↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/19

第12話:誓いの指輪と呪い

 

 抱きとめるレオンの声が、遠のく。

 紫の瞳が、一瞬だけ真紅へ変わる。


(何……これ……?)


 世界の裏側が、めくれ上がる。


 王都を包む巨大な魔力の脈動。

 王城の結界。

 人々の体内に巡る微かな光。

 そのすべてが、脈打つ臓器のように鮮明に視える。


「――っ!」


 湧き上がる圧倒的な全能感と、それを上回る底なしの恐怖。

 ハルニアは身を震わせた。


 ◇


 帰ってきた水の杜の離れは、痛いほど静かだった。

 ハルニアの瞳は紫に戻っている。


 異変は、一瞬で終わった。


 だが、真紅だった一瞬が、空気の底に残っていた。

 床に腰を下ろしたまま、肩を震わせる。

 レオンはその手を、片時も放さなかった。


(もう迷わない。俺がお前を守る)


 その時、ふと違和感に気づく。

 水音がない。

 風もない。

 息をつめた、その時――。


 バリバリバリッ!!


 突如として部屋の空間が歪み、黒い魔力の火花が激しく飛び散った。

 現れたのは、褐色の外套を羽織った、腰の曲がった小男。

 頬にはアキ共和国のギルドの刺青が刻まれている。


「お熱いところ申し訳ありませんね、レオンガルド殿下」


 レオンは瞬時にハルニアを背へ隠し、鋭い殺気を放った。


「禁制品か。王族の私邸へ無断で踏み込むとは、いい度胸だな」


 男は刺青を歪ませて笑った。


「我が主人より商談です。本物の皇女殿下の価値について、ぜひ」


 レオンの瞳から温度が消える。

 だが、ハルニアはその背後から一歩前へ出た。


「その話は、わたしにも関係があります」


 密使を真っ直ぐ見据える。


「聞かせていただきましょう」


 密使は薄く笑い、慇懃に一礼した。


「改めまして、アキ共和国商業連盟議長、ザハル・ヴァルガスの代理人でございます」


 懐から重厚な書状を取り出す。


「近々開かれる三カ国和平会談への招待。ハル、ナツ、調停のアキ。『本物の皇女』を擁するハル国には、好機でしょう」


 ――嘘だ。

 死の商人ザハル・ヴァルガス。

 戦場で死を売ってきた商人が、平和を願うはずがない。


「魚が水を嫌うってんなら、信じてやってもいいけどな」


 レオンの冷たい視線を受け、密使は薄く笑った。


「では、国境の中立都市で、お待ちしております」


 次の瞬間。

 男の姿が、裂けた空間の闇へと消えた。


 直後、離れの木扉が叩かれる。

 王妃エレノアの側近だった。


「レオンガルド殿下。王妃様がお呼びです。……アン殿も、ご同行を」


(来たな……この時が)


 レオンは喉を鳴らしハルニアの手を引いた。

 緊張で身を固くする彼女に、穏やかに微笑みかける。


「大丈夫だ。俺がついてる」


 王宮最深部、王妃の間。

 歴代王家の功績を描いた色鮮やかなタペストリー。

 気品あふれるシルクのドレスを纏ったエレノア王妃。


 だがその瞳は、刃のように鋭かった。


「アン、と言いましたね」


 側近が一歩進み出る。


「照合は完了しております。魔力波形、水への反応。ナツ皇国ハルニア皇女で間違いございません」


 空気が凍った。


「母上、彼女には記憶が――」


「私はハル国を預かる身です。記憶の有無は関係ありません」


 淡々とした声だった。

 王妃はハルニアを見据える。


「あなたが本物であることは、疑いようがない」

「つまり、昨日、我が国へ宣戦布告した『ハルニア皇女』は偽物です」


「……っ」


「そして、もう一つ」


 王妃は、静かに言葉を続けた。


「ハル国が厳重に管理していた竜の力。それが、あなたが現れた同じ日に失われました」


 ハルニアの肩がぴくりと揺れた。


「その力を、今、あなたが宿している」


 静かな声が、逃げ道を塞いでいく。

 王妃は目を細めた。


「偶然にしては、出来すぎています」


 ハルニアは拳を握る。

 記憶はない。

 だが、痛いほど辻褄が合う。


(やはり、わたしはここにいてはいけないのだ)


「ひとたび竜の力が暴走すれば、被害はこの国だけでは済まない」


 王妃の声が低くなる。


「戦争どころか、世界そのものが滅びる可能性があります」


 その言葉に、レオンが一歩前へ出た。


「だからこそ、アンをここに置いてください」


「……何ですって?」


「俺が見張ります」


 エレノア王妃の眉が僅かに動く。


「あなた一人で?」


「俺が彼女のそばにいる。力が暴れたら、俺が止める」


「止められなかったら?」


 レオンは答えなかった。

 それでも、ハルニアの前から退こうとはしない。


「それでも、俺はアンに側にいてほしい」


 王妃は息子を見つめる。


「あなたは、この少女を信じるのですか」


「……その通りです」


 レオンもまた母を見つめた。


「じゃあ、あなた自身が証明しなさい」


 王妃が手を上げる。

 側近が、古い銀の小箱を差し出した。

 蓋が開く。

 中には、一対の指輪。


双星(そうせい)縛鎖(ばくさ)


「それは、あなたの命を担保にする契約具です」


 レオンの表情が変わった。


(……まさか、実在したのか)


 子供の頃、母から聞かされたことがある。

 互いの魔力を繋ぎ、一方の暴走をもう一方が引き受ける禁忌の契約。


「これをハルニアと共に身につけなさい」


 王妃は、息子ではなくハルニアを見る。


「あなたの命を懸けて、この少女を制御できると証明するのです」


「やります」


 レオンは迷いなく指輪を手に取り、自らの左手薬指にはめた。

 指輪は生き物のように肌へ馴染み、淡い光を放つ。


「殿下! なぜそんな呪いを自らっ!?」


「呪いなんかじゃない」


 レオンは穏やかに微笑んだ。


「お前を絶対に死なせない。化け物にもさせない。そのための誓いだ」


 真っ直ぐ彼女を見つめる。

 ハルニアの手が、震えながら指輪へ伸びる。


「待ちなさい。この契約の意味を、まだ理解していませんね」


 鋭い声が響いた。

 王妃の瞳から、温度が消える。


「竜の力が暴走した時、負荷はレオンへ流れます。つまり、あなたの内に眠る『竜』が目覚め、その力が暴走した時――」


 重苦しい沈黙。

 王妃は、真っ直ぐにハルニアを見据え、言い放った。


「――最初に死ぬのは、レオンです」



(第12話・完 ―― 第13話へつづく!)







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。