召喚
鳥は木の上に止まり、少年たちを見下ろす。
「な、なんだあれ……新種?」
ザワつく少年たちを暫く眺め、鳥は杭を持った少年を見つけると大きな声で鳴いた。
すると、杭を持った少年は突然後ろに倒れ込んでしまう。
少年たちは動揺しながら、杭を持った少年を抱え悲鳴を上げながら逃げ出した。
「あ……り、がとう。」
恐る恐るお礼を言うと、鳥は何も言わずに飛び去っていく。
私は唖然としつつ、それを眺めていた――。
轟鬼側は杭のフォーメーションが決まっている。つまり1つでも杭を刺すことを阻止できてしまえば失敗に終わるのだ。
しかし、浩平は意外に慎重な男。もう少しだけ轟鬼メンバーを探したいと思っていた時、朱天君の携帯が鳴った。
彼が出ると、受話器の向こうから『お前ら、何やってるんだ!そろそろショーをやる時間なのに誰もいないから騒ぎになってるぞ!』と生活指導の先生のけたたましい声が聞こえてくる。
「やべ……そっか、遥も加賀魅先輩もいないんだっけ。」
朱天君は青い顔で呟く。実行委員も演者もいないままにイベントを放置するのは確かにまずい。
「わ、私はもうちょっと轟鬼を……」
「何言ってんの。麗華さんがいない以上茂木が単体で動くのは危なすぎるから。急ぐぞ!」
朱天君は言いながら、私のペースに合わせ走り出す。
(別に、朱天君は全力で走っていいのに。)
不甲斐なさと申し訳なさを抱えつつ、何とか学校に到着する私たち。
生活指導の先生にガミガミ言われながらも体育館のステージに向かうと、生徒たちが朱天君を見て歓声を上げた。
(盛り上がってるのは知ってたけど、凄い人だな……)
ステージの袖から見た景色に圧倒されていた時、ふいに私の携帯が震える。
(遥からだ。)
少し小さな声で「はい、桃子だけど。」と応答すると、遥が取り乱したように『鬼丸をステージに上げるな!』と叫ぶ。
状況が分からず「急にどうしたのよ、だって皆待ってるし誰も立たせない訳にはいかないでしょ。」と答えた。
『捕まえたんだよ、茨木浩平……!杭を打つ班にダミーを混ぜてたらしい。
気を付けろ、お前と鬼丸が杭を打つのを防いでも、それがダミーなら計画は阻止できない。』
(ダミー!?そっか、1つでも阻止したら終わりなんだから、浩平が素直に本命だけ泳がせるわけない……!)
「事情はわかったけど、なんでそこから朱天君をステージに上げるななんて話になるの?」
『こいつ、鬼丸に茨木童子を憑依させて暴れさせる気なんだ!加賀魅先輩の件を考えろ、もし成功したらまずいことになる!』
(何それ!?轟鬼のメンバーは朱天君と茨木童子を戦わせるって言ってたのに――!浩平のやつ、味方を騙して働かせてたんだ!)
ぽたりと汗が地面に落ちる。まさか、そんなことになる訳がない。
だってさっき、杭を刺すことを阻止できたし――
そう思って振り返った瞬間、ステージの上に稲妻が落ちる。
生徒たちの悲鳴が聞こえてきて、膝が震え出した。
ステージの上の朱天君はしっかりと立っているが、俯きながら拳をグーパーしている。
嫌な予感がして、制御札に魔力を込めた。しかし、朱天君の耳にあったそれはまるで飴細工みたいに簡単に砕け地面に落ちてしまう。
「久しぶりだな人間ども。随分平和ボケした顔をしている。」
ステージの下にいた生徒たちは朱天君のセリフを聞いて、「何あれ?厨二病?舞台演出?」などと呑気なことを話していた。
私は唖然としている実行委員からマイクを奪い取り、「皆さん、緊急事態です!魔者が現れました。今すぐ学校から避難してください!」と叫ぶ。
戸惑いながら演出なのか事実なのか判断しかねている生徒たちは、中々逃げようとしない。
すると茨木童子に憑依された朱天君がゆっくりこちらに歩いてきて、マイクを私から奪い取ると、まるで雑巾みたいに絞り、壊してしまった。
マイクが壊れる時に出た轟音を聞いて、生徒たちはやっと叫び出し、逃げようとする。
しかし茨木童子は壊したマイクを入り口付近に投げつけてから「逃げたら殺す。」と大きな声で言い放った。
(まずい……!この状況はかなりまずい!)
