52話 大使の側仕え
クロネリア帝都西部を南北に流れる清流『テヴェレ川』クロネリア帝都市民の生活を支えるその川の水は聖水として扱われ、神殿からテヴェレ川の水を汲む役目を負う巫女の馬車は、皇帝でも妨げる事のできぬ神事である。
そんなテヴェレ川のほとりに、水と氷を司る竜ウォーターを祀るウィクトール神殿はあった。
神殿の直径は約十五メートル、高さ約十一メートル、大理石で作られたコリント式列柱二〇本が円形に並び、屋根を支える。
クロネリア帝国における神殿はそれほど大きい物ではない。入り口付近に控え室、セラと呼ばれる信仰対象を祀る主室、壁を挟んで宝物庫や貯蔵庫、執務室などが設けられている。
リヴィアスの裁判で証人となるアウロ議員に真実を語らせる為、パティアはウィクトール神殿の神具『真実の口』の使用許可を求めて神殿に訪れていた。
パティアの筆頭側仕えであるドルシラは、主の一途な献身を好ましく思いながらも、パティアの不遇な境遇に同情を寄せる。
(パティア様は本来、パルテナスの大使として百人からの側仕えと侍女がついてまわるお立場だというのに、なんて嘆かわしいのでしょう。
リヴィアス様が政治的圧力をかけられ、パティア様を大使ではなく客分として扱わざるを得ない事は重々承知しておりますが、それでも納得できるものではございません。あぁ、なんておいたわしい……)
ただでさえ少なかった側仕えも、ドルシラが主の身の回りの品を揃えに出かけている最中に発生した別邸襲撃事件の際、主を置いて逃げ出してしまった。
(リヴィアス様が拘束されている以上、側仕えの補充がいつになるかわかりません。せめてイグナーツがお側についていればいいのに……
あの者は本国にいらっしゃるパティア様の父君の顔色を伺うばかりで、目の前にいるパティア様のお力になろうとはしないのです。
ヘリオン様と顔を合わせて以降、パティア様は花が咲いたように楽しく過ごしておられる。一時の事でも慕情は女性を輝かせるもの。
波乱に満ちたロマンスなんて素敵ではありませんか……不肖、このドルシラが微力ながらお支えさせていただきます)
そろそろ中年に差し掛かろうというドルシラは、主であるパティアを実の娘のように慈しんでいた。
「さあ、ドルシラ。ウィクトール神殿に着いたわ。門番に用件を伝えてもらえる?」
「かしこまりました。パティア様、少々お待ちくださいませ」
ドルシラが門番に声をかけるとクリニアスを通じて話が通っていたらしく、すんなりと神殿内へ招かれる。
待合の間に通されると、そこには先客の男性が手持ち無沙汰に待っていた。
鍛え上げられ、均整のとれた肉体は完成された美術品を思わせる。
少し伸ばした燃えるような赤毛はくせ毛で広がりがあり、立派な体躯とよく似合っている。
堀の深い端正な顔立ちは自信をにじませていて、いかにも頼もしい。
「ヘリオン様! いらしていたのですね」
黄色い声を上げて楚々と髪を整え、ヘリオンにソワソワしながら駆け寄るパティアは幾分幼く見えてドルシラは嬉しく思う。
(今、パティア様のお心を安んじられるのはヘリオン様だけですもの。仕方ありません。少しの間は見て見ぬふりをしていましょうか)
両手を胸の前に抱き、顔をほころばせてヘリオンとの談笑を楽しむパティアの少し後ろに控えながらドルシラも楽しげに微笑んだ。
お互いの近況を一通り語り終えた頃、神官に声をかけられて三人は主室へと通される。
「お待たせ致しました皆さん。水と氷を司るウォーター様のお導きにより、新たな出会いを与えてくださった事に感謝いたします。
ウォーター様の巫女ネプテューヌ様はご不在のため私、神祇官マーメルスが神具『真実の口』の使用許可を与えます」
一枚布の儀礼用衣装であるトガをきっちりと着込み、少し薄くなった白髪を丁寧に撫でつけた長身痩躯の神祇官マーメルスは初対面の挨拶を交わし、神聖な雰囲気を纏った几帳面な足取りで三人を奥に祀られている真実の口へと案内する。
「こちらが神具、真実の口でございます。使用方法と効用ですが、ウォーター様を模したこの口の前に手を添えて宣誓していただきます。
その宣誓は記憶され、いつ如何なる時でも有効となり、宣誓が破られてしまうとウォーター様に手を食いちぎられてしまうのです。
ウォーター様は大変にお耳がよろしいので、ここから離れていても聞き逃される事はありません。ご注意ください。
最後にもう一つ、宣誓は多くとも3回までにしてください。宣誓の度に魔力を使いますので、それ以上は命に関わります」
マーメルスは信者を諭すように懇切丁寧に語ってくれたが、同席していた匠には正直なところ、マーメルスが水族館の飼育員さんに見えて仕方なかった。
(だってなぁ……ウォーター様って、どう見てもシャチなんだよな……歯、ギザギザだし)
毎週、月・水・金の週3回17時30分投稿。
次回は4月13日(月曜)です。
お読みいただき、ありがとうございます。
気に入って頂けましたら評価★★★★★ブクマをお願いいたします。ランキングと作者のモチベーションが上昇いたします。
引き続き、『武器物語』をよろしくお願いいたします。




