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終わりと始まりは突然に  作者: 水無月 真珠
ガラク皇国編
180/182

死に行く者からの情け

 さくやさんが崖から落ちる。


 漫画とかアニメとかで、人が崖から落ちるときに叫び声を上げているけど、実際は叫び声を上げることなく静かに落ちていくんだなって、見当違いな事が頭をよぎった。


 そんな私も、さくやさんを追い掛けて崖から飛び降りてしまっている。


 困ったことに走って飛び込んでしまったせいで、そのまま滑り落ちるように崖下へと向かうさくやさんとは距離が出来てしまった。


 手を伸ばすも私の体はどんどんさくやさんから離れて行ってしまう。


 さくやさんのすぐ下には崖から突き出て生えた木の枝が……。


「シャドーバインド! ――ふんっ!」


 伸ばした手から影の触手を伸ばし、さくやさんを絡めとりこちらに引き寄せ抱きとめる。

 だけど、私もさくやさんの方に引き寄せられたせいで、枝先に私の体がぶつかる。


「――くっ!!!」


 一瞬火傷したかのような熱が腕に走った。


「めのうさ――!!!」


 さくやさんが何かを言おうとしているけど、


「ゾル!」


 すぐさま水属性の魔法を発動させ、粘性の高い水の球体で私達を包み込む。


 直後、私達は川に叩きつけられた。


 真っ暗な水底で上下の間隔が全く分からなくなり、軽くパニックを起こしそうになった。

 幸いなことに、落ちた衝撃は魔法のおかげでほぼ皆無。


 じっと身を任せることで体が浮き上がり、上がわかったので一気に浮上する。


「ぷはっ! げほっげほっ! さくやさん、大丈夫ですか!?」


「えほっ! げほっ! はあ……はあ……はい……」


 服を着て重い武器を腰から下げているせいと、どうしてか右腕が動かないので思うように泳げない。

 それでも何とかもがきながら岸辺を探すが、周りは切り立った崖になっていて上がれる場所が見当たらなかった。


 さくやさんは全く泳げないようで、このままじゃさくやさんも私も溺れてしまう。


「アイスウォール!」


 私は海竜戦の時のようにぶ厚い氷を作り上げ、浮かんだその氷の上にさくやさんを押し上げる。

 私もその氷の上に登ろうとしたけれど……。


 右腕が全く動かないせいで登れなかった。


「めのうさん! 手を!」


 さくやさんが私に手を伸ばす。

 それを左手で掴み、何とか氷の上へ。


「ありがとうございます」


「いえ、こちらこそありがとうございます。めのうさんがいなければ私は……」


 ザパアアアアン!


