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終わりと始まりは突然に  作者: 水無月 真珠
ガラク皇国編
177/182

襲撃

「ふあぁぁぁ……」


 体を起こして伸びを……、


「あだだだだ……。うわ、腰と足筋肉痛になるなんて久しぶり……」


 痛む足腰に驚いて、眠気がどっかに行っちゃった!


「いたたたた……」

「うぐぐぐぐ……」

「足が痛いのじゃ……」


 リステルもルーリもサフィーアも、筋肉痛が酷くて呻いてる。


 ハルルちゃんはと言えば……。


「痛い? サフィーア、痛い?」


「これハルル、突くでない! あっ! やめっ! ひんっ!」


 サフィーアのふくらはぎをつんつんと突いて遊んでいた。


 どうやらハルルは筋肉痛ではないらしい。

 流石は最年少。

 私達はもう年ですわ。


 嘘。

 ぴっちぴちの十代!

 この世界に放り出されたせいで入学できなかったけど、JK!


 ……馬鹿なことを考えてないで、朝ごはんに取り掛かろう。


 と思ったんだけど……。


「これって治癒魔法で癒せるのかな? ヒーリング!」


 ふと思い立って、筋肉痛の所に手を当て魔法を発動する。


「……わっ! 治った! よーし全部治しちゃお!」


 すぐ様足腰の筋肉痛を治癒し終えると、囲炉裏にかけてあった鍋を取り外して調理にかかる。


 と言っても、炊いておいたご飯を放り込んで味を調えるだけなんだけどね。


「ヒーリング!」


 どうやら私の真似をしてルーリも筋肉痛を治癒させているようだ。

 それも、ハルル以外の全員分。


「ルーリさん、私もお願いします」


 さくやさんも申し訳なさそうに頼んでいた。


「瑪瑙ー手伝って―!」


「私ご飯作ってるからルーリ頑張って!」


「ふえーん!」


 朝食が終わり、お茶を飲んでゆっくり寛いでいると、扉がこんこんとノックされた。


「おーい、そてつだー! 入っていいかー?」


「あっ! ちょっと待ってくださーい!」


 外からそてつさんの声が聞こえてきたので、私達は慌てて身なりを整える。

 みんなちょっと男性には見せられないゆるっとした恰好をしていたのだ。


 女性所帯だからね、しょうがないね。


「お待たせしました」


「いんや、急に来てすまんかったね。早い方が良いと思って来たんだが……」


 頬をかいて苦笑しているそてつさん。

 そんなに待たせてはない……はず……。


 私達はそてつさんの案内で隠れ里の中を回り、余りに余っているという野菜やお米等を買い取った。


『肉を買い取ってくれるのは嬉しいが、日持ちせんだろう? 干し肉にするにも量が量だしな』


「魔法に状態維持(プリザベイション)というものがありまして、腐るのを遅らせる魔法があるんです。私の魔法だと十日は新鮮なままですよ」


『ほぉ! 便利なもんがあるんだな! そんなら沢山持ってってくれや!』


「ありがとうございます!」


「めのうさん、凄いご機嫌ですね?」


 しらゆきさんがぽかんとして私を見ていた。


「食材がもうすっからからんでしたからねー。何があるかわかりませんし、何より料理が出来ないのが心許なかったんです。今はしばらく何かあっても食べるものには困りませんからね!」


