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第5話:そうじを執行します

 

「お戯れはやめてください。本当に気づいておられないのですか?」


 湯気立つお茶の向こうで、ハルニアの瞳が刃のように光る。

 立ち上がりざま、給仕の胸ぐらを掴み上げた。


「ひっ!?」


「……黒フクロウの毒草」


 カップを傾ける。


「わたしの前で毒殺を試みるとは、随分と舐められたものですね」


 給仕の顔が恐怖に歪む。

 次の瞬間、袖口からナイフを抜いた。


「死ねぇっ!」


 刃がハルニアの喉元へ走る。

 だが。


「動くなよ、ネズミ」


 ボキリ。


 鈍い音が響いた。

 いつの間にか背後にいたレオンが、男の腕を逆方向へねじ上げていた。

 ナイフが床に転がる。


「がぁぁぁっ!?」


 さらに首筋を掴み、ドンッ! と床へ叩き伏せる。

 一瞬だった。

 ハルニアは思わず息を呑む。


「アン、ナイス」


 レオンは何事もなかったように笑った。


「危うく飲むフリまでしなきゃいけないところだったよ」


「……フリ、ですか?」


「うん。だって、これ、マグ爺の差し入れじゃないしね」


 レオンは男の懐を探り、一枚の金属プレートを取り出した。

 不気味な「眼」。

 レオンの知る組織の、初期紋章だ。


「やっぱりな」


 その表情がわずかに硬くなる。


「この者たちは、わたしを知っている」


 ハルニアが静かに言った。

 レオンが顔を上げる。


「ならば、結果はわたしにも共有してください」


「……は?」


「マグ爺に引き渡すのでしょう。尋問のために」


 レオンは一瞬言葉に詰まり、それから小さく噴き出した。


「ああ、任せとけ。隠し事はナシだ」


 言い切る速さが、逆に噓くさい。

 男を縛り上げながら、レオンは肩をすくめた。


「わかったことは全部、お前に伝える。約束だ」


 ハルニアは静かにうなずいた。


(レオンは、わたしについて何を知っているのだろう)


 刺客たちは知っている。

 レオンも知っている。

 どちらがより多くを隠しているのか。


(知るまで、わたしは止まらない)


 ◇


 エレノアに「逃げない」と告げた日から、何かが変わった。

 レオンが、ふらりと姿を消すことが増えたのだ。

 朝にはいない。

 夕方になると何事もなかったような顔で戻ってくる。


(信用、されたということか)


 そう思うと悪くない気分だった。しかし。


「どちらへ行っていたのですか」


「んー? 俺のことが気になるの?」


 行き先を意味深に笑って誤魔化す。

 泥もついていない。武具を使った形跡もない。


(……この人は、何者なのだろう)


 短剣の意匠。

 立ち居振る舞い。

 誰に対しても物怖じしない態度。

 その視線に気付いたのか、レオンは軽く手を振った。


「俺の親はこの辺じゃちょっとした名士なんだ」


「そうなのですか」


「俺はただの杜の門番見習いだけどな」


 楽しそうに笑う。

 ハルニアは小さくうなずいた。


(門番見習い、か……)


 夕霧が離れを白く包む頃。

 掃除を終えても、レオンはまだ戻らない。

 不穏な静寂が満ち始めた、その時だった。


 パキ。


 逢魔が時の薄闇で、鳥の羽音に紛れるほど微かな破断音が響く。

 ハルニアの耳がぴくりと動いた。


(――来ましたね)


 次の瞬間、ドカン!! と天井の木板が爆散した。

 黒い法衣を纏った刺客が派手な音を立てて降り立つ。


「見つけたぞ、竜の器……!」

「『黒き闇に這う影』」


 ――竜の器。


 あの夜、頭の中に直接響いた声と、同じ言葉。

 ハルニアはほうきを握ったまま考え込んだ。


「黒き闇に這う影……!」


 沈黙が流れる。刺客がいら立ちを露わに叫んだ。


「続きを言え! 合言葉だ!」


「……黒コショウでカリカリに焼いた鳥肉?」


 刺客の動きが止まる。


「……まさか、伝説のブラック・ペッパー!? 裏旅団への合流信号だと!?」

「裏切ったか、貴様ァァァ!!」


 ハルニアは聞いていない。


(暗号……彼らは、わたしを知っている)


 無表情のまま、ほうきを逆手に持つ。


「続きをどうぞ」


 チリトリを左手に構え、美しい戦闘態勢へ。


「死ねぃ、裏切り者!」


 刺客の呪術短剣が閃く。


 カツーーーン!!


 ハルニアは左手のチリトリでそれを弾き飛ばした。


「ほう、この鉄板、なかなかの防御力ですね」


 驚愕する刺客へ踏み込む。

 ほうきが振り下ろされる。

 そう見えた次の瞬間、ゴッ!!と柄の先端が顎を下から打ち抜いた。

 だが終わらない。


 バリィィン!!


 四方の窓が一斉に砕け散った。

 夜霧の中から組織の精鋭たちが雪崩れ込む。

 狭い室内が瞬く間に敵で埋まった。


「少し狭いですね」


 ブォン!!


 ほうきを窓の外へ投げ放つ。

 砲弾のようにほうきが夜霧を貫き、外で待機していた刺客を吹き飛ばす。

 ハルニアも迷わず窓から飛び出した。

 着地と同時に地面のほうきを蹴り上げ、回転しながら跳ね上がる柄を空中で掴み、そのまま一閃。


 ドガガガッ!!


 周囲の刺客たちがまとめて吹き飛んだ。

 まるで舞うような体術。

 美しく、そして圧倒的だった。


「化け物が……!」


 追い詰められた刺客が黒い呪札を叩きつけた。


「道連れだァァァッ!!」


 札が砕け、ハルニアを中心に巨大な呪術陣が展開される。

 無数の黒い魔弾が、四方八方から一斉に生成された。


「なっ――」


 ハルニアが息を呑む。回避は不可能。


(しまっ――!)


 その時だった。


「アン!!」


 霧を切り裂いて飛び込んできた影がある。

 レオンだ。

 青い瞳が黄金に輝く。


「チッ!」


 地面を蹴った。


 ドンッ!!


 ハルニアを抱き寄せ、そのまま突き飛ばす。

 直後。


 ドドドドドドッ!!


 解き放たれた魔弾の嵐が、レオンの背中へ次々と突き刺さった。



(第5話・完 ―― 第6話へつづく!)




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