第13話:麗しの少年騎士
「っ……!? そんな……!」
レオンが死ぬ。
その一言だけが、ハルニアの頭の中で繰り返される。
背筋が凍りついた。
「私はハル国の王妃であり、レオンの母です。我が子の命を賭けさせること。これが、あなたをここに迎えるための最後の妥協」
そして静かに問いかける。
「ハルニアさん、それでも息子の隣にいますか?」
愛する人の母としての苦痛と、王妃としての責任。
その問いに、ハルニアは首を横に振ろうとした。
レオンを死なせるくらいなら、自分が消えた方がいい。
だが――。
「アン。俺を信じてくれ」
レオンが真っすぐにハルニアを見つめた。
「お前の中にある未来ごと、俺が全て引き受ける」
レオンの瞳には覚悟が宿っている。
この人は本気で命を懸けている。
ハルニアは唇を噛んだ。
ならばわたしも申し訳なさで逃げるのはやめる。
怪物になど絶対にならない。
「はい」
もう一つの指輪を指へはめる。
「わたしも。誓います」
二つの指輪が共鳴するように輝く。
目には見えない絆が、魂の奥で結ばれた。
「よく言いました」
王妃は満足そうに頷く。
「これで、あなたを我が国で保護する大義名分が立ちました」
そして表情を引き締めた。
「レオン。アキ共和国を仲介とした三カ国和平会議はあなたに託されました」
「ナツ皇国は偽の皇女を立て、我が国を揺さぶるつもりです。あなたたち二人で、その陰謀を叩き潰してきなさい」
「――御意」
◇
王妃の間を出た後。
「殿下。わたしのせいで、とんでもない重荷を……」
「重荷?」
レオンはそっとハルニアの左手をとった。
「これは、俺たちが未来を勝ち取るための約束だ」
指輪を通じて伝わる、温かく力強い彼の脈動。
どんな運命が立ちふさがろうと、この人と一緒なら越えていける。
ハルニアは力強く頷いた。
◇
出発の朝。
王宮の裏門には、アキ共和国へ向かう馬車が待っていた。
「殿下、本当にこれでよろしいのでしょうか」
帽子のつばへ触れるハルニア。
近衛騎士の制服に身を包み、黒髪をまとめた麗しい少年騎士だった。
「最高に似合ってる」
レオンは目を細めて見惚れている。
「殿下、からかわないでください」
帽子の影が、もともとシャープな顔立ちを少年に見せる。
それでも喉仏はなく、声を低く落としてもどこか柔らかい。
「歩く時は半歩後ろな」
「今日は私が監視役ですか?」
「なんでだよ」
レオンが笑う。
「護衛役だろ。俺が前に出る」
ハルニアは小さく頷いた。
「ほう、随分と仲がよさそうだな」
低い声とともに現れたのはアルフォンス王だった。
「確かに見事な変装だ。これならナツ皇国の連中も気づくまい」
王は真っ直ぐ息子を見据えた。
「宣戦布告をしたはずの皇女を匿い、和平会議に同行させる。前代未聞の大博打だ」
声は深く、肩に置かれた手は力強い。
「嵐は来る。だが恐れるな。お前はお前の正義を成せ。結果は我ら大人が拾ってやる」
回帰前の人生で永遠に失ったもの。
信じてくれる父の背中、支えてくれる家族。
今の世界には、それがある。
今度こそ守り抜く。
レオンは一歩下がり、正式な礼を取った。
「必ずやり遂げます」
アルフォンス王は満足そうに笑う。
「行って参ります、父上」
ゴンッ。
拳と拳がぶつかる。
それだけで十分だった。
馬車が動き出す。
足元では白黒のハチワレ猫――神獣プルがあくびを噛み殺していた。
「仲介役が死の商人だなんて、きな臭いの極みなのぉ」
その声だけが車内の緊張を少しやわらげる。
だが古城へ到着した瞬間、空気は一変した。
掲げられた、ハル国、ナツ皇国、そして調停国アキ共和国の旗。
重厚な扉が開き、ナツ皇国の使節団が入廷する。
先頭に立つのは、漆黒の髪を結い上げた青年。
ナツ皇国第一皇子にして対ハル国戦線全権総督。
ヴェルディ・ナツ・カンチェンジュンガ。
その後方には護衛と文官。
さらに白銀の仮面をつけた司祭らしき男。
そしてヴェルディ総督の斜め後ろ。
一人の少女が付き従っていた。
豪奢なドレス。
薄いベール。
その隙間から覗いた顔を見た瞬間――。
(……わたし?)
ハルニアの思考が止まる。
ベールの奥から覗く顔は、自分と瓜二つだった。
「お初にお目にかかる、ハル国第一王子レオンガルド殿下」
ヴェルディが優雅に一礼する。
その声を聞いた瞬間、ハルニアの心臓が大きく跳ねた。
『竜を継げ、ハルニア』
『お前は最高の器』
『黒き竜の贄となれ』
あの、何度も脳裏に響いた冷酷な男の声。
それが、今、目の前の優雅な男のものと、寸分違わず重なった。
(この男が――)
悪寒にも似た震えが背筋を這い上がる。
だがヴェルディは平然と続けた。
「しかし驚いた。和平会議と聞いていたので、てっきりアルフォンス王ご本人がいらっしゃるものかと」
肩をすくめる。
「まさか戦場を知らぬ子供が、国家間交渉の席に立つとはな」
会場の空気が冷えた。
「ハル国王も随分と思い切った采配をなさる」
ヴェルディはレオンを品定めするように視線を這わせる。
「まあ良い。我が妹、ハルニアと共に席へ着こう」
偽りの皇女もまた、優雅にカーテシーを披露した。
その横顔へ、ヴェルディは慈しむような視線を落とした。
その瞬間だった。
ジリッ――。
世界の裏側がめくれる。
竜の目に映った笑みには、幾筋もの黒い糸が絡みついていた。
(これは……、作られた偽物の優しさ?)
瞬きと共に消える。
まるで見てはいけないものを覗いたかのように。
それでも魂だけが、警鐘を鳴らしていた。
――この男を信じるな、と。
ヴェルディの視線が不意に止まる。
レオンのすぐ後ろに立つ、小柄な男装の騎士。
「おや……そこの若い騎士」
口元が吊り上がる。
「随分と綺麗な顔をしているな。ハル国は女のような男を並べるのが趣味か?」
一歩、ヴェルディが踏み込んだ。
(第13話・完 ―― 第14話へつづく!)




