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第26話:祈りの時間は終わりだ


 放課後。

 礼拝堂の裏は人影もなく、夕焼けだけがレンガ道を赤く染めていた。


(遅いな……)


 レオンは木の幹にもたれ、腕を組んだ。

 昼間の賭けに負けたロシャールが、ハルニアの居場所について何か掴んでいるのかと思ったのだが。


「来たか?」


 背後に気配がした。


「おい、ロシャール。何かわかったのか?」


「動くな」


 冷たい声と同時に、首筋に鋭い感触が走った。


「動けば首を落とす」


「……おいおい。情報を持ってきたんじゃないのか?」


「昼間の中庭での動き、ただの商人の倅では説明がつかない」


 背後から突きつけられた剣。


「貴様は一体、何者だ?」


 レオンは前を向いたまま目を細め、ゆっくりと両手を上げる。

 その時だった。


「まあ、そこまでですわ。ロシャール」


 茂みから現れたのは、扇子を優雅に揺らすヤマロメだった。


「変装がお上手ですのね、ハル国第一王子、レオンガルド殿下?」


 レオンは舌を打ち、ヤマロメの動きに合わせゆっくりと振り返った。


「……やっぱり、あの時の馬車で気づいてたか」


「当たり前でしょう?  婚約者を追いかけて敵国に潜入するなんて、呆れた情熱ですわね」


 口角を上げるレオンの余裕。

 ロシャールは一瞬息を呑み、慌てて刃を喉元へ強く押し当てた。


「ヤマロメに害をなすなら、この場で殺す」


「待ちなさいロシャール。この王子は使えるわ」


 ヤマロメは嘲笑うように目を細め、するっとロシャールの腕に手を添えた。

 その瞬間、ロシャールの肩がぴくっと強張り、耳の先端がわずかに赤く染まる。


(……おいおい。ポーカーフェイスのつもりか知らんが、顔に出まくりだぞ、バカ)


 回帰前、ヤマロメは当時の婚約者だったレオンを常に高飛車な態度であしらってきた。

 その理由が今さら分かった。


(なるほどな……、お似合いだわ、お前ら)


 レオンが呆れた視線を送るのも露知らず、ヤマロメは続ける。


「兄上(ヴェルディ)の暴走を止めるため、あなたを『捨て駒』として利用して差し上げますわ」


「……利用ねぇ。そっちの目的はなんだ?」


「兄上の盤面をひっくり返すこと。そのためなら、協力して差し上げてもよろしくてよ?」


 剣先を指で押しのけながら、レオンは肩をすくめた。


「なるほど、乗った。お互い利害は一致してる」


 ヤマロメはふと、扇子で口元を隠して尋ねた。


「……わからないのはあなたですわ。露見すれば国家問題。なぜそこまでしてハルニアお姉様を追いかけるのですの?」


 実の姉とはいえ、ほとんど接点のなかったハルニアお姉様。

 感情をほとんど表に出さず、近寄りがたい人という印象しかない。


 この王子、いったい何が目的なのか。


「政治も、国も関係ねぇ」


 レオンはネックレスの指輪を握りしめ、吐き捨てるように言った。


「……俺の女を奪われて、黙ってられるかよ」


 ヤマロメは目を見開いた。

 カバンの中でプルがニマニマしている。


(……今のは、割と本気で恥ずかしいな。俺)


「昨夜は『アンに会いたいよぉ…』って泣いてたもんねぇ」


「黙ってろ」


 カバンをぎゅっと押さえつけたものの、急に顔に血が昇ってきた。


 だがヤマロメは満足そうに笑い、ロシャールに目配せした。


「……気に入りましたわ。ロシャール、彼に協力しなさい」


「情報は金だ。協力は昼間の賭けの分だけだ」


 ロシャールはレオンの目を見据え、握った手に容赦なく力を込めた。


「ヤマロメに手を出したら殺す」


「そっちこそ、足を引っ張るなよ」


 レオンは笑って、その手を怯むことなく強く握り返した。


「ぶふんっ、なんだか似た者同士なのぉ……」


 ◇


 ロシャールはヴァリード商会の情報網が掴んだ物流監査記録をレオンに渡した。


「物流監査記録?」


「そうだ。以前から目をつけていた場所だが、教会の警備が厳しくてな。迂闊には手を出せなかった」


 ロシャールはぶっきらぼうに続ける。


「ヴィンソン・マシフ教会」


 その言葉にレオンの瞳が鋭く細まる。


「南区別館、第四礼拝堂。特級鎮痛薬や食料の搬入記録、そして給排水の記録だ。ここ数日、新たに一人分の生活痕が確認された。」


「……」


 湿った風が吹き抜ける。


「案内しろ。今すぐ行く」


 冷たい雨が夜の皇都を濡らしていた。


「ここは皇宮最深部『封印区画』の一つ。悪いが、案内できるのはここまでだ」


「十分だ」


 レオンは黒い外套を翻しながら、教会別館を見上げる。


(あそこにアンがいる)


 レオンの全身から、白金に輝く神気が漏れ出す。


 次の瞬間。


  音もなくレオンの身体が跳ね、石造りの高い屋根へと飛び乗った。

  だが、その着地の一歩が不可視の防御糸に触れる。


 ――キィィィン!


 張り巡らされていたトラップが弾け飛ぶ。

 凄まじい閃光とともに、けたたましい警報が静寂を切り裂いた。


「侵入者だ! 二階のテラス! 迎撃せよ!」


 囲まれる前に抜ける。

 レオンは屋根を蹴った。


 濡れた外壁を駆け上がり、一瞬で最上階へ。

 銃の光弾が雨を裂く。

 レオンは屋根を転がるように回避すると、尖塔の支柱へ飛び移り、その反動で最上部のバルコニーへ飛び乗った。


 四方から警備兵が殺到する。

 教会の別館とは思えない厳戒態勢。

 侵入者を想定した配置に、逃げ道を塞ぐ連携までできている。


 鳴りやまぬ警報、交差するサーチライト。

 絶望的な状況に、レオンは満面の笑みを浮かべた。


(――当たりだ)


 これだけの戦力を割いて守る場所だ。

 単なる礼拝堂であるはずがない。

 確認した瞬間、胸の奥の焦燥が歓喜へと変わった。


 直後、黒衣の精鋭五人が短剣を抜いて襲いかかる。

 手すりを蹴り、雨の夜空へ躍り出る。


 踏み込み一閃。

 一人目のガードごと顔面を粉砕し、その衝撃波で二人目を後方の壁まで吹き飛ばす。


「ずいぶん熱烈な歓迎だな! 祈りの時間は終わったのか!」


 空を切る暗器の刃。

 紙一重でかわし、三人目の鳩尾へ肘打ち。

 残る二人が銃を構えるより早く、レオンは滑り込むように懐へ飛び込み、その喉元へ手刀を打ち込む——。


 わずか三十秒。


 屋根に倒れた黒衣たちを振り返ることもなく、レオンはステンドグラスを見上げた。


(ここだ)


 窓をこじ開け室内へ飛び込む。


「アンっ!」



(第26話・完 ―― 第27話へつづく!)


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