第28話:ふざけてんのか?
「敵襲! 西の稜線より、黒い影が接近!」
見張りの叫ぶ。
砦全体に緊張が走った。
満月の夜だった。
レオンは剣を掴み、走り出した。
「迎撃準備! 陣形を崩すな!」
砲声と怒号が交錯する。
土煙の向こう、黒い影が一閃するたび、味方の兵が吹き飛んでいく。
(まさか、アン!?)
レオンの胸が高鳴る。
「これ以上の犠牲は無駄だ!」
レオンの声が、戦場の怒号も剣戟も圧倒し、響き渡った。
「俺はハル国第一王子レオンガルド! 黒竜騎士との一騎打ちを申し込む!」
ざわめきが走る。
レオンガルド・ハル・マウナケア。
クロン渓谷での一戦以来、その名は敵陣にも知れ渡っていた。
「クロン渓谷では天候に助けられたらしいが、ここではどうかな?」
レオンの前に大地を揺らしながら現れたのは巨大な黒甲冑の男。
身の丈三メートルはあろうかという巨体で、堂々と剣を突きつける。
「ワシが陣営を預かる黒竜騎士――」
男の言葉は、最後まで続かなかった。
一瞬の閃光。
次の瞬間、巨体の上半身が、斜めにずるりと滑り落ちる。
構えた剣ごと叩き斬られ、重い鉄の塊が地面を叩くと同事に鮮血が噴き出した。
「ふざけてんのか?」
視界を塞がれたことに怒り、震えるレオン。
その死体すら見ていない。
視線は、最初からただ一人だけを追っている。
(ーーっ)
その視線の先に、見つけた。
闇より黒い漆黒の軍装。
左腕を覆う、鱗に覆われた爪。
(アン……! やっぱりいた!)
間違えるはずがなかった。
土煙の隙間から、満月に照らされた彼女の横顔。
硝煙と土煙が風に流されたその刹那。
漆黒の甲冑を纏った皇女――ハルニアと、レオンの視線が交差した。
叫び声も。
響き渡る砲声も。
吹き荒れる風の音さえ。
――すべて消えた。
真紅の瞳の奥で、かすかに紫の光が揺れる。
「……アン……っ!」
彼女も、動きを止めていた。
世界から一切の音が消え去った、永遠にも似た一秒。
だが。
「殿下! 後方が崩れます! 味方が――!」
叫び声が、レオンを現実に引き戻した。
「――ちっ」
その瞬間、レオンの一閃で攻め入る赤い旗の陣営が崩れた。
前線を押し上げていた皇軍兵士たちの半身が切り裂かれ、宙を舞う。
「なっ……!?」
どよめく皇国の指揮官たち。
「アン! こっちだ! 来い!!」
戦場にレオンの慟哭のような叫びが響き渡る。
だが、答えは返らなかった。
◇
「――何をしている。戻れ」
灰色のローブを纏った司祭が駆け寄る。
ハルニアはただ、土煙の向こうを見つめている。
「……今」
かすれた声が漏れる。
「レオン様が……」
司祭の顔が強張った。
真紅に染まっていたはずの瞳が、ゆっくりと紫へ戻っている。
「まさか……意識を取り戻したのか」
土煙の彼方。
ハルニアの視線は、ただ一人の男を追っていた。
「レオン様……」
「ちっ、『戻った』か」
司祭が舌打ちする。
次の瞬間、灰色の紋様がハルニアの首筋から全身へ走った。
「待っ……」
喉を押し潰すような激痛。
伸ばしかけた指先が、石のように硬直した。
「嫌! レオン様……!」
司祭が腕を掴む。
まるで荷物でも運ぶように、その身体を転移陣へと引きずっていく。
「やめ……て」
紫の瞳は再び濁り始める。
司祭はそれを確認し、冷たく息を吐いた。
「次は完全に沈めておけ」
黒い影は静かに戦場から消えていった。
◇
握りしめた剣の柄に、ぽたりと血が滴り落ちた。
兵たちの歓声も、傷ついた者の呻きも、今のレオンには届かない。
(生きていた……。あいつは、まだ竜化してなかった)
それだけで涙が出そうだ。
だが、それきりハルニアが国境に現れることはなかった。
(第28話・完 ―― 第29話へつづく!)




