もうひとつの夢
私は夢野沙織についてスマホで検索する。現在彼女は28歳、加賀魅先輩を産むことは不可能だ。
「もー!せっかく15歳もサバよんでるのに、母さんなんて言ったらバレちゃうじゃない!」
頬を膨らませながら言う夢野さん。
(43歳……うそ!?20代にしか見えないのに!?)
「ネットニュース見たよ祐輔、やっと夢魔らしいことに興味持ってくれたんだね……後ろは、エサかな?」
夢野さんは私と朱天君を見てそう尋ねてくる。
「エサ……?友達じゃなくて……?」
朱天君が困惑したように呟いた。私も同じ疑問を持っているが、インパクトが色々強烈すぎて頭がついて行かない。
「違うよ、友達と……俺の好きな人。」先輩が淡白に答えると、夢野さんは私を見て「え!?この子お!?やだやだチェンジ!もっとお人形さんみたいな娘が欲しい〜!芸能界にはもっと可愛い子沢山いるよ?」と口にする。
(うわぁ……初対面でこの言われよう……)
先輩はムッとしてから「もう帰るから、話しかけんな。」と言って去ろうとした。
その時「芸能界に来たってことは結局、普通の恋がしたいとか言って食欲には抗えなかったんだ。やっぱりあなたは夢魔なんだよ祐輔、どんなに純真ぶったってね。」と、夢野さんが凍りつきそうな程に冷たい瞳を向けながら言い捨てる。
加賀魅先輩は私と朱天君の手を引き、「ほっとけよ、あんなの。」と口にしながらテレビ局を出た。
帰り道、朱天君は気まずそうに加賀魅先輩を見つめている。流石に「あれなんだったの?」とは聞きづらい雰囲気だ。
すると、ずっと黙っていた加賀魅先輩が口を開き「俺、夢魔だけど……夢魔特有の、愛情倫理ぶっ壊れてる感じ?大っ嫌いで家族と仲悪いんだよね。」と教えてくれる。
そういえば、先輩はバイトをしながら一人暮らしをしていた。普通の恋がしたい加賀魅先輩と、恋愛感情が食欲に直結する夢魔。
確かに相反する2つだ。相性が悪いのも頷ける。
「俺……いつか自分の幸せな家庭を持つのも夢なんだ。子供を人形扱いしないし、皆がお互いを大好きで、義父とも義母とも仲良しな、そんな家族。」
先輩が夢を語ると、朱天君は「退魔部みたいな感じね、いいじゃん!」と言ってニカりと笑った。私もそれに続いて「先輩は優しいから、きっといいお父さんになれますよ。」と励ます。
加賀魅先輩はそれを聞いて、「ええ……そ、そう……?」と言いながら真っ赤な顔で髪をかき上げた。
……
その後、私と橘さんのケアもあってか加賀魅先輩は順調にキャリアを積んでいく。
バラエティに出れば「面白すぎるイケメン」と話題になり、モデルをすれば雑誌の売り上げが爆増し、ドラマに出れば演技力まで高評価。一躍時の人だ。
(これなら卒業してからも安定した生活が出来そうね。)
しかし、そう安堵していた私は突然橘さんから呼び出される。
不安に思いながらも、私はTIMEプロの事務所へと足を運んだ。
「お邪魔します……」
こわごわ挨拶をする私に、橘さんは「怖がらせちゃってごめんね。どうぞ座ってください。」と微笑む。
「改めて確認なんだけど……茂木さんは加賀魅君の恋人なのかな。」
橘さんは座るとすぐに、とんでもない疑問を投げかけてくる。
「え!?いえ、本当に違います!」
答えると橘さんはどこか残念そうに眉を下げ「そうですか。……実はね、加賀魅君の話題性が想像よりも高いことを鑑みて、本格的にアイドル売りをしないかと話し合っているんです。しかし、アイドルは恋愛ご法度がセオリーですから……」と言って、口ごもった。
「なるほど、それで確認が必要になったんですね。」
「一応、茂木さんは真面目ですし大丈夫とは思いますが……SNSで関係を匂わせたり、プライベートで人目の着く所に出かけるのは極力控えてください。もし遊ぶ時は、私に相談を。」
