03話 戦勝の英雄コルネリウス将軍
ヴェスビオ山噴火の被害により麓街ポンペイは放棄されたものの、避難民の誘導及びその保護は、規模の大きさから軍部によって執り行われていた。
被災から半年ほどを経て、多忙を極めた復興支援部隊もようやく一息つけそうな目処が立った。
「ヴァレンス殿は昨日も徹夜ですかな? 貴公の目の下のクマはトレードマークみたいなものだが……ほれ、今朝はずいぶんとクッキリ出ていますぞ」
笑い皺を作りガハハと高笑するのは、傷だらけの板札鎧を着込んだ白髪の豪傑デミテウス・コルグロ隊長。
コルネリウス将軍旗下の筆頭百人隊長である。
「避難所の設立と運営は物がよく動きますからな。戦でなくとも報告書の枚数というものは大して変わりませんか」
いかにも徹夜明けという風体の文官ヴァレンスは、ボサボサになった髪をかきむしりながらコルグロへと半眼を向ける。
「いやぁ……そちらは既に提出済みなのですが、コルネリウス閣下が帝都防衛時に下した命令に関する質問状が早馬で次々に飛んできまして……」
「帝都防衛時というと、スパルタクスの内乱ですか? 議会はどういうつもりで、今更済んだ事をグチグチと掘り返すのやら」
慢性胃痛持ちの文官ヴァレンスに同情を見せたコルグロは、彼の体調に配慮して薄めに淹れたお茶を差し出す。
「お気遣いありがとうございます。推測ではありますが、閣下の受勲に際しての事実確認ではないでしょうか」
「ほう! うちの大将もついにインペリウム(最高指揮権)持ちになると?!」
「そうなら良いのですが……受勲に疑義を挟む為の材料集めかもしれません」
片眉を上げたコルグロとは対照的に、ヴァレンスは眉根を寄せて胃のあたりをそっと押さえる。
彼の胃痛は深刻そうだ。
「閣下の勲功は結果だけみれば非の打ち所がありません。それだけでも称賛に値するのですが、いかんせん内容が……」
事実、スパルタクスの乱において帝都防衛を担ったコルネリウス将軍の功績は複雑だ。
与えられた帝都守護の任を最小限の被害で抑え、帝国市民に至っては一人の怪我人も出すことなく完璧に遂行してみせたものの、報告書が語った前代未聞の作戦は、大いに物議を醸した。
市民から義勇兵を募ったまではよかったが軍の武器庫を無断で解放し、暴徒に水と食料を与えただけでなく、数十頭の駄馬まで供出。
まさに敵に塩を送るという言葉そのもので、現場の判断とするには突飛すぎた。
さらに悪印象なのはそれらの報告が全て、書類による事後承諾で済まされた事だ。
魔獣が帝都を強襲し、それを門外で討ち取ったのは良い。問題となったのは市内を闊歩する暴徒に対して一度も剣を交えなかった点だ。
兵の損失を抑えるのは結構な事だが、これでは敢闘精神の欠如を疑われても仕方がない。
一部では将軍とスパルタクスが通じていたのではと糾弾する声もあったという。
反乱軍の首魁であるスパルタクスに手傷を負わせ、その場に居合わせながら打ち漏らした事も当然、問題視されている。
「現場を知らぬ文官共……いや失礼、ヴァレンス殿は違いますぞ。宮中で陛下に媚びへつらうだけが能の連中には、我らが主の機微と聡明さが理解できんのでしょう。困ったものですな」
「本当に困りました。連日、胃痛が止まりませんよ……」
コルネリウス将軍の功績は常に、作戦の成功と過剰な独断がまるで計算され尽くしたように一対となっている。
もう少し、報告書を作成する側にも配慮した作戦立案をお願いしたいものだ。
ヴァレンスは閉じそうになる半眼をお茶の湯気でふやかしながら、飄々と我が道を進む天才的な上司に心中で願った。
ヴァレンスの返信から数日後、議会は最終的にコルネリウス将軍を戦勝の英雄として凱旋式に迎えた。
クラッスス将軍の急逝により、実質的な軍事責任者がコルネリウス将軍しかおらず、スパルタクスの乱を勝利という形で締めくくる必要があった為である。
内乱とはいえ、戦勝報告の喜びに沸く市民達の歓声をよそに、コルネリウスを作戦の端へと追いやったアウグス帝を始め、クラッススを推した元老院議員一同が能面のような顔を並べた空虚な授与式が、マルス広場にて必要の名の下に粛々と執り行われた。
名声を高め、インペリウムには至らなかったものの叙勲を受けて尚、政治に対して一切の関心を示さぬコルネリウスに擦り寄ろうとする政治家はおらず、彼の論功行賞は淡々と処理される事となった。
宮中を騒がせた当の本人、コルネリウス将軍は授与式を終えるや、まるで何事も無かったかのようにさっさと公衆浴場にひとっ風呂浴びに行ってしまったという。
余談ではあるが、コルグロ百人隊長の助言を受け入れた文官ヴァレンスは、コルネリウス将軍付きの副官を続ける事を決意する。
以後、二人は文官潰しというコルネリウスの悪癖に振り回されながら友情を育み、ヴァレンスはコルネリウス付きの文官として最長記録を打ち立てる偉業を達成する事となる。
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次回は5月25日(月曜)です。
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