忘れた出会い
蝉が鳴く中で、私と猿方先輩は好きな作品について沢山話した。
「分かります!ステージ20の巨大消しゴム攻略が本当に難しくて……まさか突破口がボールペンだったとは盲点でした。」
「よくよく考えたら消えないもんね。そことんちなんだって僕も思った。」
アイスなんかとっくに手からなくなっていて、ゆっくり影の落ちていくベンチで2人、時間を忘れ語っている。
そして空が赤くなってきた頃に、猿方先輩が「そろそろ解散しようか。……何か、思い出せそう?」と尋ねてきた。
「はっきりとは思い出せないけど……不思議と、猿方先輩とこんな時間を何度も過ごした気がします。」
笑顔で言う私に対し、どこか寂しそうに微笑み返す猿方先輩。
(猿方先輩は……私が忘れちゃったこと、怒ってないのかな?)
二人で駅に戻るその間も、私たちの会話は途切れなかった。
少し名残惜しくて伸びた影に視線を落とした時一瞬、猿方先輩の影がぐにゃりと歪んだ気がして目を擦る。
(……あれ。)
「どうしたの?」
「あっ……いえ!猿方先輩、その……最後に、1個聞いていいですか?」
「うん、どうしたの?」
「私と猿方先輩って、どうやって出会ったのかなって、思って……」
出会いの記憶は、大なり小なり印象的であるものだ。教えて貰えば思い出せるかもしれない。
「……茂木さんも僕も図書委員でさ。僕、よく居残りさせられてたんだよね。部活にも入ってなくてバイトもしてなかったから、仕事押し付けられやすくて……」
――――
――
『猿方くーん!ごめんまた頼める〜?俺今日テニス部に顔出さなくちゃいけなくてさぁ。』
『佐藤先輩……承知しました。』
『サンキュサンキュ!いつも助かるわ〜!今度なんか奢らせてね〜』
……特に仲のいい人間もいない僕を、フォローしてくれる友達もいなくて。
いつも通り仕事を押し付けられた日のことだった。
『いや猿方さぁ、あれ普段何してんの?放課後なんもすることないとか暇すぎ。』
半笑いの話し声が廊下から聞こえてきて、(声でかいんだからもう少し離れてから話せよ、そういうの。)と内心呆れてしまう。
僕だって分かっていた。断れないから引き受けるものの、他人の優しさに感謝できる人間もいれば、わざと消費する人間もいることを。
(もし、エスカレートして面倒なことになるようなら……その時は。)
そう思った時、廊下から『……あの。』と女子生徒の声が聞こえてくる。
『……あ?ああ、なんだっけ、1年の……モギさん?どうしたのー?俺たちこれから遊び行くけど、一緒行く?』
『今日の当番、佐藤先輩ですよね。遊びに行くってどういうことですか。』
『えっ……あっ……当番表、暗記してんの……やばいね、はは……真面目……』
『猿方先輩ばっかり作業してるの、気になります。そろそろ先生に報告しなければと思っているのですが。』
『おお……!?そ、れは……内申に響くって……冗談きついし……』
『冗談じゃないです。まさか人に散々仕事押し付けておいて、AO入試の面接で「俺は委員会の仕事を3年間こなし後輩の育成にも力を入れてました」とか言う気ではありませんよね。』
程なくして佐藤は僕のところに戻ってくると、冷や汗をかきながら『ごめーん、やっぱり今日俺がやるわ〜』と申し出てきた。
『……ありがとう、えっと……』
廊下に出てから、助けてくれたであろう女子に声をかける。意外にも気弱そうで、僕を見てしどろもどろに『茂木桃子、です。』と呟いた。
『茂木さん……何で助けてくれたの?』
尋ねると、茂木さんは俺のスクールバッグに目線を落とし『それ、「イケメン☆鉛筆コレクション!」のロケット鉛筆君ですよね。イケペン好きに悪い人はいませんので。』
――――
――
