寂しい気持ち
加賀魅先輩に「俺契約とかよくわかんないから」と言われTIMEプロの事務所に同席することとなる。
私は芸能プロダクションへのとてつもない偏見から、かなり身構えていた。
(先輩を騙した金で、チャンネーとザギンでシースーする気なんでしょ。先輩は私が守る!)
しかし、現実のTIME代表取締役は私のような小娘を上座に座らせ、立ったまま「改めまして、私TIME代表取締役の橘と申します。」と頭を下げる。
気が引けて私も立ち上がると「茂木桃子です!」頭を下げた。加賀魅先輩も座りながら「……加賀魅です。」とだけ名乗る。
橘さんは「掛けていただいて大丈夫ですよ。あ、女子高生ならこういうの、好きですかね。」と穏やかに微笑んでから、持っていた紙袋からマカロンを取り出した。
(あ、これ……入り口で売ってたやつ。あんなとこで何してたんだろうと思ってたけど、これ買ってたんだ。ラッピングもないなら……)
「……これ、ご自身の為に買った物なんじゃないですか?」
そう答えると、目を見開いてから「素敵な彼女さんですね。」と加賀魅先輩に言う橘さん。
その時、それまで真剣だった加賀魅先輩の顔が綻んだ。
「さて、本題ですが……加賀魅さんがその気なら、あなたはこの世界で覇権を握れるかもしれません。勿論、見た目だけの世界ではありませんが……そのビジュアルは間違いなく才能と言えます。」
向かいに腰掛けながら、橘さんが切り出す。
「それって、稼げます?」
先程と同じような質問を投げかける先輩に、橘さんは「努力を惜しまなければ、沢山お金が入るようになると思いますよ。」と語った。
「俺、夢魔だけど平気ですか?退治済みではあるけど、一応……」
「ああ、夢魔なのに退治済み?珍しいですね。しかし、それならなんの問題もありませんよ。」
思っていたよりも橘さんはまともそうだ。加賀魅先輩は少しだけこちらを見てから立ち上がり、「……やってみたいです、読者モデル。やらせてください。」と頭を下げる。
(先輩がこんな丁寧に人と接してるとこ、初めて見た。)
芸能界は女性の割合も多く、シビアなイメージだ。それでもここまで先輩がやる気を見せているのに引き止める理由もないだろう。
私は契約書に怪しいところがないかを一緒に確認しながら、契約を手伝うことにした。
帰った後に調べてみたが、橘さんは業界人に「仏」と呼ばれる程クリーンな存在として知られているらしい。彼になら安心して加賀魅先輩を預けられるだろう。
(……思ったより、広い海に出てしまったな。)
……
1週間ほど経った頃、部室にいた朱天君が私を見つけて嬉しそうに手を振る。そして「見てよこれ!先輩めっちゃバズってるし!」と言ってスマホの画面を見せてきた。
画面にはネットニュースが表示されており、「超大型新人!TIMEプロ、絶世のイケメン発掘か。」と書かれていた。
(分かってはいたけど、反応出るの早いなあ。)
「なんかわからんけど、先輩めっちゃモデルやる気なんでしょ?今のうちにサインもらっとかないとな!」
高揚したテンションで言う朱天君。私は「うん」と返事しながらも、心配と寂しさで複雑だった。
(なんかヤバい女の人に捕まってないかな?騙されて飲み会とか誘われちゃったり……)
不安に思っていた時、橘さんから【茂木さん、加賀魅さんのこと心配じゃないでしょうか。良ければ土曜日、彼のお仕事を見学しに来ませんか?】とメッセージが来る。
(橘しゃん……!)
