憧れの場所
加賀魅は、イベント実行委員の遥から景品を受け取る為に職員室に来ていた。
「……分かってはいたけど、大騒ぎだね。」
加賀魅は後ろで電話対応や報告書に追われる教員たちを見てそう呟く。
「そりゃ、生徒人質にされて立てこもり事件起こったし当たり前じゃん?多分明日あたり加賀魅先輩も警察に証言求められるから言いたいことメモに起こしときな。」
教師たちとは対照的にケロッと言い放つ遥。奥からダンボール箱を持ってくると、目覚まし時計と遊園地のチケットを渡した。
加賀魅はそれを眺めて、暗い顔をしている。
「どしたの、それ桃ちゃんにあげて喜ばせたいんじゃなかったっけ?」
遥が問うと、加賀魅は暫く目を泳がせてから「俺、ちょっとだけコーヘイの気持ち分かるよ。」と呟いた。
「何、急に。」
「どんなに頑張っても勝てない相手がいるってこと、知ってるから。相手が失敗した時にアピールしちゃおうかなとか、ずるいこと考えたりもして。」
「だ……だから、なんの話?」
「……でも、やっぱりコーヘイ見てて思ったんだ。あんなの惨めだし……もしずるいことして勝っても、多分後悔する。」
加賀魅は遊園地のペアチケットを遥に差し出し「遥、すっごいこと教えてやる!遥はね、茂木さんのこと好きなんだよ。」と言い放つ。
それを聞いた瞬間、目を大きく見開き固まる遥。
「…………は?」
5秒程経ってやっと出たその声は、教師たちの声にかき消されていった。
「だから、遥は茂木さんのこと好きなんだよ!周りから見たらバレバレだけど!遥はイマイチ自覚してないみたいだったから!」
加賀魅が追い討ちを掛けたことで、遥の顔は真っ赤に染まる。
「は?誰があんな陰キャで鉛筆に萌えてるザコを好きになるんだよ意味わかんないし。」
物凄い早口で捲し立てる遥の手を握ると、加賀魅はペアチケットを握らせた。
「これ遥にあげる。ペアチケット使って茂木さんと遊園地行ってきなよ、その姿で!多分茂木さんと遥に必要なのは、お互いが『今』の姿で向き合うことなんじゃないかな。」
加賀魅はそれだけ言うと、逃げるように職員室を出る。
遥は加賀魅から貰ったペアチケットを暫く呆然と見つめていた。
……
(なんか、お節介だったかも。)
そんなことを考えながら、加賀魅は夜の街をとぼとぼと歩いている。
(俺、間違えたかな?茂木さんがもし他の誰かと付き合っちゃったら……もう俺は誰とも結ばれないかもしれないのに。)
ぼーっと街灯を眺めていた加賀魅の肩を誰かが叩く。
加賀魅が悲鳴を上げながら振り返ると、そこには桃子の父が眉間に皺を寄せながら立っていた。
「あ……茂木さんの、お父さん。」
「お父様とは呼ばなくなったか、成長だな。」
桃子の父はそう言って微笑むと、咳払い1つした後で「麗華君から報告は受けているよ。なんでも、暴走した魔者を撃退したそうじゃないか。規格外の強さだって、そう聞いている。だからその……」と何かを言いかけて止まった。
「力と見た目くらいしか取り柄ないし、俺……」
力なくそう答える加賀魅を見て、桃子の父は顔をしかめる。
「……ちょっと話そうか。君には聞きたいこともある。」
桃子の父は加賀魅を公園に連れていくと、遠い目で鴨を眺めながら「君のお陰で、桃子の評価は退魔師協会の中でもかなり上がっているらしい。えっと……だな。」とどもった。
「俺は呼んでくれたら、いつでも協力します。……あの、話、終わりなら……これ、茂木さんに渡して欲しいなって。」
加賀魅は鞄を漁ってから、目覚まし時計を桃子の父に差し出す。
「なんだこれ。」
「そのてっぺんにあるボタン、押してみてください。」
言われるがままに桃子の父がボタンを押すと、「まだ目覚めないのかいプリンセス。あと3秒で……キス、しちゃうよ。」という綺麗な男性の声が公園に響いた。
「……なんだこれ。」
「すみません、今ので俺もよく分からなくなりました。」
加賀魅は一瞬戸惑った後で「茂木さんの好きな声優さんが声を録音した目覚まし時計……らしいです。」と補足する。
「君が渡してやればいいだろう、桃子も喜ぶぞ。」
「……でも……茂木さんには、俺じゃない本当に好きな人が……いるし。」
「なんだ、こっちをお父様とか呼んでおいて、脈が無いと分かれば興味なしか?」
「俺、ただ羨ましかっただけなんです。茂木さんの家の人、皆仲が良くて、お互いを想いあってて。だから勝手にそう呼んじゃったっていうか……
今も茂木さんは好きだけど……俺……茂木さんには、1番好きな人と結ばれてほしいから。」
加賀魅の掠れた声を聞いて、桃子の父は加賀魅に時計を返してからポンと肩を叩き「今回は、よくやった。」と言って去っていく。
加賀魅は、時計を見つめながら静かに肩を揺らし、俯いていた。
……
桃子が家に帰ると、包帯だらけの麗華が「おかえり!」とリビングで出迎えてくれる。
「麗華さん!だ、大丈夫でしたか!?ずっと心配してて……!」
「ごめん、轟鬼の奴らに不意打ちされてさ〜。でも、このぐらいで音を上げてちゃ今まで厳しく言ってきた後輩たちに顔向けできないし。仕事はちゃーんとやるよ。」
麗華さんは言いながらローテーブルの上にあるヨーグルトを頬張った。
(かっこいい……!これがプロの退魔師!)
「麗華さん、もう帰っちゃうんですか?元々連休明けまでって話だったし……あの、東京に来ればうさこうもりのイベント行き放題ですけど!明日内見とか……」
「待て、人がヨーグルト食べてる間に勝手に住む場所固めようとすんな!……まだ帰れそうにないよ、追加の仕事が入ったから。」
麗華さんはヨーグルトをローテーブルに置くと、こちらを見て「あの学校……多分、悪魔がいる。」と口にする。
「……悪……魔……?」
「そう、吸血鬼とかに並ぶ強力な種族。しかも厄介なのが……ピンからキリまでいること。桃ちゃんがこの前倒したのが中ボス程度としたら、学校にいるのはラスボスレベルの悪魔って感じかな。」
(ラスボス……?それって、加賀魅先輩でも勝てない相手なのかな。)
「桃ちゃん、私あなたの教育係として、悪魔討伐の任務を任されたから!……一緒に調査、してくれる?」
「はい!?」
ふいに言われたその言葉を飲み込むまで、数秒を要した。
「や、やり……ます。」
答えると、麗華さんは元気にグッドサインを向ける。
(麗華さん、傷だらけだし……私が頑張って進めなきゃ!)
私は麗華さんの包帯を見ながら、静かにそう決意したのだった。