「……って、そんな感じだったよ。」
猿方先輩の話を聞いて、(いや、その行動は間違いなく私じゃん……)と急に気恥ずかしくなる。
「茂木さんは、気弱そうなのに意外と、言う時言うでしょ。……僕、言えないタイプだからさ。かっこいいなって思ってたよ。」
猿方先輩の碧い瞳がこちらに向くと、私は目を泳がせてから俯いた。
「ま、まあ……人として当たり前のことをした的な?黒色鉛筆様ならこうすると思ったことをしただけと思いますので……!」
震えた声で回答すると、猿方先輩はくすりと笑って「それじゃ。」と告げ去っていく。
私はそれを、ただ見つめていた。
★ ★ ★ ★
桃子が猿方と出かけている中、麗華と遥も悪魔の輪郭に気付き始めていた。
「忘れられた人物像が同じで、これってわざわざ他人の記憶を消してるってより勝手に忘れられてる、が近くない?」
西日の差した部室の中で、麗華がキラキラに装飾されたメモ帳を見つめながら言う。
「と、なると……こっちはその『忘れられた人物』まで特定してるから、正体はすぐわかるね。猿方鳴海は自分に関する記憶を消して回ってる……或いは、『嫌でも消してしまう』のか。」
遥の推理に麗華は「それ、私も考えた。猿方君ってさ……桃ちゃんの記憶を戻そうとする流れで急に協力的になったし、わざわざテスコードを教えてる。なんかこれ、わざわざ消した人のムーブじゃないよね?」と難しい顔をした。
「しかも本当に自分やその周辺の記憶しか消していないのを見るに、人に迷惑をかけたくてやってるわけではなさそうだな。敵なんじゃなくて、どちらかと言うと災害……みたいな……」
17時の鐘が鳴り、遥は「今日はこの辺にしようか。」と切り出す。荷物を纏める遥に、麗華は「ホッとしてるんだね。猿方鳴海が極悪人じゃなさそうなことに。」
と言い放つ。
遥は一瞬手を止め、動揺したように「何それ、どういう意味?」と返した。
「遥君、昨日桃ちゃんとなんかあったでしょ。今私桃ちゃんの家にお世話になってるんだけど、昨日帰って来た時桃ちゃん目が腫れてて落ち込んでたから……もう、距離置きたいとか言ったんでしょ。」
「……関係ないだろ、あんたに。」
遥は再び、机の上に広げた物を回収する。そしてまた、ぴたりと手を止め「ねえ……桃ちゃんを1番幸せにできそうなのって……誰、だと思う?」と麗華に意見を求める。
「知らない、私は桃ちゃんじゃないから。……一般的な尺度で言うなら朱天君じゃない?将来いいとこ勤めそうだし、気遣いできるし、頼れるし。」
麗華の答えを聞いて、遥は笑顔で「そっか……」と呟く。同時に、麗華は険しい顔で「言ったでしょ。普通ならそうなるけど、桃ちゃんの幸せは桃ちゃんしか知らない。うじうじしてないで自分で考えたら。」と突き放した。
珍しく人に論破され、バツの悪い遥は「……んぐ。」と唸る。
そして無言で駅まで歩いていると、背後に気配を感じて麗華が札を投げた。
「どうした!?」
「いや、誰かにつけられてる気がして……!」
麗華がそう口にしてすぐに、木の後ろから人影が現れ、遥はそれを目にして固まってしまう。
「何……!?急に動けなくなった……!やっぱりあんたかよ、悪魔!何が楽しくて人の記憶消してんの!?上手くいかなくなったらリセットしてたり!?」
悪魔は2人の前まで歩いていき「違うよ……消したくて消えてるわけじゃない、大半は。」と答える。
そして遥が悲しそうに顔を歪め「……茂木桃子には、何もしないで。」と懇願した。
悪魔は自分より背の高い遥の頭を撫で、「しないよ。……というか別に今までも、人に危害を加えたことはないし。」と呟く。
そして「でも、退治されるのは困るからさ……君も、綺麗さっぱり忘れちゃいな。」と続けた。




