伝説の鬼
「……は?」
浩平はにやけ顔のまま固まってしまう。しかし、「は?」と言いたいのはこちらである。
浩平が持ってきた秘密兵器とやらは、茨木童子には全く効いていないのだから。
「おい……どうなってんだ、お前が効くっていうから連れてきたんだろ。その札何でまっ黒焦げになってんの?」
遥が怪訝に言うと、浩平は「違うんだ、こんなはずじゃ……!」と焦っている。
「封印の札はそのものにそこまで価値はない。力がある者が使うことに意味がある。つまり、お前が持っていてもただの紙切れだ。」
茨木童子は不敵に笑いながらまたステージのへりに座り「酒はまだか、あまり待つのは好きではない。」と言い放つ。
「ま、まずいよ遥!伝説の鬼なんて今から退魔師協会に連絡しても倒せる人を呼べるかどうか……!加賀魅先輩なら勝てるかな?」
私は遥の耳元でそう囁く。
「どうだろうな、流石に伝説の鬼が憑依した男子高校生の戦闘力なんて未知数すぎるし……そもそも、加賀魅先輩が来たとこで合流出来るか分からないぞ。お前のボロッボロの携帯見る限り、あの鬼割と警戒心が強いタイプだ。」
確かに……マイクも携帯も警戒され、破壊していた。
そう簡単に油断してくれそうなタイプではない。
「おいどうした、女はこちらにいろ!色々と話されても面倒だ。」
遥を警戒したのか、私と遥を分断しようとする茨木童子。あまり渋るとあとが怖そうだ。
私は「今行きます!」と答えてから茨木童子の隣に腰掛けた。暫く待っていると、先生が青い顔でやってきてビールらしき物を持ってくる。
「おお、遅かったな。酒が届いたぞ!女、ここに持ってこい。」
私は言われるがままに舞台袖にいる先生の元へ駆け寄った。
「ちょっと先生……!本気!?」
小声で咎めると、先生も肩をすぼめながら小声で
「よく見ろ、リンゴサイダーに泡を乗せただけだ。茨木童子だかなんだか知らんが、朱天なら酒とか飲んだことないだろうし、見た目さえそれっぽきゃ誤魔化せるかもしれん。」と囁く。
「そんな適当でいいんですか!?失敗したらどうなるか……」
そこまで言いかけた所で、茨木童子が苛立たしげに「早くしろ、いつまで待たせる気だ。」と催促する。あまり余裕がなさそうだ、これ以上刺激するのはまずい。
大人しく泡の乗ったリンゴサイダーを差し出すと、茨木童子は一気に飲み干してから「味はいいが……思っていた物とは違うな。案外普通だ。」と呟く。
「あー……!近年はですね、いいお酒ほど弱いんですよぉ!茨木童子様に安酒を飲ませるわけにはいきませんから、あの者が店で1番高価な物を買ってきたそうですぅー……!」
大分無理のある言い訳だったが、茨木童子はリンゴサイダーを気に入ったらしく「まあいいか。」と口にしてから「次は肉だ、とびきりいいのを頼む。」と偉そうにふんぞり返った。
(あれ……なんか意外と……?)
私はあっさり茨木童子が満足してしまった理由を考察する。
今の茨木童子は女子の好み等にかなり朱天君の影響が強く出てしまっていた。先生の言う通り、彼がアルコールの味を知らない以上美味しければ満足するらしい。
程なくして先生がフライドチキンを買ってくると、予想通り茨木童子は美味い美味いとフライドチキンを平らげていく。
生徒たちは唖然としながら楽しそうにフライドチキンを頬張る朱天君を観察していた。
「おい男、そこの民にも肉を配ってやるといい。ははは!現代の宴もまた乙なものだ。おい、誰か芸をやれ!私を喜ばせた者には酒をやろう。」
にぎやかしが欲しくなったのか、茨木童子は生徒に芸をさせたり肉を配ったりリンゴサイダーを配ったりしはじめる。
もうこれは……古代の鬼の接待なんかじゃない……!
朱天鬼丸のリンゴサイダーパーティだ……!
暫く遊んで満足したのか、茨木童子は「中々楽しめた。そろそろ私は地獄に帰るとしよう。」と呟く。
「えっ……そんなあっさり!?いいの!?」
「最初に言っただろう、言う通りにしていれば悪いようにはせんと。お前らは手際は悪かったが従順だったし飯も中々良い物を用意してくれた。不満に思う理由もあるまい。」
(お、思ったより話の分かる鬼だった……!)
「次来た時は強い酒を頼む。」
茨木童子がそう告げた瞬間、朱天君の体から白い光が出ていったかと思うと、地面に吸い込まれた。
「鬼丸!」
遥が朱天君に駆け寄ると、朱天君は唸りながら目を開く。
「……遥……じゃない!?あれ、誰!?」
遥と私はその一言で、朱天君の自我が戻ってきていることを確信した。
「良かったな、あれが結構話の分かる奴で。」
「本当に怖かった……一時はどうなることかと思ったよー……」
やっと息をつけると思った矢先、茨木浩平が「ふざけんなよ……」と呟く。
「……何、あともうちょっとで私たち全員死ぬかもしれないとこだったのに助かったんだよ!?何が不満なわけ。」
意見すると、浩平は「不満だらけだよ!仲間騙して茨木童子の召喚に成功したのに、リンゴサイダー飲んでフライドチキン食べて終わり!?ガキの誕生日パーティーじゃねんだぞ!」と叫ぶ。
(まあ言いたいことはちょっとわかるけども。)
息を荒くしながら頭を抱える浩平に、ステージの最前列にいた男子生徒が「浩平、今のどういう意味?」と問いかけた。
ビクリと体が跳ねる浩平。声の方を見ると、朱天君の姿を真似た男子生徒が眉を下げながら浩平を見ている。
「浩平、言ったよね?朱天君のヒーローショーを見せてくれるんだって。だから俺たち浩平に協力したのに、なんで朱天君に茨木童子が憑依してたの?」
朱天君を真似た男子生徒の問いかけに、浩平は冷や汗を垂らしながら黙り込んでしまった。
「待てよ、こっちが聞いてた話とも違う!作戦変更して朱天鬼丸に茨木童子降ろして暴れさせるんじゃなかったの?パーティーしてただけじゃん!説明しろ。」
次は後ろに潜っていたガタイのいい男子生徒たちが前に出てきて、浩平に詰め寄る。
浩平は「あっ、えっ」とどもりながら目を泳がせていた。
因果応報と言うべきか、味方を欺いたせいで浩平の立場はかなり危うくなってしまったようだ。
男子たちが浩平を追求しようとステージに登ろうとした時。
「もうやめろ!」
そう男たちに言ったのは、他の誰でもない朱天君だった。
「お前ら、轟鬼のメンバーなんだろ?こんなイベント中に揉めんなよ!俺に恨みがあるなら、後でいくらでも聞くし、謝るから。
もう関係ない人間を巻き込むなって!」
おかしな話だ。今回の件で謝るべきは、嫉妬に狂って多くの人間に迷惑をかけた浩平たちのほうなのに。
――言葉を飲むのは強い方、いつも朱天君だったんだろうと思わせられる。
文句のはひとつでも言ってやりたいと口を開き「謝る必要ない!こいつら朱天君を僻んで嵌めようとして自滅しただけのダッサイ奴らなんだって。朱天君は……悪くない。」と言って浩平を睨んだ。
すると、浩平は突然栓を切ったように大声で笑い出す。
私や遥だけじゃない。その異様さに、その場にいる全員が浩平を見た。




