泣いた鬼丸
私は急いで朱天君へ電話をかける。幸い、朱天君はあっさり電話に出てくれた。
「朱天君!?今日花田さんと帰ったよね!今どこいる!?」
【え?ああ……太一君が俺ん家行きたいって言い出してさ。駅まで来たけど太一君がお土産忘れたとか言ってどっか走ってっちゃったよ。】
「ど、どこの店入ったとか……わかる?」
【そこまでは……あ!今戻ってきた!この前行ったクレープ屋さんの箱持ってるよ。……代わる?】
それを聞いて、首筋にぞくりと悪寒が走る。
(あの店桃フェアやってたし……中身見えないタイプのクレープだったよね?)
「朱天君それ食べちゃダメ!多分中身桃だよ!」
そう訴えると、朱天君は私の必死さに負けたのか【あのさ、俺アレルギーあるから中見ていい?】と花田さんに断った。ガサガサと音がして、一瞬無音になる。
そして、【ごめん太一君、俺これ……食べれないんだ。母さんも。】という言葉で全てを察してしまった。
「朱天君……花田さん、かなり色々その……悪いこと、してて……」
私がはっきり言えずにゴニョゴニョ呟いていると、横で聞いていた麗華さんが「花田は結構退魔師長いから鬼にとって桃が毒とか知らないわけない。ちょっとそっち行くから、朱天君そいつ押さえてて!」と告げてから私の手を引いて走り出す。
(朱天君……こんなのかなりショック受けるに決まってるよ……)
……
30分後、駅に駆けつけると花田さんの姿はなく、代わりに朱天君が立ち尽くしていた。
「朱天君……うそ、逃げられた……!?」
私はすぐさま朱天君に駆け寄る。彼は力ない声で「交番連れて行って、一旦君は帰っていいって言われた……」と答えた。
「あの……ショックだったとは思うけど、大丈夫。えっと……そうだ!私今日送ってくよ。1人だと心細いでしょ?」
私が朱天君の両手を握りながら言うと、彼は何も言わずに頬を濡らす。
「俺……あともうちょっとで、お袋も傷つけてた……かも……。」
朱天君の手は、また震えていた。
「俺が注意したせいだ……話のわかる相手だって、信用して……!」
「……朱天君が言わなくても、いつか誰かが花田さんを咎めることになったと思うよ。当たり前のことで怒られてここまでするのは、あっちが異常なの。」
「……太一君……言ってた。自分はできるからって当たり前にそれを求められてムカついたって……俺、またマウントしてたのかな?」
珍しく弱気になっている朱天君。だが、これは純粋にショックで泣いてるわけではない。恐らくは――過去のトラウマごと蘇ってきて正常に思考が働いていないのだ。
「あのね。何注意したかは知らないけど花田のことだしどうせ遅刻とかしたんでしょ?遅刻するなとか別に高い要求じゃないから。マウントでもなんでもない!……今日は帰った方がいいか。
桃ちゃん、朱天君送ってあげて。」
私は麗華さんに頷くと、朱天君を連れて以前お邪魔したスポーツ店を目指した。
……
道中、俯いたままの朱天君が「……実は薄々、気付いてたんだ。俺がなんでもできること嫌がらないっていうか……都合よく利用されてるって。」と呟く。
「そ……だね。後出しになって申し訳ないけど、私も今日の2人見てちょっとそう思ったし、加賀魅先輩も心配してた。」
轟鬼の奴らとは別ベクトルの悪人だ。配布された退魔道具を売りに出す所から見ても、あの男には努力せず恩恵にあやかりたいという思想が強く染み付いているのだろう。
「こういうの……実は、初めてじゃ……なくて。中学の頃、授業で描いた絵を先輩にパクられたり……読者感想文も真似されて揉めたり、とか。」
聞いてるだけでギュッと胸が締め付けられた。考えてみれば、こんなことが初めてだったはずがない。
嫉妬されて、利用されて――その顛末まで容易に想像できる。
(きっと最後は、朱天君が飲み込んだんだ。)
「なんか……もう、俺……さ。全部やめようかな?色んなこと……!俺が被害被るならいつものことだけど、お袋まで巻き込むことになったら……!俺……!」
私は涙声で言う朱君の方に振り返り、背伸びをして顔を両手で包む。
「やめなくていいの!言ったでしょ、退魔部の皆が……い、今は私だけだけど……私が朱天君を守ってあげる!今日だってそうだったじゃん!」
そう訴えてから、顔を引き寄せ抱きしめた。
「朱天君に必要なのはさ……『俺が我慢すればいい』って思うことじゃなくて、『しんどい時は人を頼る』ことだと思うの。」
「でも……桃は女の子なのに俺、情けなくない……?」
「女の子に守られちゃだめ、とか、強いから被害者になっちゃだめなんてルールはありません。」
朱天君の頭を撫でながら言うと、彼は私の背中に手を回し抱き返してきた。
「おわ……!」
「好き……やっぱり俺、桃のそういうとこにめっちゃ弱い。」
無意識だろうが耳元に息がかかり、いつもここまで弱気にならない朱天君とのギャップも相まって動悸が早くなる。
(苦しい……けど、苦しいと言ったらまた泣いちゃいそうだし、我慢だ。)
朱天君の抱擁は力強く、少し息が苦しくなるほどだったが……意外と悪い気はしない。
そういえば夏、私は朱天君に「傍で守りたい」と告白されていたっけ。
(関係、反転してるし。)
少し可笑しく思いながら朱天君の頭を撫でていた時、スマートフォンに着信が入る。
(麗華さんから?)
取ると、麗華さんが焦ったように【桃ちゃんやばい……!花田、急に魔物化して逃げたっぽいよ!】とスマートフォンの向こうから言い放つ。
「は!?あの人普通の人間でしょ!?魔物化なんてできるわけ!?」
【闇の魔力をかなり吸収すれば、できないこともない。あいつもしかしたら難しい任務ばっか受けてたしそこでかなり影響受けてたのかもね。……退治命令出てるけど……どうする?】
尋ねられ、横手聞いていた朱天君がなにか言葉を発しようとしたのを見て口を塞ぐ。
「退治しよう!朱天君の気持ちを踏みにじる奴は……退魔部一同が許さない、でしょ!」
威勢よく答えると、麗華さんはご機嫌な様子で「だね!」と返事をした。




