第十六話 賢き者の心の内は
「あ、テ、テスタス君。アリッサさんがお菓子作ったんだって、それで、これ、お裾分け・・・。」
「そうか。」
「あ、あの、よかったら一緒に食べない?美味しいお茶があるんだ。」
「いや、遠慮しておこう。」
「あ、そ、そっか・・・。ごめんね。」
あれからというもの、こんな感じだ。
ドヤネンはどうにも俺の機嫌をとろうとしているように感じる。
だが俺は俺で今まで通りに会話することができなくなっていた。
あの誇り高い精神を持つ男に、もし見限られでもしたらと思うと、つい避けてしまうのだ。
こんなことをドヤネンに知られたら、奴はどう思うだろうか。
良くないとわかっていながらも素直に行動できない。
俺は俺自身の心がコントロールできていないようなのだ。
・・・俺もまだまだ修行が足りない。
数日後、俺たちは町を出てまた旅路につく。
あの日から俺の心は奴によって狂わされている。
今も奴のことをつい目で追ってしまうのだ。
「ア、アリッサさん、あ、あの。お菓子美味しかったよ。ありがとう。今度、よよかったら作り方とか、その、教えてほしいな、なんて、はは、ダメかな、やっぱり。」
「え、あ、ありがと。あれはね、えっと・・・・」
ドヤネンとアリッサが話している。
アリッサは俺より早くからドヤネンのことを評価していた節がある。
あの控えめな態度から人を的確に見抜いていたのだ。
もしドヤネンと結ばれるのならばアリッサのような人間こそ相応しい。
・・・それはそれとしてドヤネンが誰かと親しげにしているのを見ると無性に腹が立つ。
俺は足元にあった石を憂さ晴らしに遠くに放り投げた。
全く・・・、本当に何をやっているのだ、俺は。
そう思っていた時、
「きゃ!・・・」
「うわっ!」
ジャスティーンと共にすぐそばを歩いていたリーシアがいつものように何もないところで躓き、リーシアの声に何事かと振り返ったドヤネンを押し倒すように二人で倒れこんだ。
「ご、ごめんなさい・・・。あれ?ドヤネンさんは・・・?」
「モゴ、モガ・・・!」
「リ、リーシア、下。はやく、どいてあげて・・・。ドヤネン君が、窒息しちゃう。」
なんとリーシアは勢い余って倒れたドヤネンの顔の上に座り込んでいたのだ。
一体全体どうしてそうなったのか、見ていた俺ですらよくわからない。
「え?あ、す、すぐどきます。・・・きゃ、そこは・・・。」
リーシアが立ち上がるために体勢を直す動きをしていたようだが、どうやらそれはドヤネンを下敷きにして臀部を擦り付けていたようだ。
呼吸のできなくなったドヤネンはたまらず手をバタつかせたが、それは謀らずもリーシアの体を弄る行為に違いなかった。
「あ、ちょ・・・、ドヤネンさん、そこはダメ、ですぅ・・・。」
「いいから、リーシアは早く、どいて・・・。」
リーシアを急かすアリッサ。
その様子を「仲がいいですね。」と微笑ましく見守るジャスティーン。
その間にドヤネンの手足のバタつきは段々と力ないものになっていっていた。
!これは・・・。あいつらは何をやっているんだ。
こんな時にドヤネンと戯れおって・・・。羨ましい。
その様子を一人見ていると、
「―――――――――――?」
いつの間にか近くに来ていたノコに話しかけられた。
「ああ。」
視線の先にはわちゃわちゃとしているドヤネンたち。
とりあえず同意しておけばいいだろう。
「――――、―――――?」
「ああ。」
何と言っているかはわからないが、大体想像はつく。
「今までは見逃してやっていたが、もういいだろう。ギガスエンデの準備を頼む。残念だが、楽しい時間はここまでだ。」
俺は魔法の詠唱を始めた。
隣のノコも戦闘態勢をとった。
俺たちのいくらか前を歩いていたドヤネンたちは俺が魔法を使っているのに気づき、こちらを振り向いた。
全く・・・、呑気なものだ。
「アークフレイム!」
俺の放った魔法はドヤネンたちの元へ飛んでいく。
それを見てドヤネンは咄嗟に身をかがめたが、ジャスティーン達は魔法とは背を向けた。
・・・ドヤネンよ。俺は今、激しく傷ついたぞ。
「ギャーーーーーーーー!!!」
俺の魔法はほどなくしてドヤネンたちの先にある岩に着弾した。
すると岩はドロリと溶けながら汚らしい悲鳴を上げる。
いや、溶けたのではない。動いたのだ。
「気をつけろ!モンスターだ。岩に擬態している!」
俺の声に、伏せていたドヤネンが頭を上げて周囲を見回す。
・・・傷つくぞ、ドヤネンよ。
「カッカッカ・・・、よく気づいたなぁ。流石は噂に名高い賢者テスタス。」
「―――――――――――。」
俺の心はズタボロだ。
「え?囲まれてる?いつのまに。」
「まさか周囲の岩が全部モンスターだったなんて。」
お前は俺のことを信じていないのだろうな。だからああやって身を低くしたのだろう?
「――――――――――。―――――――?」
「俺様は魔王軍四天王テグ・テラ様直属の戦士、カマルカマサ様だ。」
ジャスティーン達は俺の意図を汲み取ってくれたのに。今となっては誰よりお前に理解してほしかったぞ、ドヤネンよ。
「敵が・・・どんどん増えていく?もう百体を超えています。どういうことなのでしょう。」
「カッカッカ、俺たちは魔王軍の掃除屋、勇者と言っても俺たちの術中にハマれば赤子も同然。ここが貴様らの墓場となるのだぁ、カーッカッカッカ。」
「・・・一人で盛り上がっているところ悪いがな。カマ・・・なんとやら。もうタネは割れているんだ。」
「カマルカマサ様だ。自分を冥土に送る者の名も覚えられんとは、賢者と言えども死の間際はやはりただの人間よなぁ。」
「もうタネは割れていると言った。ジャスティーン達、手近な奴らを処理しつつ早くこちらへ。リーシアは防御結界を。」
「なんだ?悪あがきかぁ?」
「カマなんとやら、随分と理解力が低いようだな。お前の名前など覚える価値もないのだ。・・・ノコ、頼む。」
「――――――!!!!」




