さよなら
家に帰ると、麗華さんがスーツケースに荷物をまとめているのが目に入り、慌ててそこに駆け寄る。
「麗華さん!ど、どうしたんですか荷物なんかまとめて……!あ!もしかして部屋が臭かった!?芳香剤買ってきますから、家出はやめてください!」
必死に止めるも、麗華さんはきょとんとした顔で「は……?いや、元々私この家の人間じゃないから。轟鬼の件が終わったし、怪我も大分良くなったから帰るんだよー。」と答えた。
「そんな!まだ悪魔討伐が残ってるじゃないですか!」
麗華さんの肩をつかみ、揺らしながら訴える。
「あばば、やめろ揺らすな!悪魔って何の話!?」
その言葉を聞いて思考が止まりかけた。元はと言えば麗華さんが持ち出してきた今回の悪魔討伐。
麗華さんはそれを綺麗さっぱり忘れているようだ。
(なんで……まさか、悪魔の仕業!?)
「れ、麗華さん!悪魔討伐に関しては記録が退魔師協会に残ってるから確認してください、まだうちを出ちゃダメです!私、退魔部の部員たちにこのこと報告してきます!」
麗華さんを無理やりソファに座らせ、私はスマートフォンを取り出しグループメッセージを開いた。
【麗華さんが悪魔にやられた!明日作戦会議しよう!】とメッセージを送ると、すぐに3件の既読が付く。
(遥や朱天君と対策を考えれば、きっと……!加賀魅先輩もこういう時、よくひらめいてくれるし!)
そう思って期待しながら返事を待っていたが、返ってきたのは朱天君の「ごめん、もう少しだけ分かりやすく説明して。何の話してる?」のメッセージだった。
(……え……)
【メッセージ遡ったけど、悪魔のことなんか話してた?俺がこの前討伐した奴のこと言ってる?】と加賀魅先輩がコメントし、遥は少しだけ間を置いてから【……僕も、そのワードに心当たりがない。何があった?】と送ってくる。
(何……が……起きてるの?)
メッセージを遡ると、本当に悪魔関連のやりとりが消えていた。まるで、初めからそんな事件はなかったかのように見えて……不気味だ。
程なくして、麗華さんが携帯片手に「確認してきたよ!退魔師協会には記憶を消す悪魔を討伐中!って、ちゃんと残ってた!……これ、してやられた感じ?」と報告してくれる。
(良かった、退魔師協会にはちゃんと痕跡が残ってた。)
「みたいです……!私の知ってることであれば全部話しますので、また明日、皆で作戦会議しましょう!」
……
後日、私たちは部室に集まると悪魔のことについて話し始める。
「記憶を消す悪魔……ね。俺はともかく加賀魅先輩までやられてんの怖いな。」
朱天君は頬を掻きながら言う。
「……全く同じ反応してたらごめん……その話、気持ち悪いとこがもう1つあるよ。」
加賀魅先輩は顎を押さえながら切り出した。
私が「気持ち悪いこと?」と返すと、先輩は「茂木さんって、俺の魅了も効かないくらい洗脳耐性強いよね?でも、その悪魔の術は効いてしまってる。相当強いってことにならない?それ。」と続ける。
確かに、鈍すぎるがあまり洗脳耐性が強いとされる私が、今回しっかり記憶を奪われている。思っているよりも相手は強敵のようだ。
「桃ちゃんが悪魔の干渉を回避できたのは……純粋に調査チームじゃなかったからか。猿方鳴海と別行動だったから正体を知ることもなくて……記憶を消されずに済んだ、と。」
遥が言うと、麗華さんは「なら、猿方鳴海は犯人じゃないってことになるのかな?」と推理を述べる。
「そ、そう思います!猿方先輩、怪しいとことかなかったし、いい人だし!」
そう同意する私に、眉間にしわを寄せた遥が「お前の怪しくない、を信用したくない。いい人だからとかフワッとした根拠で同意するなよ、今は修学旅行の恋バナタイムじゃないんだぞ。」と苦言を呈した。
「遥、言葉強すぎ。今は薄い根拠で人を信じすぎるの危なくない?で済む話だろ。」