「――!?」


 何か大きなものが滝つぼに落ちる音が聞こえてきた。

 それもいくつも。


 落ちてきた瞬間、辛うじて見えたのは人の形をしている事。


 そして、真っ暗でよくは見えないはずなのに、私と目があった気がした。


「――っ。まさか、追って来たの?」


 そのあまりの執念に恐怖を感じ、体が一気に冷たくなった。


「どうやら追ってきているようです。急いで逃げましょう」


 左手を水面につけ、風の魔法を発動する。


 私達の乗っている氷は少しずつ速度を上げて川を下っていく。


「めのうさん。大丈夫ですか? あの……」


 さくやさんは私を見て、何かを言い淀む。


「大丈夫ですよ。さくやさんは私がちゃんと守って見せますから、安心してください」


「……いえ、そう言う事ではなくてですね」


 何かを言いたげなさくやさんだけど、目の前に岸辺が見えた。


「さくやさん、あそこで降りましょう」


 風の魔法を調節して氷を岸辺へ寄せ、追手がいない事を確認して降りる。


「行きましょう!」


「めのうさん! めのうさんっ!! 自分の右腕を見てください!」


「右腕?」


 そう言われて私は自分の動かなくなった右腕を見てぎょっとした。


 白い服の袖は肘のあたりから真っ赤に染まっていた。


 そして、枝にぶつかった時に切れてしまったであろう服からは、骨が飛び出て血をだくだくと流している私の右腕が見えた。


 ひゅっと、思わず息を飲む。


 一瞬、目の前が真っ暗になりかけるも、今まで感じなかったはずの激痛が突然私を襲った。


「ぐうううううっ!! はっ……はっ……はっ!」


 思わず膝をつき、呻き声をあげる。


 呼吸は浅くなり、徐々に目の前が暗くなっていく。


 駄目だ……。

 駄目だっ。


 ここで意識を失うわけにはいかないっ。


 思い切り唇を噛み、無理やり息を吸う。


「めのうさんっめのうさん! 早く治療しないと、死んで――」


「はぁ……はぁ……落ち着いてください。これくらいなら……」


 大丈夫と言おうとすると、ざばっという音が水辺から聞こえた。


『……やはり、生きていたか……』


 振り向くと黒ずくめの男がゆらりと浅瀬に立っていた。


 すぐさま剣を左手の逆手で掴み鞘から抜き構えるが、黒ずくめの男を良く見ると右手で脇腹を押さえ、左腕はぶらんと力なく垂れ下がっていた。


「あなた、戦える体じゃないでしょ?」


『……だから……どうした』


「大人しくしていてくれるなら、助けてあげるわ」


「めのうさん!?」


 後でさくやさんが驚いた声をあげている。


『ふざけるな! 俺は前をすぐさま殺して、そこの女を……とうや様に生きたまま献上……ぐっ……がはっ!』


 声を荒げたせいか男は両膝をついて蹲り、口から血を吐いた。


「言わんこっちゃない!」


「めのうさんっ!」


 慌てて駆け寄ろうとしたが、さくやさんに服を掴まれ止められてしまう。


「何を考えているんですか!? この方は私達の命を狙っている敵ですよ? それを助ける? まずは自分の事を考えてください! あなたの出血はまだ止まっていないんですよ! 死ぬ気ですか!?」


「……いえ、……わかりました」


 さくやさんに怒鳴られ、私は慌てて自分の骨が飛び出た右腕を魔法で治癒させる。


「リジェネレイト」


 左手を患部にかざし、魔法を開放する。

 まるで時間が巻き戻っていくように傷が元通りになった。


 右腕を曲げて伸ばしてを繰り返して、異常がないかを確かめる。


「……凄い。あんなに酷い怪我だったのに一瞬で……」


 自分の治癒が終わり、倒れて動けなくなっている黒ずくめの男に近づく。


 男に手をかざそうとすると、さくやさんに腕を掴まれ治癒を阻まれる。


「めのうさん、私でも扱える武器はありますか?」


「何を言っているんですか?」


「その方を私が殺します」


「――っ」


 この人は本当に、毒殺されそうになったことに心が折れて、もう放っておいてくれと言っていた女性だろうか?

 確かにリステルに立ち直る切っ掛けみたいなのは貰っていたとは思うんだけど……。


「めのうさん。ここでこの者を生かせば、里の人達を大勢殺したように、また別の誰かを殺すかもしれません。私が生きていることが伝われば、さらなる追手をがかかるでしょう。私だって死にたくないんです」


「……それはっ! ……っ」


 さくやさんの言ってることは頭ではわかる。

 わかるけど、目の前で死にそうな人を見殺しにするわけには……。


「だからめのうさん。あなたが殺すのではなく、私が殺すのです。元はと言えば私が原因なのですから。あなたは人が殺せないんですよね?」


 さくやさんの優しい声に、思わず私は空間収納から短剣を取りだした。


「ありがとうございます」


 さくやさんが短剣に触れようとした瞬間に、私は無意識に短剣を胸に抱きすくめてしまった。


「めのうさん……?」


 自分が出来ないからって、さくやさんに殺させるの?

 いや、そもそもさくやさんを追って来たんだから、さくやさんが殺してもいいんじゃない?

 さくやさんを守らなくちゃいけない助けなきゃいけないはずの私が、これからさくやさんの命を狙ってくる刺客達を、無殺生でどうにかできるの?

 命を顧みない敵ばかりなのに?


 頭の中でそんな事がぐるぐる回ってどうしていいかわからなくなる。


 私は胸に抱いた短剣を空間収納に再びしまう。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 治癒をしなくては、この人はいずれ死ぬ。

 崖から川に落ちた時に、左腕が折れ腹部を強打しているのだろう。

 血を吐いているという事は、内臓に損傷が考えられる。

 もしかすると、折れた肋骨が刺さっているのかもしれない。


 私だったら、元通りに治癒できる。


 でも。

 ……でも。

 …………でもっ!


