姫エスケープ
「やっぱ……そうだよな、はは……変なの、振られたはずなのになんか安心してる。」
朱天君は笑いながらそう呟いた。もしかしたら私だけ自覚がなかっただけで、周りにはとっくにバレていたことなのかもしれない。
「それで……ね。この後遥と話してみようと思うんだ。さっきのことも謝りたいし。私、さっき遥に振られたのかもしれないけど……だからって朱天君や加賀魅先輩をその代わりみたいにするのは、絶対に違うから。
だから告白の返事は、ごめんなさいに、なります……。」
俯きながら呟く私の頭を朱天君が撫でる。
「OKされるより嬉しいよ。今はそれで十分。」
朱天君の言葉を聞いて、自分が情けなくなった。きっと、気付こうと思えば気付けるような結論から逃げて……遥に突き放されてからやっと自覚するなんて鈍すぎる。
もっと早く遥への気持ちに向き合えていれば、朱天君を待たせることもなかったはずなのに。
「わ……たし、遥探してくる!まだ近くにいるかもしれないし!」
言うと、朱天君は「うん、気をつけてな。」と見送ってくれた。
私はもう――遥から逃げない!
……と、思っていたのだが……
「遥が私から逃げるよぉ……」
数日後、自室のベッドで仰向けになりながらぼやく私。遥はあの後、トークルームも電話もブロック、遭遇しようとすると飛んで離脱、家に行っても居留守であり……完全な絶縁状態と化していた。
(これ以上しつこくしたらストーカーになっちゃうや。)
遥と話したいことはもちろん沢山ある。しかし、遥が話すことを拒んでる以上これ以上の深追いは危険だ。
(なら……ならせめてさ。早く思い出になってよ。)
そう心の中で呟き、棚にしまっていたジュエリーボックスを取り出す。
それは奥に押し込められていたにも関わらず一切ほこりを被っていない。
小さくて、明るいピンク色のジュエリーボックスをおもちゃの鍵で開けると――中にはあの指輪が入っていた。
(私も……人のこと、言えないや。)
今度はそれを、物置の奥の奥まで押し込み、視界に入らないようにする。
いつか、あれが掘り出された時には……遥もきっと私の思い出になっているだろうと、後ろ向きな楽観をしながら戸を閉めた。
(こんなことならあの時――可愛くないとか吐き捨てて逃げなきゃよかった。)
2度目の後悔だ。私はきっと、これを一生引きずるだろう。
遥かに思いを馳せていた時、ゴロゴロと空が鳴り、雨が降りはじめた。
「ただいまー!めっちゃ寒いー!」
ドアが開く音と麗華さんの声が聞こえたので、玄関へと出向く。私は震える麗華さんにココアを振る舞うと、自分の分も用意して口を付けた。
「甘すぎ……」
言いながら頬を濡らす私を見て、麗華さんはギョっと目を見開きつつも……何かを察したように「そうね、ばか甘い。」と呟く。
体に悪そうなくらいに甘ったるくて、温かい飲み物から誰かを連想して、それを頭の奥に必死に沈めた。
早く、あの痛みが思い出になれと願いながら。
……
「告白の返事?いらない。」
後日、学校の廊下で見つけた加賀魅先輩に声をかけるも、キッパリ断られてしまう。
「えっ……あの、もしかして返事が遅すぎたことに気分を害しましたか!?そ、そうですよね……本当に申し訳ないと……」
「ストップ。だからー、振られるの分かってるし別にいいって言ってんの。茂木さんは遥が好きなんでしょ?」
(ば、バレている……!)
勿論、あの朱天君がバラしたなどありえない。元々加賀魅先輩も私が遥を好きなことに気付いていたのだろう。
(私だけが知らなかったの……?周りにはこんなバレバレなのに……?)