「あー、あの限られた食材であれだけ美味しい料理を出してもらえるのは、とても助かりました。機会があれば、異国の料理も食べてみたいものです」


 香辛料とかは山ほどあるんだけど、それだけじゃどうにもならないからね。


「しらゆきさんも気に入りそうなものありますよ! お魚が手に入るんだったら、お魚料理もしたいですね」


「……」


 私と話していたしらゆきさんの顔が不意に曇る。


「あのっ! 巻き込んでしまった挙句、こんな所にまで連れてきてしまって本当にごめんなさい! 今の私には返せるものが全く無くて……」


「見返りを求めてやったことじゃないので気にしないでください。後……」


「あと?」


「私達を巻き込んだのはともえさんですからね。諸々はともえさんに請求しますよ!」


「あうっ!」


 横で胸を押さえて気まずそうに笑っているともえさん。


「ふふふ、わかりました。ともえさん、払えそうにないなら私も手伝いますから」


「あらしらゆき。ともえが一人で払えそうだったら何もしないのね?」


 さくやさんが笑ってそんな事を言う。


「はい!」


 それをしらゆきさんは満面の笑みで頷いた。


「そんなー」


 あはははは!


 楽しげな雰囲気に包まれて、私達は家々を回った。


『おっ! いたいた! おーい!』


 そてつさんに案内されて里を回っていると、昨日そてつさんと一緒にいた一人の男性が駆け寄って来た。


 えっと、確か……。


『たびらか。どうしたんだ?』


 そうそうたびらさん。


『長から言伝を頼まれてね。長が夕飯を振舞いたいんだとさ。どうする? 断ってくれてもいいって言ってたけど……』


 ともえさんが私達の方をちらりと見るので、快く受け入れた。


『いえ、是非うかがわせてもらいます』


『おっ、そっか! 長も喜ぶよ。じゃあ俺は伝えてくるから! またなー!』


「わざわざありがとうございまーす!」


 手を振り陽気に去って行くたびらさんに、私達も笑顔で手を振り返したのだった。


 空が茜色に染まり、私達が使わせてもらっている建物で寛いでいると、そてつさんがやって来た。


「よう、嬢ちゃん達。そろそろ長の所へ案内するけど、準備はどうだい?」


「はーい、お待ちしてました。案内よろしくお願いします!」


 さっそく私達はそてつさんに案内されて、長さんのいるお屋敷へ。


「そういえば、迎えに来る人はたびらさんだと思ってました」


「あー、たびらはこの時間里の見回りをしているからね。俺が代わりに来たんだ」


「そうなんですか」


「まあ見回りって言っても猪とかの畑を荒らす奴らばっかりが相手で、平和なもんさ」


 雑談をしながら歩ていると、里で一番小高い所にそれなりに大きなお屋敷が見えてきた。


「待っていたよ。さあ上がって上がって」


 お屋敷の前で長さんと三人の若い女性が私達を出迎えてくれた。


「本日はお誘いいただきありがとうございます」


 ともえさんが私達を代表してお礼を言う。


「はっはっは! 畏まらなくていいよ! そんなんじゃご飯が美味しくなくなっちゃうじゃないか!」


 何んとも愉快そうに笑う長さん。


 中に案内され、夕食をご馳走になる。


「まずは、情報を集めないとだめだねぇ。ともえ、静の同胞で助けを求められるのはいないのかい?」


「……ちゃちゃぐらいですかね? あの子もさくや様派ではあるのですけど、貿易船団の仕事の方が楽しいようで」


「ちゃちゃか。あの子らしいっちゃあの子らしいね。明るく人を疑うのが嫌いな子だ。言っちゃ悪いけど、この状況で頼りにはならないね」


「はい」


「ここにいる私と、女二人、そてつも力になってくれるだろう。この隠れ里の人間は、穏やかに暮らしたい人間が多い。争いごとを望まない連中ばかりだしねえ」


「長、たびらさん達なら協力してくれるかと……」


 長さんの後ろに控えている女性の一人がそう話す。


「確かにね。明日にでも話して見るか。……どうしたそてつ?」


 一連の話を聞いたそてつさんが、目を白黒させていた。


「そこにいるお嬢ちゃん……、いえ、女性がさくや様だったなんて。大変失礼いたしましたー!」


 顔を真っ青にして、突然土下座を始めるそてつさん、


「顔を上げてください。あえて私だとわからないように、ともえとしらゆきが計らってくれたのです。お気になさらないでください」


「いえ、俺はさくや様の桜花衆解体のお言葉に感動していたにもかかわらず、それが齎す影響を考えていませんでした。しかもそのせいでさくや様の命の危機だったなんて! 俺は! 全身全霊を持って、さくや様のお力になります! 何なりとお命じください!」