『……もっと勝ち誇ってくれ……。俺を……俺達を退けた輩がそんな顔をしていたら、死んだ同胞も浮かばれん。俺達は命を賭して戦った。俺達が戦った相手は、最強だったと……誇らせて……くれ……』


 目の前に倒れ伏す瀕死の男性にすら、情けをかけられてしまった……。


「――っ。ありがとうございますっ!」


 私は歯を食いしばり、青い光を纏った右手で男性に触れる。


『――……』


 瞬間、男性は全身が凍り付き、もう二度と目覚めることは無くなった……。


「めのうさん……ごめんなさい……」


「いえ……」


 凍り付いた男性を、そっと川へと流す。


「……急いでここから離れましょう。どこかで服を乾かして、休める場所を探さないと……」


 底まで沈んだ心を、無理やりにでも奮い立たせる。


 私はさくやさんを守らなくちゃいけない。

 それは一人、人を殺してしまったとて終わってはいないのだ。


 魔法で明かりをつけたくなるが、万が一にも追手に見られることがあってはならない。


 夜目の利かない夜の、しかも全く知らない山の奥深く。

 凍えるような山の寒さと、全身ずぶ濡れで体力が奪われていく。


「ウォームスキン」


「わっ急に温かくなりました」


 肌の表面を薄く輝く赤色のヴェールが覆う。


「めのうさん、大丈夫ですか?」


「はぁ……はぁ……。すみません、どうも血を流しすぎたようで。治癒魔法では失った血までは戻らないんです」


「どこか休める洞窟なんかがあれば……」


 さくやさんがきょろきょろと周囲を探す。

 私も周りを見渡すが、そうそう都合よく……。


「あっめのうさん! ありました!」


 嬉しそうに私の手を引くさくやさん。

 目の前にあったのは洞窟……ではなく、人工的に作られたものだった。


「これは……遺跡?」


「そのようですね? ガラクは遺跡が多いのですが、まさかこんな所で見つかるなんて。中に入ってみますか?」


「そうですね。この広さで奥まであるんだったら、休めそうです」


 学校の廊下程の大きさの遺跡の中へと入っていく。


 流石に真っ暗で何も見えなくなったので、指先に小さく火を灯して辺りを照らしながらすすむ。


 どうやら未発見の遺跡ではないようだ。

 足跡やら、何か調べたような痕跡がいくつもある。


 真っすぐ続く遺跡をずっと歩いて進んでいると、どうも何か既視感があった。

 それが何かわからないまま、警戒を続けてさらに奥へと進み、行き止まりにたどり着いた。


「結構奥が深かったですね。少し、休めそうです」


 壁に背中を預け、ずるずると滑るように座り込む。


 ウォームスキンで寒さこそ感じないが、全身ずぶ濡れで、張り付く服が不快だった。


「さくやさん、着替えましょうか」


 私はすぐさま焚き火を熾して、服を脱ぐ。

 さくやさんも入口の方を気にしながら服を脱ぎ始めた。


「着替え着替え……」


「空間収納の魔法って、本当に便利ですね。薪も食料も何もかも入るんですから」


「ですねー。はい、どうぞ」


 さくやさんと出会った時に着ていた十二単のような着物もあるのだけれど、生憎私は着付けが出来ないし、こんな動きづらい恰好で山歩きは無理だろう。

 今回も私の着替えを渡す。

 下着に関しては、当然新品はないので諦めてもらう。


 着替えが終わり、今度は髪を乾かす。


 先にさくやさんの髪を魔法の温風でしっかりと乾かし、ブラシでとく。


「何から何までありがとうございます。そういえば、めのうさんはあれだけの魔法を使えるのに、服を洗うのはルーリさんに頼っていましたよね? 同じ魔法は使えないんですか?」