私は目を輝かせながら、【行きます!】と返事をした。
……
「ねえ見た!?さっきそらサブローが手振ってくれた!!」
「友達も連れてきていい」と言われたので、私は悪の業界人との戦闘も考慮し朱天君と共にテレビ局へ向かう。
しかし「先輩を騙してザギンシースーしようとする業界人がいたら許さない」などと言っていた朱天君は、テレビ局に着くなり柄にもなくはしゃいでいた。
今日はバズ熱が冷めぬうちに、話題の人物を取り上げたいと加賀魅先輩にテレビ出演のオファーが来たらしい。私と朱天君はその観覧席にお呼ばれしたというわけだ。
「茂木さん!お忙しい中ありがとうございます。……おや、これまたとんでもないイケメンをお連れですね……」
橘さんは私と朱天君を見るなりそう呟く。
「ああ、えっと……友達の朱天鬼丸君です。」
私が紹介すると、朱天君は緊張した面持ちでぺこりとお辞儀をした。
「実はね、見学に来ないかっていうのは口実なんですよ。加賀魅君、この頃元気がなくてですねー。あなたやご友人を見たら元気が出るかと思ったんです。」
「加賀魅先輩に、マネージャーはいるんですか?」
私が尋ねると、「いいえ。日替わりで担当したり、私が代わりをすることもあります。」と橘さんは答えてくれる。
(社長直々に……)
「ここが楽屋です。今他のタレントは出番でいないので、好きにお過ごしください。」と促され中に入ると、広い楽屋の隅でおおよそイケメンとしてバズったとは思えない間抜けな顔をしながら干からびている加賀魅先輩の姿があった。
「先輩!大丈夫!?散歩は?足りてるの!?」
朱天君は心配そうに駆け寄り、加賀魅先輩の体を揺する。
「朱天君、加賀魅先輩は犬じゃないんだよ!……先輩、どうしちゃったんですか……?」
先輩は私と朱天君を見ると、にこりと力なく微笑んだ。
「茂木さん、鬼丸……!来てくれたんだ……!」
私はその笑顔を見て不調の原因を察知する。朱天君も何かを察したようで、目配せをすると深く頷いた。
「橘さん!加賀魅先輩の不調の原因は……!寂しさです!」
立ち上がり言い放つと、橘さんは「ええ……?」と声を漏らし戸惑っている。
「先輩は静かな環境やコミュニケーションの少ない環境に置くと弱ってしまうんです……!彼専属のマネージャーを雇えませんか!?」私が訴え、
「定期的に撫でてあげれば復活すると思うんです。あでも、先輩が怖がらない善良な人間じゃないと触らせてくれないんですけど……」と朱天君が続いた。
橘さんは困ったように微笑みながらも、「じゃあ、私が加賀魅君の専属マネージャーになります。でもとても忙しいので……茂木さん、私のお仕事を手伝ってくれませんか?」と言う。
「え!?」
「茂木さんはね、人を見る力が強いなって思っていたんです。君が手伝ってくれたら心強いんですが、いかがですか?」
本来ならば「私にはそんなの無理です」と即断っていたことだろう。しかしこの干からびた先輩を見た上で無視はできない。
「や……やります!」私はあまり間を置かずにそう答えた。
……
朱天君と私がしばらく相手をしたおかげで加賀魅先輩は元気を回復し、持ち前の天然でスタジオの爆笑を掻っ攫っていく。橘さんもうんうんと頷き、加賀魅先輩のバラエティ適正を確信していたようだった。
収録も終わり、久しぶりに朱天君と私、加賀魅先輩の3人で帰宅することになる。
迷いながらも何とか関係者用出入口を見つけると、長い手足に少女のようなあどけなさと色気が共存した甘いマスク、サファイアのように深い青の髪をなびかせた美女が入り口から現れ、こちらに向かい歩いてきた。
そして美女はこちらを見てから、とても嬉しそうに目を見開く。
「祐輔!」
加賀魅先輩を下の名前で呼びながら突然抱きつく美女。その声ですら、鈴の鳴る音のように澄んでいる。
(と、とんでもない美女が先輩に抱きついた……!)
呆気にとられた朱天君が、「あれ……夢野沙織じゃない!?」と口にした。
私でも聞いたことのある名だ。確か、賞も獲得しているほどの人気女優だった筈。
どういう関係なのかと凝視していると、加賀魅先輩が苦しそうに「母さん……」と呟いた。
「かあ」
「さん!?」