「ありがとうございます、そてつさん。頼りにさせてもらいますね」


「はっ! ありがたき幸せ!」


「異国からのお客人にも、改めて聞きたい。さくや様を守っていただけると思って良いのですか?」


 長さんにそう問い質されて、私達はお互いの顔を見る。


「そうですね。正直な話、後継者問題には興味がありません」


 リステルがはっきり言ってのける。


「ただ、暗殺を企てるような輩を私達が支持することもありません。それに、平和が一番だと言うのは、冒険者である私達が一番身をもって知っています。さくやさんを守るという事については、協力を惜しみません」


 後継者問題に顔を突っ込むのではなく、あくまでさくやさんを護衛するだけと言う私達の立場を明確にする。


「……ありがとうございます。さくや様をよろしくお願いします」


 長さんとそのおつきの女性二人とそてつさんは、深々と頭を下げた。


「明日にでも里の者を集めて集会を開くとしましょう。さ、難しい話はこれまでにして、食事を再開しましょう」


 中断していた食事を再開しようとしたその時だった。


 パァァァァァァン!!!!!


 何かが破裂……と言うより、小さな爆発を起こしたような音が聞こえた。


 ハルルがすぐさま立ち上がり、音がした方角を見る。


「やな感じがする」


「今のは、信号弾だね。お嬢ちゃん、どの方向かわかるかい?」


「ん、あっち」


 長さんも少し遅れてハルルが指をさしている方角を見る。


「……あれは(うち)で扱っている信号弾じゃないか」


 長さんが苦々し気に睨んだ先には、赤色の煙が上空に立ち込めていた。


「皆、良くお聞き。恐らくこれは、さくや様を狙った襲撃だよ」


「――っ!」


 長さんの言葉に顔を青くするさくやさん。


「こうも簡単に居場所がばれるとは、ほんと桜花衆とは名ばかりだねえ……」


 大きなため息を吐く長さん。


 私達は武器を空間収納からそれぞれ取りだし、すぐに臨戦態勢を取る。


『長! 長っ! 黒ずくめの連中がいきなりやって来て、女子供見境なく殺していってる! 私達はどうすればいいのっ!?』


 屋敷の扉を叩き、叫ぶように声をあげる里の女性。


 長さんはすぐに扉を開け、女性を迎え入れる。


 屋敷に続く道沿いには、続々と逃げてくる里の人達。


『男連中は?』


『皆を逃がすために足止めを!』


 逃げてくる人たちの最後尾を黒ずくめの集団が追いかけているのが見えた。


 最後尾の女性は必死に走るも、子供を抱えているのですぐに追いつかれてしまう。


 黒ずくめの一人が、女性を抱えている子供ごと背後から容赦なく剣で貫いた。

 抱えられていた子供は投げ出され、地面に叩きつけられるが、ピクリとも動かない。


 倒れ伏す女性が泣き叫びながら、動かない子供に手を伸ばそうとするも、ぱたりとすぐに動かなくなってしまった。


「あっ……ああああああっ!!! ああああああああああああっ!!!!!」


「瑪瑙っ!?」


 私は、リステルの制止を振り切って叫びながら飛び出した。


 何もわからない。

 今目の前で起こっていることが見えているはずなのに、頭が真っ白で理解が出来ない。

 どうしたらいいのか、どうしたいのかもわからない。


 それでも体は勝手に動いていた。


 黒ずくめの集団が逃げている人達に追いつき、次々に襲い掛かっている。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 私は氷の礫を出現させ、撃ち放つ。