「えっと、私の魔法が少し特殊でして。普通、魔法は維持が終わると粒子になって霧散してしまうんです。私が同じ魔法を使うと乾かないんですよ」


「なるほど? では、別の魔法で乾かすとかは?」


「……」


「めのうさん?」


「言われてみればそうですね!?」


「……今まで思いつかなかったんですか?」


「……はい。なんでそんな事に気づかなかったかなー」


 一回失敗して、無理だと思い込んでいたらしい。

 思い込みって怖いね……。


「あー。そう言う事だったのかな……」


 ふとフラストハルン王国で、水の大精霊ウンディーネに言われたことを思い出した。


「どうしたんですか?」


「魔法は自由なものだよって、それを覚えていてねって言われたことがありまして……」


「魔法は自由なものですか。それは素敵ですね」


 と、いうわけで早速服を魔法で洗い、乾かして見ることに。


「んー。気化させるか……でも服が傷みそうだしなー。風で乾かす? 時間かかるよねー? あ、そうだ」


 さくやさんに濡れた服を持ってもらい、手をかざす。


 服に着いている水分に魔力を通して、操作する。


 小さな水滴が服から沸き上がり、私の手を目掛けて漂ってくる。


「おっおお! 凄い!」


 さくやさんが服からどんどん飛び出て行く水滴に驚いていた。


 水滴が出なくなったところで、手に集まった水の塊を地面に捨てる。


「どうです? 乾いてますか?」


「乾いてます乾いてます! 私も魔法が使えたらなー」


「ルーリが適性を測る魔導具を持っているので、合流したら見てもらいましょか」


「いいんですか!?」


「使えるかどうかはわかりませんけど」


「……そうですね。才能が無いって言われると、ちょっと悲しいかも……」


 そんな話をして少し寛いでいる時だった。


『ちょっとした魔法だったら、あなたにでも使えると思うわよ?』


 突然どこからともなく声が聞こえてきた。


「――!? 誰っ!?」


 剣を抜き、入口の方を見るが誰もいない。


「さくやさん、私の後ろに!」


「はいっ」


『あ、ごめんごめん。驚かせちゃった? っていうかボクも驚いてるんだけどね?』


 この声の違和感。

 これは、誰かが喋って聞こえている声じゃない。


 スピーカーから流れてくるような、そんな声だった。


「この声、ここから聞こえてきてる?」


「めのうさん、そこは壁ですよ?」


 音が聞こえたと思った場所を注意深く見ると、うっすらと光っていた。


『おっ! あなた、いい感してるわね! この扉、開けるから中に入って話をしましょうよ!』


 ピピッ。

 ピー。


 ウィーン。


 ……電子音!?

 どうしてこの世界で電子音なんか……。


 確か、喪失文明期に空を飛ぶ乗り物の話があった。

 もしかするとこの遺跡は、喪失文明期の遺跡なのかもしれない。


 電子音のような音が聞こえると土煙を巻き上げながら、私達が壁だと思っていた扉は横にスライドして開いてしまった。


「めのうさん、これは……」


「ここから逃げましょうか。何があるかわかりませんし」


『待って待って! せっかく起動できたのにこのままじゃまた消えちゃうじゃない! お願い! このとーり! 罠とか何にもないって! ここってボクの研究室だったんだから!』


