忍び寄る悪魔
遥に血を分けた後日、私は放課後猿方先輩と校門で待ち合わせをしていた。
「すみません、お待たせしました!」
私が駆け寄ると、猿方先輩は意外にもご機嫌そうに微笑んでいる。
「ねえ、野原くんあれまじどうしたの!?急に爆イケメン化したよね!」
「なんかー、凄い悪い魔女的なそれに体が15歳で止まっちゃう魔法かけられてたんだってぇ。可愛そ〜。」
不意に噂話が聞こえてきて、ぴくりと耳が動いた。
(魔女って私のこと!?遥め……!)
奥歯を噛み締めている私を見て、猿方先輩は「大丈夫?」と尋ねてくる。
「あっ……大丈夫です!行きましょうか!」
私のミッションは過去の2人を追体験して記憶を取り戻すこと。猿方先輩は、私との時間を覚えている。
(想像もつかないな、この人と何して過ごしてたとか。)
猿方先輩は無言で商店街まで足を運ぶと、本屋に入っていく。
(こ、ここで退魔の勉強を!?)
ドキドキしながら本屋に入る私。猿方先輩は周りを見渡すこともなく、慣れた様子で一直線にどこかへ向かっていく。
そして足を止めた先には……漫画家コーナーが広がっていた。
「まんがっ」
思わず呟くと、猿方先輩は振り返り「好きでしょ?ほら、茂木さんの好きな資料。」と言って「ヤンデレ陰陽師〜この結界から、出れると思った?〜」という題名の漫画を持ってくる。
(これは……!私のバイブルじゃない!)
「い、いつも我々は漫画を買い漁っていたのですか。」
「うん。僕も茂木さんもオタクだし、よくおすすめの漫画貸し借りしてたよ。」
猿方先輩は積み上げられた漫画を見つめながら懐かしそうにそれらを見つめていた。
「さ……猿方先輩はどんな漫画が好きなん……ですか?」
「……」
「えっ、私なんか変なこと、聞いちゃいましたかね……?」
「これ。」
猿方先輩に渡された漫画を手に取る。それは少年誌でやっているお色気描写が人気の「俺の推しが悪魔だった件」という漫画だった。
「ああ……私もこれ、見てますよ。」
「知ってる、これについてもよく語ったし。……『イケメン☆鉛筆コレクション!』の話もかなりしたもん。」
それを聞いて私は衝撃を受ける。男子に野生の「イケペン」プレイヤーがいるとは思わず、手がわなわなと震え出した。
「……話す?『イケメン☆鉛筆コレクション!』のこと……。」
猿方先輩が恐る恐る口にすると、私は飛びつくように「是非!推しとか色々知りたいです!」と答える。そして猿方先輩に「声でかいよ」と注意されてしまった。
……書店を出て、ベンチに腰掛けると、猿方先輩は周りを気にしたような様子を見せた後で「ちょっと待ってて」と言ってその場を去る。
(急にどうしたんだろ……)
猿方先輩のいない10数分の間、木の間から漏れた光を呆然と見つめながら、私は猿方先輩の態度の変化について考えていた。
(最初会った時は心配してくれてたかんじで、次会った時はつんつんしてて?……でも今はすごく優しい。……へんなの。)
違和感を消化しきれずにいた所に、猿方先輩が「ごめん、迷っちゃって。」と言いながら帰ってくる。その手には、ソフトクリームが握られていた。
「あ!白桃味!これ好きなんです!」
先輩は目を輝かせる私を見て笑うと、「知ってる」とだけ呟いた。
なんだか、すごく懐かしい気分だ。
部活動とか言って遊び回って、疲れてきたら甘い物を口にして、暗くなったら帰る。
(……こんなこと、前にも……絶対、してた。)
私は猿方先輩の笑顔を呆然と眺めながら、微かに残る記憶を必死に辿っていた。
★ ★ ★ ★
桃子たちが出かけている間、鬼丸と加賀魅は悪魔の調査をしていた。
「そうそう!なんかさ、去年の春頃?なんか凄い仲良くしてた奴がいた気がすんのに思い出せないんだわ……」
3年の教室で、軽いノリの男子生徒が腕組ながら言う。
「記録とか、残ってませんか?メッセージやら、写真やら。」
「俺、あんまり男と写真撮らないんだよね〜。あ!でもそうだ。なんか買った覚えない漫画がアプリに入っててさ。」
男子生徒が画面を見せると、加賀魅は「なにこの、凄い布面積少ない服着た女子は。」と訝しげに口にした。
「あ、『俺の推しが悪魔だった件』だ!……先輩、こういうの今はそんな恥ずかしがらなくても……」
鬼丸が茶化すと、男子生徒は「いやほんと!ほんとに記憶ないの!例えばだけどさぁ……その、記憶が消えた子の?好きな漫画だったから買った、とか……ないかな?」と煮え切らない反応を返す。
そして加賀魅と鬼丸は不思議そうに顔を見合せた。
聞き込みでわかったことは、全員が「誰か」を忘れていて、記憶障害を訴えるのは男ばかり。その忘れた人物の像も似通っており――漫画や映画が好きで、テスコードにのみ痕跡を残す「ガタガタ茄子」という名前の人物。
「これ……さ。悪魔が記憶障害引き起こしてるってか、ただただ悪魔そのものが忘れられてるって感じじゃね?それも自分の記憶とそれに紐づいた時間だけ綺麗に消してる。」
加賀魅の言葉に鬼丸は頭を抱え「でも……だとするとつまり、そういうことにならない?まずいな。」とだけ言うと加賀魅を連れて学校に出て、桃子を探し始めた。
「いた?」
「……いない。校門で待ち合わせとか言ってたし、放課後行きそうな場所巡ってそうなんだよな。……先輩、商店街寄ろう!」
鬼丸主導のもと2人が桃子を捜索していた所に、誰かが後ろから話かけてくる。
「……何してるの?そんな所で。」
不意を突かれた為か、鬼丸はおろか加賀魅すら金縛りに遭ったかのように動けなくなってしまった。
「――ああ、悪魔の正体に気付いたんだ……早かったな、流石朱天鬼丸。……いや、茂木さんの存在に気づかれた時点で誰でも気づける程度にはイージーだったか。」
背後から手が伸びて、加賀魅と鬼丸の頭を掴む。
そして「……ま、このことは全部……忘れてよ。」という声が、2人の頭の中に響いた。




