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9年の重み

「あっ!茂木さー……」


公園に集まっていた加賀魅先輩が手を振ると、私の名前を呼びかけてから、青い顔で止まる。


「鬼丸が……制御札っぽいの付けてるーっ!」


加賀魅先輩が叫ぶので、麗華さんも興味津々に駆け寄ってきた。


「ほんとだ!似合うねそれ。」


「……契約したの?」


遥が関心無さそうに尋ねると、朱天君は「ここから先、暴走とかしたら浩平を倒せないからさ。」ともっともらしいことを答えていた。


(遥、やっぱりちょっと元気ない……?不機嫌なのとはまた別で、純粋に体調が悪そうというか。)


「そう。……鬼丸の方は何か分かったんだよね?教えて。」


遥が言うと、朱天君は杭の配列について話し始める。


「流石、こういうの調べさせると頼もしいね。」


遥が褒めると、朱天君は照れくさそうに「遥の調べてくれた事前情報ありきだし?」と呟いた。


「こっちは杭3本くらい見つけたよ。鬼丸の送ってくれたマップだと、この辺。」


加賀魅先輩はそう言ってグループチャットに赤丸の付いたマップを送ってくれる。


「このマップの通り杭を抜いてけば妨害できそうだね!よしよし、作戦は順調だ。」


麗華さんはそう言った後で遥を見やり

「……今日、ここでお開きにしない……?遥君顔色激ヤバいよ。」と言う。


私も気になっていたが、遥の顔色は青白く、血色感がほぼない。


「俺送ってくよ。遥の家行ったことあるし。」


加賀魅先輩が言うと、朱天君が「俺も行きたいけど家の用事が……どうしよう。」と頬を掻く。


「いいよ、自分で帰れる。」


遥はそう言って立ち上がるも足取りはふらついていた。


「全然心配なんですけど!?」


朱天君がかなり心配している様子だったので、「私も行く。遥の世話なら慣れてるし!」と名乗り出る。


「え……あー……今ここで複雑な気持ちになったってしょうがないよな。分かった!なんかあったら連絡して!」


朱天君はそう言って私と加賀魅先輩を見送り、麗華さんも「何かあったら相談してね」と声をかけてくれた。


遥を支えながら、アパートの中に入っていく。

遥は一人暮らししているらしく、「高貴な僕」なんて言っている割に親しみのあるアパートの一室に住んでいるというのが逆に遥らしい。


薄暗廊下を抜け、寝室を開けると綿菓子みたいな甘い香りが抜ける。

ベッドの上にはこれでもかというくらい大量のうさこうもりで溢れていた。


遥をベッドの上に寝かせると、まるで全自動式の人形みたいに大きなぬいぐるみをぎゅっと抱える。


(この子も大概……寂しがり屋よね。)


