鬼の目にも涙
「悪くない……?」
浩平はひとしきり笑った後、震えた声で呟く。
「人の大事なもんに手当り次第触って奪っていくそいつの、どこが悪くないんだよ!?」
浩平がそう叫んだ瞬間、朱天君の顔が少し白くなった気がして静かに朱天君の手を握る。
「顔しか見てないお前には想像できないよな……?人生で1番大事にしてたことを、お遊び感覚で簡単に抜かれたことあるか!?凄く辛いんだ、努力を否定されたような気分になるんだよ!
そいつはそれを何度も何度も、沢山の被害者を出しながら繰り返してきた!」
朱天君の手は、微かに震えていた。感じなくていい罪悪感で胸がいっぱいなのだろう。
「朱天君だって努力してきたの。あんたこそ……!大事にしてきたものを諦めざるを得なかった朱天君の気持ち……!想像できんのかよ!
朱天君がどれだけ怖い思いしたのかも知らない癖に!」
そう返すと、喚く浩平の周りに黒いもやが漂いはじめる。
(何……これ……?)
「は……?はは、鬼丸が俺なんか……こ、怖がるわけないだろ……?悪いのは全部鬼丸なんだ、俺たちを傷つけるから……!
俺は……俺たちは、悪くない!」
浩平が叫んだ瞬間、ネズミ花火のように浩平の体から黒い煙が吹き出した。
ふと、父の言葉が頭をよぎる。「魔者が闇の魔力に支配された時、どうなってしまうのか。」
苦しみもがく茨木浩平の頭からは角が生え、爪は尖り……眉骨は浮き上がって、肌は黒く染まっていく。
遥は何か危険を察知したのか、私と朱天君を後ろにやるとまるで守るみたいに羽を広げ浩平を警戒していた。
(闇の魔力に支配された魔者は……人の道を外れ、モンスターになってしまう……)
目の前にいたのは、人間とは言い難い怪異だ。その光景を見ていた轟鬼のメンバーも、先生も、生徒たちも。
あまりの出来事に叫ぶこともできずに立ち尽くしていた。
『鬼丸!殺す……!お前さえ目に入らなきゃ、俺は……!』
浩平の声すら、人のものとは思えない。何人かの声が重なったような、異様なものに変わっていた。
遥が蔦を出して応戦するも、黒い瘴気がそれを腐らせてしまう。
前に出ようとした時、朱天君が私の頭をぐいっと抑えた。
「俺の問題だから。」
朱天君は遥の前まで出て「浩平、そいつは関係ないだろ!戦うなら俺とやろう。」と浩平を挑発する。
「朱天君……!」
浩平の拳が朱天君にぶつかりそうになったその瞬間、遥が割った窓から白い虫のようなものが沢山入ってきて、浩平の顔を覆う。
『わぶっ……なんだこれ!?』
「桃ちゃん!今なら多分邪魔されない!使って、笛!」
体育館の扉を開けながら、ボロボロになった麗華さんが叫んだ。
聞きたいことは山ほどあるが、これを無駄にしてはいけない。
私は思い切り息を吸い込み、笛を吹いた。
少し乾いた高い音が体育館に響いたかと思うと、光の粒が集まって、イワシの大群のようにぐるぐると集まりはじめる。
そして光の中から、頭に羊のような角を生やした加賀魅先輩が出てきた。
(わあ……なんか神々しい!)
