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世界一可愛い…?

「私、なんかしちゃった……?」と、震えた声で呟く。


「桃は悪くないよ。……次から、遥に送ってもらって。轟鬼の件で何かあれば、聞くから。」


朱天君はそう告げてその場を離れてしまう。


(何……?遥も、朱天君も……おかしいよ。

私が何かしちゃったなら、言ってくれればいいのに……!)


「おかえり桃ちゃ……あらっ」


私は母の挨拶すら聞かず、唇を噛みながら走って自室に戻った。


(遥に送ってもらうって……できるわけないじゃない、あんなことがあった後で。)


暗い自室の中で、遥のトーク画面を見ながら内心で呟く。


「遥……やっぱり、泣きそうだったよね。」


昔っから、遥はとても泣き虫だった。

「他の子と遊んじゃやだ」とか、「可愛いって思ってくれなきゃやだ」とか、そんなしょうもないことでよく泣いていたっけ。


そういう時、遥は決まって「桃ちゃんなんか嫌い!来ないで!」などと言うが、構わないと余計に泣く。


(流石に……もう高校生なんだし、あんなに頭も回るし?昔のままなんてこと……ないよな?)


大抵、遥は拗ねると近所にある公園のブランコで愚図っていた。

そして最後は大抵「遥が世界一可愛いよ」と言うまで機嫌を直さない。


(もし「ほっといて」が「追いかけて」だったら……どうしよう。)


私はそう思うと体がうずうずして、帰ってきたときと同じ速度で家を出る。

母はそれを不思議そうに眺めていた。


あの公園は、家から10分もしない場所にある。

何か嫌な予感がして走っていると……ブランコに揺られている男の子の姿が見えた。


「遥!」


名前を呼ぶと、遥は私の顔を見て目を見開いてから顔を伏せる。


(やっぱり、あれは遥なりの『追いかけて』サインだったか……!根は全然変わってないんだから。)


「……ごめんね、遅くなって……!」


私が隣のブランコに腰をかけると、遥は「別に待ってない。」と呟く。


「うそ、ずっとここで暗くなるまで待ってたんでしょ?本当に待ってなかったら別の場所を選ぶもん。」


「……そもそも、お前がここを覚えてること自体がキモいんだって。……9年前だぞ、一緒に遊んでたの。」


遥は軽くブランコを漕ぎながらボソボソと嫌味を言う。


「覚えてるに決まってるじゃん、遥と遊んだ時、楽しかったもん!……忘れるわけない。」


言うと、遥はブランコを止め「……そんなに忘れられないくらい……僕のことが好きなんだ。」と口にする。

その口元は少し笑っていた。


「そうだよ、遥のこと大好きだから早く帰ろ?」


「……」


遥はまたブランコを漕ぎ出し、黙り込む。


「……わかったよ、ごめんね!私がなんかしちゃったんでしょ?もう暗いし……明日絶対埋め合わせするから帰ろうよ。」


「今がいい。」


「……分かった。じゃあせめて何に怒ってたのか教えてくれない?」


「お前が……僕を1番可愛いと思ってなさそうだったから。」


遥の言葉を聞いて、私は「はい!?」と声上げる。

小学生ならまだしも、高校生にもなってこの男は一体何を言っているのだろう。


「いいか、お前はいつも僕を1番可愛いと思ってなきゃいけないし、大好きじゃないといけないの。……なのに、お前最近、順序がグラついてきてるだろ。僕のいない間にも、色々あったみたいだし。」


(順序……?ああそうか、きっと遥は嫉妬しているんだ。)


――私の人生において、遥のいない時間はあまりに長かった。

何なら、私の16年の人生の中で遥といた時間は1割程度。

その中で新しい好きも嫌いも形成されて、遥はそれを面白く思っていないのかもしれない。


「遥……そうだよね、ごめんね。遥は私が別の人に夢中になるのが嫌だったんでしょ?」


「ん……」


遥の顔が少し柔らかくなる。

どうやら私の推理は当たっていたみたいだ。


「遥はずっと……嫉妬しちゃってたんだよね。『黒色鉛筆様』に……!」


言うと、遥は「は?」と言いながらこちらを睨む。


「あれ違った!?私の推しに嫉妬してるのかと……!」


「違う!あと嫉妬なんてしない。僕は高貴な存在だからな。召使いであるお前の意識の低さを憂いているだけ。」


「もー……素直になれないなら私帰るよ!」


ブランコから立ち上がり言うと、「……帰れるんだ、僕を置いて。」と遥が呟く。

私がそれを聞いて動けず黙っていた時、遥が「許して欲しい?」と尋ねてきた。


「そう……だね。できれば……」


遥は私を試すかのように、ただじっとそのルビーみたいな色の瞳をこちらに向けている。


そうか。遥はきっと、9年前と同じ言葉を待っているんだ。


「……ごめんね遥、遥が世界一可愛いよ。」


言うと、遥はブランコから立ち上がり

「仕方ない、帰るか。」と言って私の手を引く。


「えっ……ちょっと、遥は家の方向違うでしょ!?」


「夕方鬼丸から『茂木をあんまり1人にしないで』ってメッセージが来たの。不本意だけど、僕はいいご主人様だから送ってやるのだ。」


(朱天君……遥に話通してたんだ。)


遥の手は相変わらず冷たい。

でも何故か、私の体温は上がっていった。


変わってしまったようでいて、こうしてたまに8歳の頃そのままの遥が出てくることもある。

こちらは以前のように構えばいいのか、16歳男女らしく距離を保てばいいのか迷ってしまう。


(遥が1番にこだわるのは昔からだけど……『運命の人』を探してるのに私と未だこの距離感はまずいのでは?)


家に着き、遥は「次からは召使いとしての意識を高く持てよ。」と言って去ろうとした。


「あ、ねえ待って!」


私が呼び止めると、遥はだるそうに振り向く。


「遥……あのさ。確かに私は遥のこと、世界一可愛いと思ってるけど……遥は運命の人を探してるんでしょ?そんな人が見つかった時、私がまだ遥を1番だと思ってたら問題なんだよ。だから……」


言いかけた所で、遥が私に近寄り顎を持ち上げる。


「!?」


遥のえげつない程に可愛い顔面が、夜の闇と月の光に充てられ少し大人っぽく見えた。


「そんな話、今聞きたくない。運命の人をちゃんと見つけてから僕に意見しろよ。」


遥は言いながら私の顔をじっと見つめる。


「遥……あの……何を……?」


「全然分かってないみたいだから二度と忘れないように記憶に焼き付けてやろうと思って。僕の天才的可愛さと、お前がそれに逆らえない運命にあること。

ねえ、もう一度言って?僕は世界一可愛いでしょ。」


遥に言われ、私はその圧倒的顔面に負け

「遥は世界一可愛いです。」と答えた。


すると遥は満足したように私から離れ無言で帰ってしまう。


私は月を見上げ、新たに焼き付けられた遥の天才的な美しさを何度も何度も思い出す。

そして、その中に異物が紛れていることに気が付いてしまった。


(かっこ……よかった……遥が……)


すぐさま首を振り、玄関のドアを開け逃げるように家に入る。


私が9年間「可愛かった幼なじみ」として大事にしていた姿を、見失いたくなくて……

自室に戻った後もずっと、「遥は可愛い生き物」と念仏のように繰り返し唱えたのだった。

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