 魔法の制御が上手く行かず拳大の礫を作るはずが、人の頭くらいある氷の塊になってしまった。


 それでも私が放った氷の礫は、今にも人を手にかけようとしていた黒ずくめの腹部に当たり、そいつごと吹き飛んで行った。


 倒れこんでいる人の前に躍り出て、


「早く逃げて! 早く!!!!」


 後を見ずにそれだけを叫ぶ。


『は、はいっ!』


 黒ずくめの集団は、逃げている人達を追い掛けるのを止め、私をぐるりと囲うように移動する。


『さくやはどこだ』


「教えるわけないでしょ」


『さくやを渡すのならこれ以上は襲わない。もう一度だけ聞く。さくやはどこだ?』


「こんな事をしておいてもう襲わない!? ふざけないで!! それに人を簡単に殺す人間に、さくやさんを渡すわけないじゃない!」


『では死ね』


 私を囲っているのは八人。

 正面にいて私と話していた黒ずくめが何かをこちらに投擲した瞬間を皮切りに、一斉に襲い掛かってくる。


 私はすぐさまエアロヴェールを発動して前方へ踏み込んだ。

 投擲された何かは私の眼前で制止し、ふよふよと漂わせて無力化し、飛び込んできた黒ずくめの腹部を鞘に入ったままの剣ですれ違いざまに強打する。


『こいつ、戦い慣れて――ごあっ!?』


 黒ずくめの連中が私の動きに驚いている隙を見逃すはずもなく、私はたんと音を立てるように地面を踏む。

 瞬間、黒ずくめの足元から土の槍が飛び出して、ふくらはぎや太ももを貫き、地面に縫い付ける。

 二人咄嗟に飛び退いて逃れたが、影の触手を伸ばし足を絡めとり地面に叩きつけた。


『化け物……めっ!』


 顔は覆面で覆われていて目元しか見ないけれど、忌々し気に見られているのは十分伝わってくる。


「あんな簡単に人を殺せるあなた達の方が化け物じゃない!」


 カッとなって思わず叫ぶ。


 叫んだと同時に、ひゅっと何かが飛んできた。


 私のエアロヴェールに遮られたのは、先ほどと同じ小さな刃物。

 確か……苦無って言うんだっけ。


「この期に及んでまだ抵抗するの!?」


 ぎっと私は歯を食いしばる。


『ならさっさと殺せ。生きている限り、我らは戦うぞ』


「――っ」


『……はっ! そうか、そうか小娘! 貴様、人を殺すことが怖いんだろう? 最初の一刀で斬り伏せて置けば、俺は確実に死んでいたし、他の者も地面から突き出た槍で体を狙っていれば、全員殺せただろう』