気恥ずかしく思いながら口を開くと同時に、加賀魅先輩に「あ、今すみませんって言おうとしてる。それ禁止な。」と先回りされてしまった。
「ぐう……」
「最近遥部活来ないけど、ちゃんと話せてる?」
加賀魅先輩は心配そうに尋ねる。
「……えと……私、今遥に避けられてて……なんだかこのままだと疎遠になりそうな感じで?だから……遥を綺麗な思い出として変換しようと試みてるところなんです。」
しゅんとした様子で呟く私を見て、加賀魅先輩はため息をついた後「何やってんのかなー、あいつ。捕まえてこようか。」と口にした。
「いえ……これは、他人の力を借りて解決すべきことじゃないですから。実は私、遥に言ってはいけないことを言ってしまいまして。嫌われたのかも……しれません。」
そんなわけはないと分かっていながらも、自分を納得させるように言い切る。
「まあ……介入してどうにかなるなら鬼丸がとっくにそうしてるか。」
加賀魅先輩はそう言った後、突然私の手を握った。
「はえ!?」と情けない声を上げる私に、先輩は「じゃ、俺がこれからいっぱい茂木さんを幸せにしてあげる!美味しい物食べて、楽しいとこ行って、綺麗な過去よりもっと綺麗な未来を作ってあげるから……だから、そんな顔しないで。」と励ましてくれる。
「……加賀魅先輩を遥の代用みたいにしたくないです。」
「代用じゃないの。俺は俺でこれまで通り茂木さんと楽しく過ごすだけ。」
淡々と語る加賀魅先輩に、「気を遣わせてすみません」と伝えそうになり慌てて口を噤んだ。彼はそれに気付く素振りもなく、必死に何かを考えている。
「どうか……しました?」
尋ねると、先輩は「今度、退魔部の皆と遊びに行かない!?気晴らしになるかも。」と提案した。
「遊びに……?あ。」
ふと、以前遥に遊園地のペアチケットを貰ったことを思い出し、鞄から取り出す。
「あれ、遥にあげたのになんで茂木さんが持ってるの?」
加賀魅先輩が怪訝に口にしたことでようやく察した。このチケットはどうやら、ミスターコンの景品だったらしい。
「……まあいいや……遥が行かないなら、皆と行こう!遊園地!」
加賀魅先輩は言いながら屈託のない笑みを浮かべる。私はそれに、静かに頷いたのだった。
★ ★ ★ ★
桃子が加賀魅と遊園地に行く約束をしたその夜、遥は夢を見ていた。
(暗……なにこの夢?)
遥が不思議に思っていると、目の前に桃子が現れて遥を睨む。
「うわっ!桃ちゃん!?……びっくりした……なんだよ、夢にまで出てきて。言いたいことがあるなら言えば。」
悪態をつくと、桃子は「どうも、こちら夢魔です。やっぱり茂木さんに見えてんじゃんこのムッツリ。」と言ってじとりとした視線を向けてくる。
「なっ……!?」
遥は真っ赤な顔でぱくぱくと口を開閉してから、「加賀魅先輩、僕の夢に勝手に入ってこないで!プライバシーの侵害!何しに来たの?話し合えって説教する気!?」と噛み付いた。
「いや……茂木さんに他者が介入するべきじゃないって言われたから、個人的興味で好きな人を調べに来ただけ。」
桃子の姿を模倣した加賀魅がケロッと言い放つと、遥はそれに「うざっ!ほっといて。」と吐き捨てる。
「歯がゆいながら何のアドバイスもできないけど……遥はさ、どうせ自分が選ばれても茂木さんを傷付ちゃうとか思ってんでしょ。」
図星を突かれ、黙り込む遥。加賀魅は続けて「一切傷つかない人間関係とか、あるわけないじゃん。相手を魅了して支配してんならまだしも……ま、そんだけ。じゃあ俺ほっといてって言われちゃったし?行くね。」と言い残し去っていった。
「あっ待って……!」と引き止めようとしたが、夢はそこで終わってしまう。
「僕がほっといてって言ったら追いかける、常識だろ……?」
目が覚めた遥は、天井に向かって呟く。そして、(本物の桃ちゃんなら引き返したのに)なんて思いながらしばらく自己嫌悪に沈んでいた。