「……あれ、俺さっきまで轟鬼の奴らに足止めされてたのに……何で学校いるんだ?」
加賀魅先輩はキョトンとした顔で言う。
(この人がいるとなんか緊張感が緩むな……)
「先輩!呼び出し笛で呼んだんです!あいつ、なんかやばいことになってて……遥でも手が出せないみたいなんですけど、倒せますか?」
尋ねると、加賀魅先輩は少し間を置いてから「制御札ないし、今ならいけるかも。」と答えた。
そしてゆっくり浩平の前に歩いていくと、彼を睨む。
「な、なんだ……誰かと思ったら夢魔の加賀魅先輩じゃないすか……!あんた夢魔なんだろ?人を騙すことしか脳がない弱小種族!吸血鬼すら手出しできない俺にかなう訳……!」
心を揺さぶろうと加賀魅先輩を挑発する浩平。しかし先輩は顔をしかめた後
「お前……誰だっけ?俺のこと知ってんの?」と呟いた。
『はっ……は!?この前あんた俺と1悶着あったばっかだろうが!浩平だよ、茨木浩平!』
「あー……鬼丸に粘着してる激ダサ君。」
加賀魅先輩がそう口にした瞬間、浩平は硬直する。
そして暫く唸ってから『ふざけんな……!お前も殺してやる!』と叫んだ。
浩平の周りに漂うもやが集まり、まるで大きな蛇のような姿になって加賀魅先輩を襲った。
体育館には生徒たちの悲鳴が響き、遥ですら目を細めている。
刹那、加賀魅先輩の周りに集まった稲妻が、その瘴気の塊を裂いてしまう。
「……!?」
「いい加減学べよ激ダサ君。お前がどんなに泣いて喚いたって上には上がいるんだから。
そんな暇あるなら努力すりゃいいじゃん。鬼丸は……ずっとそうしてきたんだぜ。」
加賀魅先輩はそう口にすると、浩平を雷の矢で貫いた。
余りに圧倒的な力の差に、私や遥、朱天君、笛を吹けと言った麗華さんですらあんぐりと口を開けている。
(ここまでとは……流石に思わなった……!)
痺れながらピクピクと床に伏せる浩平。
暫く沈黙が流れ、加賀魅先輩はこちらの反応を見て真っ青になりながら「ごめん……!や、やりすぎたかな。怖いよね、こんなの。」と呟いた。
すると、突然静かな体育館に拍手の音が聞こえてくる。
私の後ろにいた朱天君が、加賀魅先輩を称えるように拍手していた。
私もそれに続くと、生徒たちもつられるように手を叩く。
「先輩凄い!助けてくれてありがとう!」「加賀魅が来てくれて助かった!」という生徒たちの言葉を聞いて、加賀魅先輩の顔が綻んだ。
(良かった。もうこれで……『夢魔と同じ学校に通いたくない』なんて言う人、出てこないね。)
……
てんやわんやしながらも、なんとか事件は収束した。
浩平や轟鬼のメンバーたちは教師や麗華さんに連れられ警察に。
なんでも浩平の魔物化は一過性のもので、時間が経てばまた元に戻るとのことだった。
ミスターコンはほぼあってなきような物ではあるものの、加賀魅先輩に票が集中し先輩が優勝することに。
朱天君は一応、茨木童子に憑依されて体に悪影響が出てないかを私の家で母に診てもらっていた。
「……うん。問題なさそう!暫く疲労感は出るだろうけど、普段通り過ごして大丈夫。」
母が言うと、朱天君は「ありがとうございます。」と頭を下げる。
「……朱天君、疲れたろうし私が送ってくから一旦帰ろうか。」
言うと、朱天君は母に挨拶してから家を出た。
「いやー……難航したね、轟鬼事件!ちゃんと片付いて良かったー!」
帰り道、そう言って歩いていると、朱天君が俯いて「……ごめんな、迷惑かけて。」と呟く。
「あのさ、朱天君が謝る要素なくない?もっと酷い目にあったわー!くらいのテンションでいんだよ?」
「でも……俺が……俺が、あいつらの大切なもんに手出したりしなきゃこんなことには……あいつらだってきっと、辛い思いしたんだろうし。」
そう言って拳を握る朱天君。
私は思いきり息を吸うと「あんなの、負け犬の遠吠えだから!朱天君だって……辛かったし、怖かったんだもん。そう……言ってもいいじゃん。」と口にする。
朱天君は消え入りそうな声で「……怖かった……凄く。」と言う。
「……うん。」
「今まで……ずっと、ずっと怖かった。何かが上達する度に嬉しくて、一緒に喜んで貰えると思ったら友達が泣いてて、その……その、繰り返しだった……!
相手の領域に踏み込まなきゃいいんだって別の場所に足を踏み入れたら、またそこで人が傷ついて……!怖かったよ……辛かった……!」
ずっと――強いからと、我慢を強いられてきた男の本音は、想像もつかないくらい痛くて、悲しい。
「よし、次怖い目に遭ったら……!退魔部の皆で守ってあげる!」
私は涙が目に浮かんでいるのがばれぬよう、上を向きそう豪語したのだった。




