退魔部のまもの
猿方が手を離すと、桃子は呆然とした顔で「あれ?私は一体何を。」と呟く。
「熱中症だったみたいですよ。早く帰った方がいいかも。」
猿方はそう口にして桃子に水を渡す。
「あ……ああ。ご親切にどうも。」
桃子は猿方に深く頭を下げ――公園を後にした。
猿方が帰ろうと桃子が向かった方向とは逆方向に足を向ける。その時、ルビーのような目をした少年が目の前に立ち塞がった。
その顔は怒りと悲しみが混じっていて、夕日の光がその瞳をさらに赤く、燃え上がらせている。
「野原君……凄いね、推理してここまで来たの?1人なのには理由があるのかな、君がそんな迂闊な人とは思えない。」
猿方が言うと遥は鼻にシワを寄せ「何がしたかったんだよ、お前。桃ちゃんに思い出して欲しかったんじゃないのか。」と口にする。
「思い出して欲しかったけど……茂木さんの記憶を残しておくと厄介なんだよ。聞き込みをすれば、忘れられたのが同一人物とわかる。君たちは賢いから、忘れられたのが悪魔だと気付いてしまう。
……ここまでなら、僕には辿り着けない。」
「……でも、お前が意図的に『残した』茂木桃子が猿方鳴海を忘れているという事実があれば誰でもお前が悪魔だって気付くわけだ。」
「正解。」
猿方はそう言って微笑むと、遥に手を伸ばした。あとセンチで猿方の指が遥の額に触れそうになった時、遥は大きな声で「後悔するぞ。」と言い放つ。
猿方は手を止め、「そうだね。」と諦めたように呟いた。
「茂木桃子は……!お前に記憶を消されたこと、いつか絶対思い出すぞ!その時きっと、後悔して傷つくだろうよ、『鳴海先輩にそれをさせてしまった』『私が弱いからあの人を傷つけたんだ』って……!」
「そしたらまた消せばいい。」
「それでもきっとあいつなら思い出す!思い出す度、悲しくなるんだよ!お前がどんな気持ちで毎回記憶を消してるのか、あの女は気付いちゃうから!」
遥は震えた、掠れた声で一生懸命叫んだ後――項垂れる。
「……それが……できちゃう子だから……」
「君は、茂木さんが大好きなんだね。」
猿方が言うと食い気味に「それはない」と否定する遥。猿方は大きくため息をつくと、遥の頭を撫でた。
「茂木さんもね、1年前君のこと……気にしてたよ。」
「……え……」
猿方の言葉を聞いて、遥は小さく息を漏らす。
「『忘れられない人』『世界で1番可愛い私の友達』……って、嬉しそうに話してた。君に実際会ってみてその意味が分かったよ。面倒だけど、可愛い人だね。」
「僕は面倒じゃない、訂正しろ。……それに……今の僕は、どっこも……可愛くない、だろ。」
「見た目はね。……茂木さんが1番可愛いと思ってるのは、さ。君のその……不器用な性格なんじゃない?」
遥は猿方に優しく言われ、視線だけを相手に向ける。
「記憶を消す悪魔」の微笑みは、夕日に照らされ嫌というほど優しく、寂しげに見えた。
「茂木さんのこと、よろしくね。」
夏の澄んだ空気に、その小さな声が響いた時……全ての痕跡が、消えてしまった。
★ ★ ★ ★
「麗華さん、行っちゃうんですか?退魔師協会からのタスクが残っていたはずでは……」
朝、私は麗華さんの支度を手伝いながらなんとか引き留めようと試みる。
「あれなんか手違いっぽいんだよねー……ほら、教師から調査を依頼されたってなってたはずなのに、生徒指導の先生『なんのことかわからない』って言ってたし。」
「であれば……えっと……未討伐の魔者がいますよ、私が作った玉こんにゃくを押し焼いた時に出る音みたいな声を発する奇妙なぬいが……」
「それは魔者じゃなくて呪物。」
麗華さんにぴしゃりと言い捨てられ、私の肩が下がった。せっかく仲のいい友達ができたのに、お別れするのは寂しい。
「……桃ちゃん。あなたが加賀魅君とバディでいる以上、いつか私と仕事する機会もまた回ってくる。それを、あなたが良しとするなら、だけど……」
「……?」
「……なんでもない!とにかく楽しかったよ桃ちゃん。悪い退魔師がいたら教えて?私が説教してやるからさ。」
「……ありがとうございます……しかし、それは私の役目ですので、次にあいまみえた時はまた、イケペンについて語りましょう。」
それを聞いて麗華さんは、どこか安心したように微笑んでいた。
ここ数日、なぜか記憶が曖昧だ。平凡に過ごしていた為か特に放課後の記憶が抜け落ちている。
(そうだ、朱天君に返事しないと。加賀魅先輩にも……やることが沢山あるぞ。)
そう思っていた折、スマートフォンに目をやると開いた覚えのないタブがあることに気付く。
(なんだこれ。)
開くと、テスコードのログイン画面が出てきた。
(私、テスコードに登録なんかしたっけ?)