「まずは人間どもに酒と女、美味い肉を要求する。言うことを聞けば悪いようにはせん。」
茨木童子はそう言いながら偉そうに舞台のへりに腰掛ける。
「はあ!?あのね、あんたが憑依してるその子は未成年だからお酒なんか飲めないの!」
茨木童子に文句を言ってやるも、奴は「人間の理に興味はない。」と簡単に切り捨てた。
(どうしよう――そうだ!遥との通話!)
放置していた携帯を耳に当て「遥、あのね」と呟く。
『聞いてたよ、やばいんだろ。今そっち向かってるからちょっと待ってて!なんか……なんだっけ!?茨木童子を封印できるなんかがあるらしい!信じていいんだな茨木浩平!』
『あるよ、任しとけ!うちに代々伝わる茨木童子を封印したとされる札、絶対効くからさ!』
妙に風を切るやかましい音が混ざる中、遥と茨木浩平の会話がスマートフォンから聞こえてくる。
(うわ……!てことはこいつ、朱天君に茨木童子を憑依させて自分がヒーロー面しながら退治するつもりだったってこと!?)
『とにかくお前はこの通話繋いだまま時間稼いどけ、いいな?あっ……おいバカ動くな!重い!』
(重い……?)
遥は茨木浩平をおぶりながら向かっているのだろうか?不思議に思いつつ「加賀魅先輩と麗華さんは?」と尋ねると、
『麗華さんはお前の家で治療中、加賀魅先輩は走って学校まで向かってる。伝説の鬼相手だし、不本意だけど倒し方知ってる奴を優先的に運んだ方がいいだろ。』と答えた。
(なら、笛を使って加賀魅先輩を呼べばいいんじゃ……!)
そう思って笛を取り出そうとした時、茨木童子が私の携帯を奪って投げ捨てる。
スマートフォンは高いビルから落ちた時のようにぐしゃりと砕けてしまった。
「お前、今何をしようとした?」
茨木童子は私の動きを目ざとく監視していたようだ。
――ここで笛の存在を知られるわけにはいかない。
「し…式神を飛ばそうとしたの。仲間に危険を知らせたくて……」
ぐしゃぐしゃになった切り紙を見せると、茨木童子は「お前、退魔師か。」と言って不気味に笑う。
そして私の手を掴むと「お前、美人ではないのになぜかはわからないが妙に可愛く見える。酒が届いたら酌をしろ。」と告げた。
(ああ……体は朱天君だからフィルターが生きてる!?とりあえず無関係の女子生徒が巻き込まれることなさそう……!)
そう思った時、地面から蔦が伸びてきて茨木童子の手を払う。
ガラスの割れる音がして見上げると、大きな翼を広げた遥が茨木浩平を抱えながらランニングデッキに立っていた。
「遥……!飛べたの!?」
遥はステージの上まで飛んで来ると、「有能な人間は能力を隠しておくものなんだ。」と息も絶え絶えに言う。
成長した状態なのを見るに、この姿じゃないと飛べないから私には飛べることを隠していたようだ。
浩平は遥の腕から降りると、ご機嫌に札らしきものを掲げ、「おい茨木童子!これが見えるか?」と挑戦的に話しかけた。
茨木童子は札を見ても何の反応も示さず、遥に「お前、同胞か?なぜ人間の味方をしている。」と問いかける。
「は???味方とかしてないし、お前が僕の下僕に触ってたからムカついただけだから。……それよりいいの?あいつが持ってる札、お前を封印できる秘密兵器って聞いてたんだけど。」
遥が早口に言うと、茨木童子は鼻で笑いながら宙に向かい手を伸ばす。
すると、茨木浩平の持っていた札が……燃え上がり、黒焦げになってしまった。