 随分必死に引き留めようとすのが気になるけれど……。


「私達が中に入ったとして、扉を閉めて他の誰も入れないようにってできるの?」


『できるできるっ! そんな事楽勝楽勝! じゃあじゃあ!』


「ええ。休む時間が欲しいから、少し中に入らせてもらうわ」


 武器は構えたまま、周囲を警戒して開いた扉の中に入る。


 ウィーン、カシャン。


「なっ!?」


 突然扉が閉まり、視界が完全に闇に覆われてしまった。


「やっぱり罠!?」


『えっえっえっ! 扉閉めちゃダメだった!? ごめんごめん!』


 ウィーンと再び扉が開き、ほんの少しだけ視界が明るくなった。


「急に閉められると真っ暗で困るの。明かりはつかないの?」


『あっそう言う事か! 今のボクは視覚で君達を見ているわけじゃないのよ。だから暗いって気づいてなかったんだ。ちょっとだけ君達で明かりは用意できる?』


「できるわ」


『じゃあもう一回扉を閉めるから、明かりの用意お願いね。あ、扉は言ってくれればいつでも開けるからね!』


 再び扉が閉まり、視界が闇に覆われる。


 すぐに指先に魔法で火を灯し、さらに奥に進む。


『えっとー、ちゃんと起動してくれると良いんだけどなー。あ、そこをもうちょっとまっすぐ! そうそう。で、そこのパネルに手を置いてもらっていい?』


「パネルってこれよね? こう?」


 声に従って向かった部屋の奥の壁に、真ん中に透明な丸い石がはめ込まれたようたパネルがあったので、そこに手を触れる。


 触れた手から、力が急激に吸い取られるような感覚が起こった。

 慌てて手を放す。


「……なにこれ」


 だけど声は何も答えず、代わりにウィーンという何か機械が起動するような音が聞こえ……。


 パッと、急激に視界が明るくなり、その眩しさに思わず目を閉じた。


 明るさに目が慣れて部屋の全貌が見えた。


 教室くらいの広さがあり、壁は白。

 いくつも長机が並べられ、壁の一面には巨大なモニターのようなものと、それを操作するためのコンソールのようなものがあった。


『やーっぱり君、凄いんだね! ちょっとしか触ってないのにこの部屋全部の灯りが点いちゃった!』


「私の魔力を利用したのね? そうだったら最初に行ってよ。びっくりしたじゃない」


『ごめんごめん! ボクもその魔力回路……っていうんだけど、それを使うのは今回が初めてでさ! まあこのボクが失敗する訳ないんだけどね! あ、悪いんだけど、もうちょっと触れてもらっていい?』


「……はぁ、仕方ないわね」


 言われた通りにもう一度パネルに触れる。

 吸い取られるような感覚はあるものの、特段問題ないようだ。


「めのうさん大丈夫ですか? あまり顔色が……」


「ここが安全か確認するまでは……。さくやさんももうちょっと待ってくださいね」


「はい……」


 ピピピ! ピピピ!


 甲高い電子音が、触れている場所から聞こえてくる。


『あ、もう話してくれてもいいよ! じゃあちょっと待ってね』


 ブオンと言う音を最後に声が途切れた。


「ねえ! もう勝手に歩き回ってもいい?」


 ……。


 何処ともなしに、少し大きめな声で謎の音声に話しかけたけれど、返事は帰って来ない。


「さくやさん、とりあえず今いる部屋の端で休みましょうか。机をどかしちゃえば、結構な広さを確保できますし」


「そうですね。流石に私も疲れました」


 長机を適当に端に寄せてスペースを作る。

 そこに薪を並べて火を……。


 あ、ここ室内だから火を焚いたら一酸化炭素中毒起こす……。

 ついいつもの癖で火を熾そうとしてしまった。


「めのうさん、火を熾さないんですか?」


「ええ。ここは室内なので、火を熾すと中毒を起こして死んでしまいます」


「えっ!? そうなんですか!? 知りませんでした……」


 そんな話をしていると、ウィーンと言う何処かの扉が開く音が聞こえてくる。


 再び剣を構えて警戒していると……。


 スウィーンと言う音ともに、何かがこちらに向かって来た。


 ……配膳ロボ?


 あの、どこかのファミリーレストランで導入された猫の顔がついているやつ。

 あ、いや、猫の顔は無かった。


 でもそうとしか思えないようなものが、私達の前まで移動してきてぴたりと止まった。


『ちょっとちょっとちょっとちょっと! それって薪!? こんな所で火を熾そうとしたの!? しんっじらんない!』


 声と共に配膳ロボのモニター部分がブオンと光り、空中に一人の人間を映し出した。


 これは立体映像……?

