↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/19

第14話:わたしは殿下の騎士 

 

 帽子の上から視線が肌に刺さる。

 見られているのは男装ではない。

 骨格、目の位置、輪郭。


 その視線を遮るように、レオンが音もなく前へ出た。


「我が国の騎士を、無遠慮に見ないでもらいたい、ヴェルディ殿」


 青い瞳が冷える。


「それより始めよう。そちらのお人形が退屈する前に」


「……くく、手厳しいな」


 小柄なレオンの放つ強烈な威圧感に、ヴェルディ総督の表情が一瞬だけ強張る。

 だが、すぐに不気味な笑みを浮かべ、席へと戻った。


 レオンは周囲の死角から、ハルニアへ視線を送る。

 指輪を通じて伝わる、温かな魔力。

 それがハルニアの動揺を静かに鎮めていく。


(ここまでは想定内だ)


 レオンは拳を握る。

 ハルニアの身体にも、今のところ異変はない。

 ならば恐れる必要はない。


(この和平会議で、一気に奴らの化けの皮を剥がす)


 ベールの奥からは、偽者がハルニアを見ていた。


 ナツ皇国公式の「ハルニア皇女」。

 ハル国公式の「王子の護衛騎士」。

 同時に顔を出せば、国のメンツが死ぬ。


 ハルニアと少女の目が合う。


 次の瞬間。

 ベールの奥で、少女の口角が静かに吊り上がった。

 まるで、すべてを知っているとでも言うように。


 ◇


「ふむ……では、国境の採掘権は現状維持。これでよろしいな?」


 円卓の中央で、仲介役であるザハルが議事録を閉じる。


 会議は一見、平和的な妥協へ向かっていた。

 だが、レオンは偽者から目を離さない。


「その前に、確認させてほしい」


「確認? これ以上譲歩するつもりはないぞ」


 ヴェルディが眉を寄せる。

 レオンは友好的な笑みを浮かべたまま、偽ハルニアへ視線を向ける。


「ただの本人確認だ」


 その一言で、会場の空気が凍りついた。


「何を馬鹿なことを!」


 ヴェルディが机を叩いて立ち上がる。


「ハル国は我が国を侮辱する気か!」


「ならば、そのベールを外していただきたい」


 レオンは笑顔のまま微動だにしない。


「ナツ皇女は水の加護を宿すそうだな。本物なら、証明は簡単だ」


 銀の杯が運ばれる。

 偽者の指先が、わずかに震える。


「妹は体調を崩している。余興に付き合う必要はない」


「――お兄様」


 ベールの奥からこぼれる美しい声。


「そこまで疑われては、国の名誉に関わりますわ」


 ベールの少女が立つ。

 後方に控えるハルニアも、固唾を呑んで見守った。

 少女は杯へ指先を浸した。


 すると。

 水が、淡い青に光った。


 どよめき。

 ヴェルディが勝ち誇ったように笑う。


「見たか。これぞ――」


「青光草だ」


 レオンがヴェルディの言葉を断つ。


「偽物の指先の触媒が反応しただけだろう」


 鑑定士が杯を調べ、ザハルの笑みが消える。


「……レオンガルド殿下の仰る通りです。安価な触媒ですな」


 ベールの奥で、偽物の額を冷や汗が伝う。


(この王子……最初から……!?)


 偽ハルニアにも水の加護はあった。指を浸すことに何の問題もない。

 しかし。


(本物か偽物か、確かめる余興ではなかった……)


 杯の縁に刻まれた微かな傷。

 本物の『水の加護』さえ上書きして隠す二重の罠。


「説明していただけますかな?」


 ザハルの声が低くなる。


「くっ……!」


 視線が、ヴェルディへ集中する。

 だが、ヴェルディが叫ぶより早く、レオンが立ち上がった。


「よくも我が国を謀ってくれたな、ヴェルディ殿!」


「黙れ、小童が……!」


 ヴェルディが腰の魔導剣を抜き放つ。


「騙される方が悪いのだ!」


 凶悪な笑みが浮かぶ。


「どのみち、この会議など時間稼ぎに過ぎん。」


 ヴェルディがレオンへ剣先を向ける。


「最新鋭の魔導兵器は、すでにこちらの手にある」


「ふむ」


 ザハルは部屋の隅へ下がり、目を細めた。


(果たして、どちらに付くのが正解か……)


「ハル国など、踏み潰す」


「交渉決裂、だな」


「出会え! 生意気な王子を細切れにしろ!」


 壁が爆ぜる。

 ナツ皇国の精鋭達がなだれ込む。


「殿下、お下がりを!」


 レオンの背後から、美しい騎士が疾風のように飛び出した。

 風で帽子が飛び、隠されていた黒髪が鮮やかに舞い上がる。


 ガキィィンッ!


 儀礼剣が閃き、先頭の武器を折る。


「女……? まさか、ハルニア!」


 ヴェルディが目を見開いた。


「なぜハル国の王子に味方する! お前は我が国の――」


「わたしはアン!」


 叫びは、会場を貫いた。


「レオンガルド殿下の騎士です!」


 その一閃が、立ちはだかる兵士を薙ぎ払う。


「過去のわたしが誰であろうと、今のわたしを信じてくれたのは、この方です」


「ぶ、ぶるぶる! 始まったの極みなのぉ!」


 胸元から飛び出したプルが叫ぶ。


「――上出来だ」


 レオンは口の端を上げ、剣を抜いた。


「行くぞ、アン! ここを突破する!」


「はい、殿下」


 二人は背中を預け合った。

 レオンの力強い笑みに、ハルニアが頷く。

 二人は迷わず古城の巨大窓へと向かって駆け出した。


 パリィィーーーンッ!


 砕け散るガラスの微粒子の中、中空へ躍り出るふたり。

 そのまま下に待機させていた馬車の屋根へ飛び降りた。


「出せ!」


 レオンの号令と共に、馬車が猛スピードで街道を駆け抜けていく。


「クロン渓谷で、本隊を止めるぞ」


 隣で、ハルニアが剣を握る。

 名前を捨てたつもりはない。

 捨てたのは、兄の呼ぶ都合の良い「ハルニア」だった。

 帽子はもうない。


「にしても、正体隠すの下手すぎだろ」


「……うるさいです」


「うれしいよ。それほど必死に守ってくれた、ってことだからな」


 黒髪が風に打たれる。

 それでも、預けた背中は本物だった。

 馬車の屋根で、指輪が一度、強く脈打つ。


「振り落とされるなよ、俺の騎士様!」


 風の向こうで、レオンが笑う。

 その背中を見つめながら、ハルニアは大きく息を吸った。


 もう逃げない。

 自分が何者なのかも。

 どんな未来が待っているのかも。

 今はまだ、何も分からない。


 それでも。


「はい、殿下!」


 ハルニアは、レオンの隣に立っていた。


 背後の古城、その上空。

 真紅の禍々しい魔導狼煙が打ち上がった。



(第14話・完 ―― 第15話へつづく!)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。