 黒ずくめの一人がそう言って、自身の足を貫いている岩の槍を叩き斬って抜き、わき腹を押さえて立ち上がる。

 他の土の槍に貫かれて地面に縫い付けられている者も同様にして、再び武器をかまえた。

 影に足を絡めてられいるものは片足を自ら斬り落とし、立ち上がる。

 当然、血がだくだくと流れている。



『これは我等の存在を賭けた戦だ! 生きるか死ぬかの戦なんだ! こんな事では止まりはせんっ!!!!』


 形振りどころから、自らの命すら気にしていない捨て身の攻撃。


 私はその執念のようなものに、身動きがとれなくなってしまった。


 だけど、私の前を一陣の烈風が駆け抜けた。

 瞬く間に黒ずくめの男達は風の刃で切断され、四肢と臓物と血をまき散らして動かなくなった。


 私は、思わずその場でへたり込んでしまう。


「瑪瑙! 大丈夫!?」


「リステル……」


「どこか怪我したの!?」


「……え?」


「しっかりしなさい! こんな所で呆けてる場合じゃないでしょ!」


 パンっと頬を強くはたかれ、ハッとする。


「け、怪我はない……よ。大丈夫」


 心臓はどくどくとうるさいのに、体に血が流れていないんじゃないかと思う程、体が冷たかった。


「里を襲っているのはこいつらだけじゃないみたい。あちこちから火の手が上がってる。ルーリとハルルとサフィーアは、長さんの屋敷で逃げてきている人を守ってる」


「――そうだ! この人達の狙いはさくやさんで!」


「まあそんな所でしょうね。でも今は里を守らないと!」


「う、うん」


「……」


 リステルに手を引かれてお屋敷に戻る私の目に、血を流して倒れているまだ小さな子供と、その子供に手を伸ばそうとして息絶えた女性が映り込んだ。


 ごめんなさい。

 ごめんなさいっ。


 助けられる力はあるはずなのに、あったはずなのに!

 何もできませんでした……。


 その二人だけじゃなく、眼に映る倒れて動かない人たちに、私は必死に謝るのだった。


「瑪瑙、無事でよかった! 怪我はない?」

「瑪瑙お姉ちゃん!」

「瑪瑙よ、無茶をするでない」


 お屋敷に戻った私達は、火の手が上がる里を屋敷から見下ろす。

 続々と逃げ込んでくる里の人達と、ゆっくりだがしっかりとこちらに近づいてきている黒ずくめの集団。


「奴等めっ!! 里だけには飽き足らず山にも火を放ったか!!」


 長さんが怒鳴り声をあげる。


 今の時期は恵黄(けいおう)の頃から静青(せいしょう)の頃に移り変わる時期、日本で言う秋終盤。

 空気も乾燥し、山には乾いた落ち葉が大量に落ちている。

 そんな山に火を放ってしまえば、火は瞬く間に燃え広がってしまう。


「大丈夫! これくらいなら私が魔法で鎮火できるから!」


 まだ落ち着かない感覚を無理にでも抑え込んで、手を組み祈るように目を閉じる。


「水よ、恵みの水よ。水よ、荒ぶる破壊の水よ。天を覆う蒼白の衣となり、我が意を示せ。今ここに、豊穣の恵みを雨と降らせん。願わくば、襲い来る災いを慈悲を持って押し流せ」