朱天君が遥を窘めると、遥は何も言わずに俯く。
「……とにかく、今やるべきは再調査だよね。あのさ、不思議なんだけど……1日調査してただけなのに、どうして俺たち悪魔に記憶消されたんだろう?悪魔側から見て、『こいつらに正体がバレた』と思うようなことがないと消したりしなくない?」
加賀魅先輩が口にすると、朱天君と麗華さん、遥が確かにと言わんばかりに難しい顔をした。
そして遥だけが、何かに気付いたように目を大きく開ける。
「遥、何かわかったの?」
私が尋ねると、遥は「いや、何も。」とだけ言って目を細めていた。
そして「桃ちゃんは引き続き猿方先輩と行動して。他はまとまって動こう、全員いれば悪魔と戦えるかもしれないから。」とだけ言って部室をそそくさと出ていった。
「えっ!?ちょっと……!……桃ちゃんも気をつけてね、全く危なくないわけじゃないからさ。」
麗華さんと加賀魅先輩、朱天君は戸惑いながら遥を追いかけていった。
(……遥?どうしたんだろう……)
私は昨日と同じく、猿方先輩と行動を共にする。
今日は公園で、昨日みたいに好きな作品にちいて話し合っていた。青空の下、ゆっくりと流れていく時間。
とても昨日、仲間たちが悪魔に記憶を消されたとは思えないくらい平和だった。
「茂木さんはさ、生きてて後悔したこと……ある?」
不意に、エンタメからやけに逸脱した話題を振られ言葉に詰まる。
「どうしたんですか?急に。」
「ちょっと聞いてみたくて。」
公園で小さな池を見つめながら先輩が呟いた。その目はどこか遠くて、心が今にないことを悟らせた。
「……ありますよ、人生最大の後悔。大好きな友達を殺しそうになって……今も、後悔してます。」
耳にこびりついた蝉の声と耳鳴り、救急車のサイレン……どれを取っても忘れられない、大きな後悔の記憶だ。
「前、聞いた回答と同じだ。」
猿方先輩は以前にも私に同じ質問をしていたらしい。1年前の私もきっと、同じように遥を思い出していたのだろう。
「猿方先輩は?後悔、したことあるんですか?」
尋ねると、先輩は少しだけ振り返り「あるよ。……好きな子に、最後まで告白できなかったこと。」と呟く。
「最後ってことは……えっと、転校しちゃったり、卒業したりでお別れしちゃった感じですか?」
「そんなとこ。」
蝉の声にかき消されそうなくらいの小さな声で答える猿方先輩。その顔はとても悲しげだった。
「茂木さん、今日元気なさそうだったけど何かあった?」
猿方先輩は私の顔を見てそう尋ねてくる。
「あ……はい。前話してた悪魔の話、覚えてますか?その悪魔に部員たちが記憶を消されたんです。ちょっと気が気でなくて……」
言うと、猿方先輩は「大変だったね。」と言って微笑む。やけに落ち着いた反応に、私は胸騒ぎを覚えた。
「驚か……ないん、ですね。結構なこと言いましたよ私。」
「うん、だって……記憶消したの、僕だし。」
なぜか頭痛が襲ってきて、目の奥がつんとする。その告白を聞いて泣きそうになっているのはきっと、裏切られたからじゃない。
これを聞いても尚、この人を疑えなかったからだ。
「去年もね、茂木さんは僕の正体を知っちゃって……記憶を消すしかなかったんだ。」
「何で……私、襲いかかったり、しませんよ?多分。」
「それがだめなんだよ。」
先輩の答えで全てを察して、涙が溢れた。去年の私もきっと……同じように猿方先輩に歩み寄ろうとした。
友達としては100点の選択。……でも、退魔師としては0点の選択だ。
もし、友達が悪魔であることを黙認したら。きっと私は退魔師ではいられなくなる。
「どっちにしろ、ね。僕といると記憶が消えてくから、それなら今やっちゃおうって思ったんだ。……茂木さん……」
「なん……ですか……?」
「さよなら。」
先輩はこちらに手を伸ばし、そう口にした。




