として招きたいという嘆願書が山のように集められた。
カサンドラの傍若無人さを知るブルトゥス訓練所の若旦那トリトスは、軍部から彼女への熱烈な招待を受けて頭を抱えたが、それは杞憂であった。
名誉というものに一切執着しない即物的な彼女にしては珍しく、意外にも本人があっさりと承諾したからだ。
偶然居合わせた鍛冶師長キュクロからの推薦も彼女の背中を押したらしい。
「あいつらが私を教官に? 何をバカな! 私は人も殺せない剣闘士だってのに……」
「そう言ってやるな。嬢ちゃんを選ぶたぁ、なかなか見る目のある連中じゃねえか」
白虎のティグレーヌの背中を優しく撫でながら、ドワーフのキュクロは好々爺の顔で目を細めた。
苦々しげにチッと舌打ちを返すカサンドラではあったが、恩人であるキュクロが相手では彼女の舌鋒も精彩がない。
「で、どうするんだ? ティグレーヌの事ならワシに任せとけ」
「わかったよ! 行けばいいんだろ、行けば」
「ありがとうございます。私も貴方を派遣できて光栄ですよ。これでブルトゥス訓練所は軍部の覚えがめでたくなる事でしょう」
ホクホク顔で余計な事を言うトリトスを渋面で睨めつけたカサンドラだったが、彼に罵詈雑言を浴びせる事はない。
諦めとも、呆れともつかない表情でカサンドラは口を開いた。
「仕方ねぇ……どこであいつらに闘い方を教えればいいんだ?」
その日の夕刻、共に命がけで門を守り抜いた兵達が彼女を迎えにいけば「ピイピイやかましい! さっさと連れて行け!」などと憎まれ口を叩きつつ、カサンドラは律儀にもおとなしく彼らの輪の中へと入っていく。
それを見送ったキュクロとティグレーヌは、子供のおつかいを見守る親のようにお互いの顔を見合わせるのだった。
「なかなか世話のやけるお嬢ちゃんだ。ティグレーヌ、お前も大変だな」
ドワーフのゴツゴツした掌で頭を撫でられ、白虎のティグレーヌは喉をゴロゴロ鳴らしながら心優しいドワーフに頭を擦り付けた。
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は5月27日(水曜)です。
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