「遥……なんか魔力薄くない?ご飯食べてるの?……てか、薄々思ってたけどさあ。君って普通の人間じゃないでしょ。」


加賀魅先輩は遥に優しく布団をかけながら言う。

すると遥は掠れた声で「加賀魅先輩、桃ちゃんより優秀……」と呟いたので、私は「やかましいわ。」と返した。


「遥は吸血鬼なんです。もしかして……血、吸ってないの?」


尋ねると、「お前には関係ないだろ」と悪態を突かれてしまう。


「吸ってないんだね。いつ魔力を消費したのか知らないけど、食事しないと死んじゃうよ?イケメンの血でよければあげるけど。」


加賀先輩が言うと、遥はキッパリ「間に合ってます。」と答えた。


「もー遥!選り好みしてる場合じゃないでしょ!?」


「選り好みじゃなくて……魔者から血を吸うと魔力が濃すぎて混ざるんだよ……最悪暴発する。可愛い僕が爆発するのを夏の風物詩として記憶に刻みたいのか。」


遥に言われ、私はそんなトラウマを植え付けられるのはごめんだと首を振った。


「じゃあ、私の血を」と言おうとして留まる。

あまり普通の申し出でもないし、加賀魅先輩を心配させないか、遥が嫌がらないかなどが気になって頭をぐるぐる駆け巡った。


「……俺、ちょっとご飯の買い出し言ってこようかなー。遥何食べたい?」


加賀魅先輩が立ち上がりながら言う。


「……ミネストローネ、あとパスタ、ニンニク絶対抜きで……」


遥が答えると、加賀魅先輩は「遥のこと見ててあげて。」と伝え部屋を出た。


……気まずい沈黙が続き、私はもじもじと指をこねてから「私の血、吸ってもいいけど。」と口にした。


すると遥は即「間に合ってる。」と返してくる。


「どこが!間に合ってないから倒れたんでしょ!いいから吸いなさい!ほら、腕!」


私が怒りのまま腕を差し出すも、遥は寝返りを打って拒否した。


「はーるーかー!食べなさい!桃ちゃんの血はおそらく多分美味しいから!」


「いらないの。やだ。」


遥があまりに頑ななので、私は「何よ……可愛くない奴。」と悪態を突いた。

瞬間、遥のカラダがびくりと跳ねる。


「なんて言った?お前……」


遥が震えた声で尋ねるので、私は再度「好き嫌いして何も食べずにへばってるなんて可愛くない奴って言ったけど?」と言い捨てた。


「僕は可愛い、訂正しろ。」


「やだ、血を飲むまで訂正しない。」


遥そこでやっと起き上がり「……分かったよ。でも吸ってる間、絶対、絶対、絶対、目を閉じてろ。開けるなよ、いいな?」と念を押す。


「はいはい、いいからさっさと吸いなって。」


遥は私の腕を取る。

その間、私は恥ずかしさもあって目を閉じていた。


……すると、ベッドの重心が傾いて、遥の手の感触がどんどん骨っぽくなっていることに気付く。


(もしかして……前に1度見せて貰ったけど、吸血鬼の完全体はいつもの遥みたいな見た目じゃないのかな?)


チクリと腕に鈍い痛みが襲い、魔力がどんどんと吸われていく。


「遥……ここに来る前は食事、どうしてたの?」


「……仲のいい友達に吸わせてもらってた。ていうか何度も牙通したくないからあんま話しかけんな。」


そこで、遥の声が低いことに気が付く。

「遥……声、変わった?」思ったことをそのまま口にすると、遥の動きがピタリと止まった。


「……遥……?大丈夫……?」


「あっ……馬鹿やめろ!見るなって言ったのに!」


遥は勢い余ったのか、私と一緒にベッドに倒れ込んでしまう。

その時目の端に見えた細くはない腕を見て、何かを察する。


(……あ……そっか。なんか変だと思った。)


遥は告白の時、「9年間鍛えた」と言っていたのを覚えている。

なら、どうして彼は「細くて小柄なままだったんだろう」?


少しびくつきながら、焦りと恐怖で震える男の顔を見やる。


――ああ、9年越しにちゃんと姿を見れてなかったのは、遥だけじゃなかったんだ。


身長は恐らく170センチ台、鼻筋の通った綺麗な顔立ちに、長く骨ばった指。

これが……本当の遥なのだろう。


「遥……姿、ずっと変えてたの?だから魔力の消費が激しくなって……」


私が言いながら遥の頬に触れようとすると、遥は「見ないで!」と大きな声で叫んだ。


「だから……言ったのに……!終わりだ、もう桃ちゃんに可愛いって言って貰えない……!」


遥はよろけながら布団を被り震えだす。


遥は、9年前の姿をなるべく留めようと少し幼い姿を保っていたんだ。

……私が、再会してもすぐに分かるように。


程なくして、布団の固まりが小さくなる。

そしていつもの遥が愚図りながら顔を出した。


「可愛いって言って……言ってくれないと死んじゃう。」


遥が震えながら言うので、私は「遥は可愛いよ。」と答える。


加賀魅先輩が戻ってくるまで、私はあの男の顔を思い出してはそれを振り払う。


月明かりの下で見た、あの遥を見た時と同じ複雑な感情。

遥が「可愛い」だけじゃなくなってしまった異物感。


遥がこんなに泣いて、嫌がっているのに……私は何故かもう一度、あの顔を見たいだなんて思ってしまっていた。

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