可愛い桃子
「麗華さん!?集合時間はまだ先ですが……!」
「ごっ、ごめん!ちょっと早めに行ってなんか手伝えないかなとか……思って……あの、大丈夫?言っちゃ悪いけどボロボロだよ。」
麗華さんに言われ、玄関脇の鏡を見てから絶望する。
土色の肌に清潔感のない隈、ぴんと跳ねたアホ毛は、我ながら芋と言わざるを得ない。
「緊急事態みたいだね、ちょっと洗面所借りるよ!」
麗華さんは無理やり上がり込むと、あれよあれよという間に私の髪をとかし、化粧を施した。
(わ……すごい、生気が戻ってきた!)
だんだんと透明感を増していく顔面、サラサラの髪に心を踊らせる。
きっと、今なら昨日加賀魅先輩が選んでくれた服や小物も似合うはずだ。
「さーて、服をどうしようか。」
麗華さんが言うので、私は彼女を部屋まで案内し、加賀魅先輩に選んでもらった服を見せた。
「えーすごい!センスいいー!それ着てみちゃおうよ!私フェイスカバー持ってるからあげる!」
私は麗華さんからフェイスカバーを貰うと、加賀魅先輩に選んでもらった服を着てみる。
すると、鏡の中に自分ではないようないい女が現れた。
「可愛い!桃ちゃんすっごいビジュいいよ!こりゃ男子たちも釘付けだなー!」
「そうですかね?」とヘラヘラしながら麗華さんの方に向き直る。
ふと、麗華さんは私をじっと見つめ、真剣な顔をして何かを考え始めた。
「あ、あの……?」
「桃ちゃん、ちなみに……誰なの?」
「誰とは。」
「あんなイケメン3人と同じ部活なんだよ!?いるよね?彼氏とか、狙ってる人とか……!」
麗華さんがずいっと顔を近づけながらとんちきなことを口にするので、私は顔を熱くして「は!?ない、ないです!私みたいなのがあんな人たちと……!」と声を荒らげる。
「なんかってことないでしょ!私が予想するに……!加賀魅君は絶対桃ちゃんが好き!ずっと桃ちゃんのこと見てたもん!」
麗華さんの考察はなまじ外れてもいない。
加賀魅先輩は私に告白しているし、実際に昨日、私のことをよく見ていないと気付けないようなことまで気にしてくれていた。
「鬼丸君も怪しいんだよなー……!なんか桃ちゃんを見る時の目?愛おしそうって言うか、とろんとしてて……!」
「そ、そんなことないでしょ!」
しかし、この前妙な雰囲気になった前例もある。あながち素っ頓狂な話でもないのかもしれない。
「あと遥君ね!あの子は……」
(召使い或いは都合のいいお姉ちゃん役として見ているといったところか。)
「桃ちゃんのこと好きすぎるよね。なんか怖いくらい。」
「えっ!?」
思いもよらぬ言葉に思わず声が漏れる。
「は、遥が!?まさか、愛情があったとしてもペットへの愛着程度のもんで……」
「そんなことないと思うな、遥君は一言で表すと激重ってかんじ。」
麗華さんの言葉を受け、頭が混乱してしまう。
(遥が……?遥が私のことを……!?もし、もしそうなんだとしたら……!)
しかし、そこで急に我に帰った。
遥が私のことを好きなら、「運命の人」を探させる必要はない。
例えいつもの「僕の為に何かをしてくれる」ことに対する愛情確認なんだとして、遥は嫉妬させたいとか、そういう悪意のある試し行動はしない人だ。
「……遥だけはないですよ、勘違い。」
言いながら俯くと、麗華さんは気まずそうに黙り込んでしまう。
2人とも暫く沈黙していると、またインターホンが鳴った。
「あっ……出てきます!」
麗華さんにひとこと断り玄関に急ぐ。
扉を開けた先では、加賀魅先輩がドーナツの箱を片手に立っていた。
「先輩!?……早すぎるんですけど。」
じとりと睨みながら言う私に対し、加賀魅先輩は暫く呆然とした後でへらりとにやける。
「茂木さん……超可愛い……!なにそれ……!」
口元を押さえながら言う先輩を見て、目を逸らす。ここまで素直に可愛いと言われてしまうと、何と返せばいいか言葉に迷ってしまう。
「せ、先輩が服……選んでくれたんでしょ……」
特に噛み付くこともできずにそう口にすると、加賀魅先輩は満足気に私の髪に触れ
「想像してたのより100倍可愛かったんだもん、俺が来るからおしゃれしてくれたの?そうだよね?」と尋ねてきた。その目はぼんやりと光っている。
「ま、まあ……その、皆来るから……」
いたたまれず下を向きながら答える私に対し加賀魅先輩は低い声で「ま、今はそれでいいや。」と呟いてから
「茂木さんに差し入れしに来たんだ、あとお手伝いも!俺使い魔だから役に立ちたくて。」と微笑む。
麗華さんが階段を降りてくると、加賀魅先輩を見るなり「あれ、もう来たんだ」と言う。
「あれ、俺一番乗りじゃなかった系?あそっか、いつものメイクと違うから女子2人でファッションショーでもしてたのかな。」
流石と言うべきか、加賀魅先輩は私のメイクの違いもお見通しのようだ。
「そうなんだー!どうよ?中々上手いと思わない!?素材がいいのもあるけど、外に連れていったら皆釘付けだよねー!?」
私の肩に手を置きながら得意げに言う麗華さんに対し、加賀魅先輩は「そうだね、今日は家にいてもらわないと。麗華ちゃんもドーナツ食べよ、いっぱい買ってきたから。」と言って今に向かう。
麗華さんは「ドーナツ!めっちゃ好きなんだよね!」と目を輝かせた。
お茶を用意しようとキッチンへ向かった後、加賀魅先輩が「俺が淹れようか」と申し出てくれる。
「いいんですか!?助かります!」
加賀魅先輩は慣れた手つきでポットにお湯を注いだ。
「……先輩、今日の私ってそんなに可愛いですか?」
尋ねると、先輩は一度硬直してから「可愛いよ、直視できないくらい。」と答えてくれる。
「ほんとに?誰が見てもそう思います?」
少し上機嫌にまた尋ねると、加賀魅先輩はこちらを見て「遥も可愛いって思うんじゃないかな。」と答えた。
――私は、声にならない息を漏らしながら固まってしまう。
(べ、別に遥のことなんて聞いてないのに!)
額に滲む汗を拭ってから、「遥は関係ないでしょ!」と声を荒らげる。
加賀魅先輩はカップにお茶を注ぎながら静かに微笑んでいた。
(でもそっか……!遥も今日の私を見たら可愛いと思うんだ。)
ニヤニヤしながらお茶とドーナツを楽しんでいると、またインターホンが鳴る。
私は「はーい!」と返事をしながらうきうきと玄関のドアを開けた。
その先には少し顔の青白い遥がいて、目を丸くしながら私を見ている。そこから、ゆっくり玄関の靴に目を落とした。
(遥、びっくりしてる!可愛すぎたかな……!)
なんて浮かれたことを考えていた私に、遥はぴしゃりと「何浮かれてんの、馬鹿みたい。」と吐き捨てる。
笑顔のまま固まる私の横を不機嫌そうに通り抜ける遥。
その足取りは、少しふらついている。
私の頭の中では、遥に言われた言葉が延々と響いていた。