そこで話は終わる。――もう先輩は、私にとってただの友達ではない。
沢山の大人が期待をかけるだけの逸材で、女子と遊んでいる所など絶対に見られてはいけない人になったのだ。
(うーむ、遠くに行っちゃったな。……手伝いも、いつまでできることやら。)
橘さんと話した後日、私は加賀魅先輩のテレビ出演をサポートすべくテレビ局まで向かう。
そして無事番組出演を見送ると、加賀魅先輩を関係者出口まで誘導した。
そして細い路地を抜けたところで「ねえほんとに出てきたんだけどー!あんたやばくない!?」と黄色い声が聞こえてくる。
それは、巧妙に帰宅ルートを押さえていたファンのようだった。
「……大丈夫、茂木さんは隠れてて。俺が対応するから。」
ファンの子達はピンクと黒のヒラヒラした衣装に身を包み、うちわを持ちながら加賀魅先輩を見てぴょんぴょん跳ねている。
「君たち、こういうの迷惑だからやめて。次やったら警備に連絡するから。」
加賀魅先輩が注意しているのに、ファンの子たちは「きゃー!ねえ!話しかけられた!」などと盛り上がっていた。
(何……あれ。好きな人が注意してるのに聞く気0じゃん。)
出ていきたいが、あの女子たちにあることないこと拡散され加賀魅先輩のキャリアが終わるのは避けたい。私は橘さんに連絡しようとスマートフォンを取り出した。
するとその時、「写真で見るよりイケメン!もおー!吸い寄せられる♡」と言う声と共にファンの1人が加賀魅先輩の肩を押す。
瞬間、先輩の顔が真っ青に変色するのが見えた。
加賀魅先輩はもう魅了を封じられている。しかし、女性に対する恐怖が完全に消えているわけでない。
(最近やっと、克服できそうだったのに……!)
いてもたってもいられず、「すみません、やめてください!」と言って飛び出す。
女子たちは冷ややかに私を見て「なにこいつ……怖……」と呟いた。
「あの、加賀魅は女性に触れられることが得意じゃないんです。……失礼します!」
私は加賀魅先輩の手を引き、逃げるように立ち去る。身を翻した時一瞬カシャリと音がした気がしたが、気にしている余裕はなかった。
「……ごめんなさい……余計なことして。」
タクシーの車内で、私は何度も繰り返す。
「だからー、言ってんじゃん。茂木さんは俺を守ってくれたんでしょ、謝られたら悲しい。」
加賀魅先輩のフォローも耳に入って来ないほどに、私は自責の念に駆られていた。
――当然、あの時撮られた写真は拡散され問題になる。
過激なファン層からは「このブス何様?」等の辛辣なコメントが寄せられていたが、晒した側が出待ち常習犯ということもあって大多数は「出待ちした上に未成年を晒したマナーの悪いファン」として相手側を咎める意見が多かった。
とはいえ、私は少数の悪意に満ちた意見にメンタルをすり減らす。
そして、とうとう橘さんに呼び出しを食らってしまった。
「災難でしたね、まあ、座って。」
促されるまま座ると、私は橘さんに「茂木さん、一旦現場から外れようか。」と言い渡される。瞬間、世界が切り離されたような感覚に襲われ橘さんの言葉が入って来なくなってしまう。
『というのも、あなたに敵意を持ってるファン層から過激な殺害予告ともとれる呟きを確認しまして。茂木さん未成年だし、私はそれを守る義務がありますから、法的措置が落ち着くまでは……』
(迷惑……かけちゃった。橘さんにも、加賀魅先輩にも。)
その後、私は橘さんに何度も「ごめんなさい」と謝った後で逃げるように帰宅した。
そしてよせばいいのにSNSで自分へのアンチコメントを覗いてしまう。
【このスタッフ加賀魅君に合ってなさすぎ。全員イケメン配置してよ、頼むTIMEプロ!】
そんなコメントを目にして、私は無言でスマートフォンの電源を切り、布団の中に籠ったのだった。




