会いたい
橘は桃子を外したことにより、加賀魅のメンタルが落ちていることを心配していた。
加賀魅は毎日「茂木さんが足りない」と泣き、撫でてやると一時的に良くなるものの、効果は持続しない。
(勢いのある中だし勿体ないけど、彼も1度休ませようか……)
そう悩んでいた時、橘と面会したい男がいると連絡を受ける。
「アポも無いし忙しいので、後になさってくださいと……」
橘が答えようとしたとき、オペレーターが「茂木さんの代わりに来たとかなんとか……加賀魅さんにも確認が取れてます。」と言うのでしぶしぶ通した。
そして、現れた青年を見て橘は絶句する。
「すみません!茂木桃子の代打で来た者ですが。」
ピンクの髪に黒のメッシュ、ルビー色の瞳。どこからどう見ても演者側の見た目をした青年は、柔らかい笑みを浮かべていた。
★ ★ ★ ★
――あれから2週間が経ち、私の代わりに就いたらしいイケメンスタッフの活躍により、加賀魅先輩の業績は上がっていく一方らしい。
(やっぱり、先輩の隣は私じゃない方がいいんだ。芸能界には可愛い子沢山いるし、そういう子と結ばれた方が先輩だって幸せだよね。)
私は暫く学校にも行けておらず、布団にくるまり1日を過ごしていた。
そんな時、一通のメッセージが届く。誰からだろうと怯えながらスマートフォンを手に取ると、それは加賀魅先輩からの連絡だった。
【あのさ……最近外出れてないんだって?心配。今度の土曜日、茂木さんにプレゼントしたいものがあって……この住所まで来て欲しい。俺、待ってるから。】
加賀魅先輩は今、アイドル売りでスターダムを駆け上がってる最中だ。これに私が同意したら……また迷惑をかけてしまう。
【行けないです、ごめんなさい。】
そう返すと既読は付くものの、返信は来ない。
「……なによ、送るだけ送って、私のメッセージは忙しくて返せないわけ。」
少し拗ねつつ携帯をスリープさせ横になる。
「桃ちゃーん、お散歩くらい出ない?本気で心配してるんだけど。」
麗華さんは私の部屋のドアを叩き、そう声をかけてくれた。
「すみません、とてもそんな気分にはなれません。」
そう答えると、いつものように布団の中で蹲る。そろそろ一体化しそうだ、そう思って目を閉じた時。
「どうもー、お邪魔しまーす。」
インターホンを鳴らしてからノータイムでドアを開ける音がしたかと思えば、聞き覚えのある声が響いてくる。
「は!?ちょっと遥君、いままでどこに……!ていうか勝手に入らないでくんない!?」
「はいはい、後で聞きまーす。……おい、来てやったぞ。久しぶり。」
ドアの向こうから遥の声がして、私は「2ヶ月無視してた癖に急に家来ないでくれる?」と震えた声で言う。
「だって桃ちゃんのお母さんに聞いたら勝手に入っていいって言うから……お前だって家凸ってきたじゃん、何で僕はだめなの。」
正論を返され、私は黙ることしかできなくなってしまった。遥はドアの向こうから「出てくんならちょっと話してやる、出てこないなら今日は帰るけど。」と口にする。
私はそれを聞いて、髪を手で整えてから急いで部屋を出た。遥と麗華さんはそれを見て嬉しそうに微笑んでいる。
とりあえず遥をリビングに通すと、私は遥の話を聞くことにした。
「……何で私のこと避けてたのよ。ずっと部活にも出てなかったし。」
唇を尖らせ言う私に、遥は「別に避けてないし、お前の自意識過剰〜。忙しかっただけ。」と無愛想に答える。
「忙しかっただぁ?一体何してたわけ。」
麗華さんが呆れた様子で疑問を投げかけると、遥は「桃ちゃんの代わりに加賀魅先輩のサポートをしてたの。」と言った。