 私の体から青色の光の粒子が溢れ出し、一筋の光となって夜空へと昇っていく。


「アバンダンスレイン!」


 空は青く光る膜に覆われたかと思うと、すぐさまバケツをひっくり返したような雨が降る。


 流石のこれには黒ずくめの集団も驚いたのか、足を止めて空を見上げていた。


 お屋敷の中に逃げ込んだ里の人達と、さくやさん。

 どうやって逃がすかと、長さん達と話していると……、


『おい、ばばあ! いるんだろ! 出てこい! ばばあ!』


 黒ずくめの男二人が屋敷から少し離れた所から怒鳴り始めた。

 黒ずくめの片方は、子供を羽交い絞めにしている。


「――あれはっ! そうか……霞からもとうや様側につくやつがいたのか……」


「……えっ!? うつぎさんときぶしさん!? そんなっ!」


 長さんは忌々し気に二人を見て、しらゆきさんは顔を青くして信じられないと言った顔をしていた。


『ばばあ! 早く出てこないとこのガキ殺すぞっ!』


『ばばあばばあうるさいね! それが霞の長に対する呼び方かい! で! 何の用だ! まさかこんな事をしておいて、ごめんなさいを言いに来たんじゃないんだろう!』


 長さんは前に出て、黒ずくめ二人に怒鳴り返す。


『この里にさくや様がいるんだろう! 大人しく渡してくれよ!』


「――っ!」


 後ろに隠れているさくやさんが、びくりと身を震わせる。


『知ったこっちゃないよ! お前の勘違いだろう!』


『はっ! とぼけても無駄だぜ! たびらのおっさんが、しらゆきがこの里に来ているって言ってたからな! 城からさくや様と逃げたって、知らないわけないだろう?』


『そのたびらはどこにいるってんだい!!』


『ほれよっ!』


 黒ずくめの一人が何か黒い塊をこちらへと放り投げた。


 どさりと落ちて転がったのは、昨日会った人の頭だった。


「――っ」


 思わず息を飲む。


「ああ、たびらさん! そんな……なんて酷い……」


 しらゆきさんがたびらさんの頭を抱え上げ、蹲る。


『早くしないとこのガキ殺すぞ! さくや様を渡してくれよー! 少しずつ少しずつ、刃が首に入っていくぞー?』


『たすっ助け……て……』


「――っ」


 私はこらえきれず、魔法を発動しようとした。

 フローズンアルコーブで凍り付かせてしまえば、子供も助けられるとそう思って。


 だけど、失敗したら子供は殺されてしまう。


 その考えが、私の魔法の発動を遅らせる。


『待ちなさい! 私がさくやです! その子供を放しなさい!』


 そのほんの少しの躊躇いが、さくやさんを前に出させてしまった。


『おお、出てきた出てきた! お優しいさくや様だねぇ! 放してほしかったらこっちにこいよ! そうだそうだ! しらゆきとともえ! それと異国人! おめえらもだよ!』


 相手の意図がどういうものかがわからないけれど、どうやら私達もお呼びらしい。


「さくやさん、ごめんなさい。躊躇ってしまったばっかりに……」


「いえ、みなさんに頼ってばかりではだめですから。私だって里の人を守りたいんです。……私の方こそこんなことに巻き込んでしまってごめんなさい……」


 唇を噛み服の裾をぎゅっと掴むさくやさんの手は、震えていた。


 私達は怒鳴り声をあげていた黒ずくめ二人の近くまで歩き対峙する。


『さあ約束通り来ましたよ! その子供を放しなさい!』


『おう、そうだったな! ほらよ!』


 随分あっさりと子供を手放したかと思うと、男はその子供の背を思い切り蹴飛ばし、何かを投げた。


 咄嗟にエアロヴェールを発動させ、投擲物から子供を守る。


『へえ? それが魔法ってやつか。いいねえ!』


「この卑怯者!」


 思わずそう叫んでしまう。


『あなた達の目的は私でしょう!? どうして里を襲うような真似をしたんですか!』


『そりゃあここの里の人間が、あんたの味方だからだろ? とうや様が天皇になった時に反乱を起こす可能性がある連中は、根絶やしにしないと。大昔に桜花衆が主戦論者を片っ端から殺して回ったみたいによう!』


『ここで私諸共、皆殺しにするつもりなのですね?』


『は? ああ! 勘違いしないでくれ! あんたは何があっても生かして連れて来いって第二皇子様のご命令なんだよ。だからあんたは生かして連れてくぜ。大々的に、民衆の前で処刑するんだとよ。容赦ねえよな? 弟の癖に』


 この男が喋るたびに言いようのない不快感が沸き上がって来ていたのだけれど、その理由が今わかった。


 心底楽しそうなのだ。


 話し方や笑い方も、相手に不快感を与えようとしているのではなく、この男は純粋に今の状況を楽しんでいる。


『さあ、さくや様はこっちに来て――っ!!』

『くそっ!』


 突然、何かを避けるように後方に大きく飛んだ。

 二人が直前までいた地面には、苦無がいくつも突き刺さる。

 それと同時に、お屋敷の方が俄かに騒がしくなった。


 振り返ると、長さんがこちらに老人とは思えないような足取りで駆けてきていた。


「さくや様、こ奴らは私達が足止めをします! あなたは今のうちにお逃げください!」


「逃げるってどうやって! 里のみんなはどうするの!?」


「皆には里が襲われた事情を話しました。ほとんどの者がさくや様のために戦う覚悟を決めました。今、生き延びた男連中と反攻に出ています」


「では私もここに残って!」


「いけません! 里の者全員が戦えるわけではありません。まだ幼い子供もいます。その者達と共に逃げてください。しらゆき! お前は逃げる道を知っているね?」


「……はい」


「なら、案内は任せたよ」


「……――はい!」


 すぐにしらゆきさんはさくやさんの手を取って走り出した。


「皆さんも早く! ここは何とかしますから、さくや様をお願いします!」


「……わかりました。どうかご無事で」


 リステルはそれだけを言うと、私の手を引っ張ってしらゆきさん達の後を追う。


「リステルどうして!?」


「守りながら戦うのが難しいのはわかるでしょう! さくやさんがここにいたら邪魔なの! 私達はさくやさんを守るって約束したんだから最後まで果たさないと! それに、逃げている人達を守る事は私達にしかできないんだから!」


