戦う退魔部
土曜日の朝、私は先輩たちを自宅に集める。
「これから、魔物化した花田さんの退治任務を開始します!」
号令をかけると、先輩方は「おー!」と声を上げた。
警察官の報告によれば、花田さんは魔物化した後けたたましい悲鳴を発し、警察官1人を失神させ逃亡したらしい。
「とは言っても……どこから探したらいいんだろう?」
猿方先輩が肩を落としながら呟く。現在私と麗華さんの式神が飛行しながら姿を探しているが、まだなんの報告も来ておらず情報が少ない。
3人で唸っていた時、「やっぱりここは……花田さんを調べるのがいいと思います!」と提案してみる。
「そうだね。魔物になっても元は人間だし……行動パターンを読むためにも必要だ。」
それから、私たちは花田さんのSNSを片っ端から見漁った。主に彼の印象は変わらない。「クズなので苦手な人ブロック推奨」とプロフィールに断りを置いて罵詈雑言を呟き、「寝ぼけてるから」と言いながらスペースでセクハラ発言。
(こりゃ……見る側のメンタルまで削られていくな。)
全員が胃の辺りをさすりはじめた頃、猿方先輩が「あれ」と呟く。
「どうしましたか?」
「フォロワーを辿ってて見つけたんだけど……ほら、このアカウント!部屋の感じがフリマアプリの魚拓と似てない?」
猿方さんが共有してくれたアカウントを除くと、確かにそこには花田さんの部屋らしきものが投稿されていた。
(2年前に更新が止まってる。)
「花田って人、植物が好きだったみたいだね。これ近所の植物園の花でしょ?」
花田さんのものらしきアカウントには、大量の植物の写真と解説が投稿されている。こちらのアカウントでの彼の挙動は普通……いや寧ろ、丁寧な人柄すら感じさせた。
植物の解説はもちろん、授業のどこが難しかったとかそんな内容の投稿ばかり。
「ねえ」とふいに加賀魅先輩が声を上げ、スクリーンショットをグループチャットに送る。
そこには、「真面目に学校行ってるだけなのに、なんでこんな目に遭うんだ」「宿題くらい自分でやれよ。」という愚痴のような呟きが表示されており……最後のスクリーンショットには、「俺も、奪う側になりたい。」と書かれていた。
「…………」
花田さんの身に何が起こったかまでは察せないが、何か強い負の感情のようなものをこの呟きから感じてしまう。
「……他に……情報もないし。植物園に行ってみませんか?」
私が尋ねると、先輩方は全員頷いた。
とりあえず耳栓だけ近くの100円ショップで買い、植物園へと向かう。
「うわ!?」
植物園の周りでは観客や警備員が倒れており……植物は元気をなくしたようにしおれていた。
「何これ……思ったよりやばいんじゃないの?」
青い顔で呟く麗華さんを見て、息を飲む。かなり経験豊富であるはずの彼女がここまで動揺するほどの事態が今、植物園では起きているのだ。
怯んでいた時、植物園の硝子が揺れるほどの悲鳴が聞こえてくる。あれを聞くと、人間は気絶してしまうらしい。
「マンドレイクだ!初めて見た……周辺の植物から栄養吸いまくるしうるさいしでかなり厄介な魔物だよ。あの悲鳴防がないと退治はまず無理だね。」
麗華さんの解説を聞いて、加賀魅先輩は
「俺、魔法で完全ノイズキャンセリング耳栓作れなくもないよ。……ただ、俺が遠隔で魔力注いでないといけないから1人分だけだけど……」と提案してくれる。
「それなら加賀魅君本人が付けるのがいいんじゃない?」猿方先輩が疑問を口にし、それに加賀魅先輩が「いや……俺は魔力注ぐので精一杯だから戦闘はできない。……どうする?」と答えた。
全員で顔を見合せていると……
「何してんのお前ら、こんなとこで。」と聞き覚えのある声が響く。
勢いよく振り返り、「遥……!?」と声を上げた。
彼はバラの植木鉢を抱えながら「あれ、てか何だこの状況。」と呑気な発言をしている。