 声はさっきから私達に話しかけていた音声と同じ声色をしている。


 声質から女性だとは思っていたけれど……。


 髪色は銀色のストレートロングで太腿あたりまである。

 前髪の一房が顔の真ん中を通り過ぎている。

 目の色も銀色。


 服装はベージュのチェック柄のブレザーとプリーツスカートに、白衣のようなものを羽織っている。


 年齢は私と同じかそれよりちょっと上くらいか。


 何んというか、どこかほんのりギャル味を感じる。


「……あ、えっと、いつもの癖で。すぐ気づいたので火はつけてません」


『あ、そうなんだ。びっくりしちゃった』


「す、すみません?」


 さくやさんはきっと目の前で起こっている事が全くわかっていいないのだろう。

 目を白黒させている。


『休みたいって言ってたでしょう? 休憩室あるわよ! あと、火を使いたいなら給湯室! シャワーもあるけど……』


 思ってた以上に設備は充実しているようだけれど、ここは遺跡だ。

 設備がちゃんと使えるかどうか……。


『とりあえず給湯室に案内するわね。そこでちょっと話しましょうか? メノウって呼ばれてるあなたは色々理解しているみたいだけど、そっちのさくやって呼ばれてるあなたは、さっぱりわからないみたいだからね』


 立体映像の女の子が、まるで本当にそこにいるかのように動いて喋って? いる。


「あ、ありがとうございますっ」


 さくやさんは礼儀正しく、ぺこりと頭を下げてお辞儀していた。


 案内された給湯室は、ダイニングキッチンを思わせる造りをしていて、そして何より……。


「……IH?」


『……あいえいち? 何それ? これの事? ヒートテーブルって言うんだけど。使い方は……あ。ボク映像だから触れないじゃん』


 あ、実体はない感じなんだ……。


 教えられながら操作をするけれど、IHコンロと全く同じ操作だった。


 喪失文明期の遺跡だとしたら八千年以上前に作られたもののはずだけれど、設備はどれも問題なく動いているようだった。


『いやー、流石に水は出たけど飲めそうになかったわね! 泥でどろっどろだった……』


 ケトルに私が魔法で出した水を入れてお湯を沸かし、ほうじ茶を入れてやっと一息つくことが出来た。


「で、あなたは一体何なの?」


『あ、ボク? 名前はギベオン! ちなみにここにいるボクは、ボク本人を模して造られた疑似人格プログラム。よろしくねー? ってぇ、わかる?』


 ギベオン……ギベオン。

 その名前に何処か聞き覚えがあった。

 何処で聞いたんだっけ?


「?????」


 さくやさんが私とギベオンと名乗った立体映像を交互に見て、眼をぱちくりしている。


「……えっと。なんて言ったらわかるのかな? 機械がそもそもわからないと思うし……」


『あー、私が作られてどれだけ経ったかわかんないけど、やっぱりこの世界はそこまで衰退しちゃってるのねー? ふむふむ、まあ予想通りっちゃ予想通りだねー』


 何かとんでもない事を言っている気もするんだけど、いったんそれはスルーして。


「えっと……。絵が動いて音が鳴ってるって思ってもらえれば?」


『君、説明諦めたでしょ?』


 じっととした目でギベオンさんは私を見る。


「これは、絵なのですか? 触れても?」


『いいよん♪』


「えっ!? 触れない! 絵ではないのですか?」


『ほらー。君が説明放り投げるからー』


「えっと、幻を映し出しているようなものだと思ってもらえれば」


「なるほど? 私の知らない……いえ、この国にはない技術で作られているというのは、なんとなくわかりました」


『で、あなたがメノウで、こっちがサクヤね?』


「よろしく」


「よろしくお願いします」


『それでさ。メノウって、ボクと同じ時代の人間じゃないよね?』


「そうね」


『もしかしてもしかして。別の世界から来た……とか……?』


「――っ!?」


 そう言われた瞬間、背中が一気に冷たくなった。


「……どうしてそう思うの?」


『あいえいち、だっけ? ヒートテーブルを別の呼び方してたよね?』


「私の住んでる所では、IHって呼ぶだけよ」


『それは嘘。さっきのメノウとサクヤの話を聞いていたけど、今の技術レベルはかなり落ちてるよね? それなのに、メノウは操作もわかってた。よく似た装置がある場所から来たって事でしょ?』


「呼び方なんて色々あるでしょうに」


『ざんねーん。ヒートテーブルってボクが作ったのよ? 当然名づけもボク!』


「もし知っていたとして、別の世界から来たっていうのは飛躍しすぎじゃない?」


『んー? だってボクは、別の世界の扉を開く装置をいくつか作ったんだもん。まあ成功してるか、疑似人格のボクじゃわからないんだけど』


「……は?」


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