「……」


「瑪瑙よ。妾達だけで全ての人の命を守る事はできないんじゃよ」


 並走するサフィーアにも諭される。

 私は何も言い返すことができなかった……。


 しらゆきさんの後ろについて走り、お屋敷の裏手から山道へ入っていく。


「昨日そてつさんが言っていた滝がある崖を通り過ぎると、麓に続く抜け道があります。里の者は知っているはずですが、かなり危険で時間もかかります。明かりを持っている人もいないはずです。急ぎましょう!」


 しばらく木々の間にある緩やかな道を走っていると、視界がぱっと晴れた。


「ここがそてつさんの言っていた、滝の見える崖です。ここを通り過ぎれば――」


「しらゆきダメっ!」


 ハルルがしらゆきさんの言葉を遮り、臨戦態勢を取った。

 私達も武器を構える。


「待ち伏せっ!? そんなっ!!」


 私達を崖側へと追い込むように、黒ずくめの集団が木々の間から現れ、身を低くしてこちらへ突っ込んでくる。


 私はフローズンアルコーブを解き放ち、集団を氷漬けにして拘束を試みる。


 だが……。


『火を司りし妖狐の眷属よ、我に降りかかる災禍を退けよ! 走炎管狐そうえんくだぎつねの術!』


 一人の黒ずくめが妖術を発動させたらしく、体を覆っていた氷を食い破るように炎が噴き上がり、氷を溶かしてしまった。

 その炎は九つに分裂し、拳大の大きさの狐を形作り、他の黒ずくめを拘束していた氷を一瞬で溶かす。

 それだけに飽き足らず、小さな炎の狐達は私達目掛けて襲い掛かってくる。


「くそ! 妖術って厄介ね!」


 手強い妖術と人数の差もあって、私達は少しずつ後退を余儀なくされ、崖側に追い詰められていく。


 リステルは風を纏わせた剣で、黒ずくめの一人諸共炎の狐を切り裂き火の粉にするが、すぐさま元の形に戻り、再び襲い掛かってくる。


 私は水を纏わせた剣で炎の狐を斬り裂くと水蒸気を上げて消え、元に戻ることは無かった。

 向かってくる黒ずくめの一人の剣を受け流し、両膝を砕いて転倒させる。

 すぐさま私はアクアバレットを解き放ち、残りの炎の狐を鎮火しようとする。


 だが、その一つを黒ずくめの男が庇い、水の弾を防いでしまった。

 ただの水の塊なので、人には致命傷にはならない。


 次の瞬間守られた炎の狐が風船のように膨れ上がり、白い光を放って爆ぜた。


「――っ!」


 長時間視界を奪われるほどの強い光ではなかった。

 だけど私達はほんの一瞬、その爆ぜた光のせいで目が眩んでしまった。


 そのほんの一瞬の隙を突かれて、黒ずくめ達はさくやさん目掛けて突っ込んでいった。


 ……それが最悪の事態を招いた。


 目が眩んでよろけていたさくやさんが、自分目掛けて飛びかかってくる黒ずくめ達に恐怖して、後ろに大きく後ずさった。


 いけないっ!

 そう思い私は咄嗟に駆けだした。


 さくやさんは足を踏み外し、崖から転落する。


 少し離れていた私が駆けだしたところで手が届くはずもなく、私はさくやさん目掛けて崖から飛び降りるのだった。

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