「遥!良かった……!あのね、あの魔者に今困らされてて……!通りすがりで申し訳ないけど、助けてくれない?」
ダメ元でお願いする私に、案の定「は、なんで。」と塩対応をかましてくる遥。
「あいつ……朱天君を騙して利用したり、毒盛ろうとしたりしたの。絶対倒したくて……」
言うと、遥は目を見開いてから「……わかった。」と呟く。
「……!ありがとう遥!」
「あの魔物の声、超音波っぽいから遥が近付くとワンチャン吹っ飛ばされるかもよ?証拠に、あいつの近くに誰も倒れてないし。」
加賀魅先輩の分析を頼りに、私は作戦を頭の中で組み立てた。
「麗華さん、式神であの魔物の口……塞いで欲しいんです。できますか?」
「え?できるけど……あんなでっかい声で鳴いてたら一瞬しかもたないよ?」
「一瞬で十分……だと、思います……!ね、遥。」
目配せすると、遥は「当たり前だろ、誰だと思ってんだ。」と返してくる。
加賀魅先輩の作った耳栓を遥に渡すと、麗華さんは大量の式神を呼び寄せ魔物の口を塞ぐ。
その隙に遥がバラの植木鉢を抱えたまま中に入り、それを地面に置いた。
遥がバラの上に手をかざすと、風邪がふわりと彼の髪を巻き上げる。次の瞬間、バラの根が植木鉢を貫通しどんどんと大きくなっていった。
「邪魔な雑草を駆除するにはさ……更に生命力強い植物植えて枯らすのが1番だろ?」
薔薇の根は口を塞がれた花田さんに巻き付き……まるで吸血鬼に血を吸われたみたいに養分を吸い取られていく。
式神が口から剥がれる頃には、悲鳴をあげる元気すらなくなっていた。
「お前が何の植物なんだか知らないけど、吸血鬼に勝てると思うなよ。」
遥が言うと同時に、花田さんの頭の上に大きな赤い薔薇が咲く。
花田さんの体はみるみる萎み、元の人間の姿に戻って行った。
「……ふざけんな……!お前ら、茂木といるってことは鬼丸の仇でも討ちにきたのか……?なんでそんなことされなきゃいけないんだよ!あいつは……強者、奪う側だろ!
ちょっと奪われたり傷つけられたくらい何でもないくせに……!」
花田さんが恨みの籠った声を荒らげると、遥は蔦で花田さんを拘束してから「お前、本当にそう思うのか?鬼丸が人から何か奪う奴だって。」と冷たい瞳を向けながら言い放つ。
「……!」
「……あいつは誰より奪われる側の痛みがわかる奴だから……お前も、余計なこと考えてなきゃ今頃友達になれてたかもな。」
遥はそう言い捨て、こちらに戻ってくる。
「遥……!助けてくれてありが……」
「バラの株代、2000円な。」
駆け寄ろうとする私に、遥はピシャリとバラの金額を言い渡した。
思わず硬直してしまったが、私はすぐに我に返り「返す!返すからちゃんとメッセージ返しなさいよ!ブロックも解除してよね!」と吐き捨てたのだった。
★ ★ ★ ★
――夜、花田は病院のベッドで目を覚ます。霞む視界の先では、カーテンの向こうで花田を覗いている人影が見えた。
「……目、覚めたか?」
聞き覚えのある声が聞こえてきて、「鬼丸……?」と呟く花田。
「心配したぜ、大丈夫か?……事情、聞いたよ。お前も辛かったんだな。」
彼の言葉に花田は涙を流し「わかって……くれるの?」と口にする。
……しかし、鬼丸らしき人物は何も言わなくなった。
「鬼丸……?鬼丸は、優しいからさ……許してくれるよね、俺のこと。もう、俺たち今まで通り!な!?」
花田が続けると、突然カーテンが開く。そこにいたのは鬼丸ではなく……茶髪の寂しげな目をした青年だった。
「だ……れ?」
「ごめんね、君の事情に共感したから様子を見たけど……やっぱり君は鬼丸君のことを覚えているべきじゃない。一生執着するだろうから。」
青年はゆっくり歩いてくると、花田の頭を掴み「まあ……彼のことは全部、忘れてよ。」と呟いた。