「は!?……ま、まさか……ネットで話題になってた『イケメンスタッフ』って……遥のこと!?」
声を荒らげる私に、遥は軽く「ピンポーン!」と返す。
イケメンスタッフについては橘さんからもたまに共有されていた。「とにかく仕事ができるし、ファンのいさめ方も上手くて助かってます。ありがとう。」となぜかメッセージでお礼を言われたので不思議に思っていたが、この感じだと私の推薦で交代したことになっているな……
「まあでも、加賀魅先輩の寂しいゲージはやっぱり桃ちゃんじゃなきゃ100パー埋められないからさ?会ってやんなよ、加賀魅先輩に。」
遥に言われ、私は俯きながら「でも……また迷惑かけちゃったら、怖いし」と呟く。
「あー……変なやつらが言ってるあれ?加賀魅先輩ってバズからファン獲得してるでしょ?ファンコミュニティがまだ固まってないから民度荒れがちなの。別にお前を本気でブスとは思ってないから。」
「そ……れでも、前ファンとか関係ない人からも、加賀魅先輩と私釣り合ってないって言われたし……」
うじうじ気にする私を見てイラついたのか、それまで黙って聞いていた麗華さんが「他人がどう思うかとかどうでもよくない?加賀魅君が桃ちゃんといたがってんだから。桃ちゃんはどうなの?加賀魅君と離れたいわけ?」と尋ねてきた。
「……たく、ないです……」
小さな声で言うと、麗華さんは「なあに、大事なことは大きな声で話して。」と聞き返す。
「離れたく……ないです……!先輩はずっと、誰より私のこと、よく見てくれてて……!絶対、忙しいのに……!心配、してくれて……私……会いたいです、加賀魅先輩に……!」
ポロポロと涙が溢れ、私は子供のように泣きじゃくりながらそう口にする。
「加賀魅先輩も『茂木さんに会いたいよー!来てくれなかったらどうしよー!』とか言って泣いてたぞ。なんだかんだお似合いじゃん、あんたら。」
遥の言葉を聞いてふと、激変した自分を見て加賀魅先輩に過去言われた言葉が頭に蘇った。
『お似合いだね、俺たち。』
加賀魅先輩からしたらなんの気なく発した言葉かもしれないが、彼に似合う女かどうかなんて気にするまでもなく、私はもうずっと前に欲しい言葉を貰っていたではないか。
「……そう、だね。」
「明日の9時に横浜まで向かうぞ。」と遥が言うと、私は「あれ……早くない?先輩は12時だって言ってたのに。」と訂正した。
「事情があんだよ。……なあ。」
それまでご機嫌だった遥は、突然真剣な顔で私を見る。
「な……なんですか。」
「お前って加賀魅先輩のことどのくらい好き?……例えば、先輩のあげたいものが婚約指輪だったとして。受け取りたいって、そう思うか?」
「こっ婚約指輪!?そんなのあるわけ……!」
「自虐はいいから、どうなんだよ。」
遥があまりにも真に迫った様子で尋ねてくるものだから、私は「……受け取る、と思う。」と口にした。
その答えを聞いて、どこか満足そうに微笑む遥。この男は結局、その質問の意図を教えてはくれなかった。
……
――後日、私はタクシーで横浜まで向かうと、まるでお城のようなチャペルの前で下ろされる。
「えっ……待って何ここ!?」
遥は問答無用で喚く私を引きずると、チャペルへと連行した。扉を開けた先では、橘さんと見覚えのあるスタイリストさんやアシスタントさんがスタンバイしている。
橘さんは私を見るなり「茂木さん!お久しぶりです!遥君に概要は聞いてますよね、どうぞパウダールームへ!」と早口で促す。
そしてパウダールームに入った途端……スタイリストさんとアシスタントさんが私を囲み、採寸が始まった。
「……待って、何も聞いてないし!説明して……遥ぁ!後で覚えてなさいよ!」