……普段なら、間違えてアクセスしたのかなと閉じていただろう。でもなぜか私は……ログインを試みた。
メールアドレス……違う。ログイン連携……違う。なら、電話番号……?
そして、メッセージが開く。そこには「ガタガタ茄子」なる人とのやりとりが大量に残っていた。
(……私の……文体だ。)
君の悪さは、ない。覚えていない他人とのやりとりが、なぜか懐かしい気持ちにさせる。
暫く眺めていると、ガタガタ茄子から1件【ごめん、やっぱり……ここを見ていたら、メッセージを返して。そしたら僕、公園の、時計の前まで行くから。……ずっと……待ってる、から。】とメッセージが来た。
私はそれに――【見てます、今。】と返す。そして、スマートフォンだけ持って家を出た。
日の照らす坂道を駆け上がり、何かに突き動かされるみたいに走る。
そして公園に着いた時、同じく息を切らした茶髪の青年が、時計の前に立っているのが見えた。
「……ガタガタ、茄子……さん?」
尋ねると、青年はゆっくり頷く。
「茂木さん、僕のこと……思い出したの?」
青年に尋ねられ、息を整えながら首を振った。そして「思い出してないけど……トークルームを見つけて、メッセージが来たから……!来ちゃいました。」と答える。
「そっか……じゃあ、その……奇妙な話だと、思われるかも知れないんだけど……」
青年は息を吸ってから、「僕は、君に助けられてからずっと……!君が好きでした!」と言い放つ。
助けた覚えもなければ名前も知らない男からの告白だったが、なぜか……気持ち悪いとは思えなかった。
「君は僕を忘れちゃったし、好きな人もいるんだと思う。……けど、言わないときっと……後悔するって思ったんだ。野原君の言う通り、余計に君を傷つけるかもしれない。
だから……これだけ、言いたかったんだ。」
「……ありがとうございます。知らない方なので告白は受けられませんが……」
答えると、青年は私に微笑みかけながら「うん。付き合いたくて言ってるわけじゃないからいいんだ、それで。」と言うと、こちらに歩み寄る。
「……茂木さん、僕を助けてくれてありがとう。僕と……友達でいてくれて、ありがとう。……トークルーム、また開いてくれてありがとう。」
青年は私の手を取り、震えた声で繰り返した。
「……あの、よろしければ、何があったか教えていただけませんか?思い出すのは無理でも……新しく知ることは、できますから。」
私はその後、とある悪魔と友達になった話を青年から伝えられる。図書室で青年を助け、なんでもない平和な日々を過ごし――記憶を失って。
青年が私を忘れられず、思い出してもらう為に匿名箱に入れた「退魔部には、魔者がいる」というメモのことも、教えてもらった。
ずっと私を見守っていた、「退魔部の魔者」は……想像してたよりも普通の男の子で、とても優しい人だ。
彼の提案で、私は麗華さんに1連のことを報告する。すると麗華さんは荷物をまとめる手を止め――「そっか。」と、一言だけ呟いた。
ここから、各ヒーローにエンド分岐します。苦手な方はここで止まるか、好きなヒーロー分だけ読んでいただけると幸いです。




