危険な男?
少しだけ騒ぎは落ち着き、私と加賀魅先輩は母とお茶を飲んでいた。
「……そう、桃ちゃんには魅了が効かなかったのね。」
母が不思議そうに呟く。
加賀魅先輩が私との馴れ初めをそれはそれは嬉しそうに語る中、ふと引っかかったようだ。
しかしそれに関しては私も疑問に思っていた。
どうして加賀魅先輩は私に触れても平気なのだろうか?
「どうしてだと思う?」
尋ねると、母は少し唸った後
「桃ちゃんは魔者を察知するセンサーが弱い……というか、ほぼ無いでしょ?」
と口にする。
「そう……だね。ゼロだね……」
「逆にその鈍さが、魔力の干渉を抑えてるのかも!桃ちゃんは最強とも言われる精神干渉に強いってことよ、凄いことだわ!」
母は嬉しそうに言いながらクッキーを頬張った。
「でも気をつけて、その夢魔が邪悪な魔者である可能性は残ってる。手を出されそうになったらすぐお母さんに言うのよ。」
母が言うと、加賀魅先輩は
「お母様!俺の事は『祐輔』って呼んでください!息子だと思って接していいんですよ!」
と言い放つ。
「……桃ちゃん、その夢魔さっさと帰らせて。彼人の神経を逆撫でする才能があるわ。」
「あ……はい……」
母に言われ、私は1度加賀魅先輩を連れて家を出た。
……
かつて先輩に連れて行かれた公園まで来ると、私は彼の顔を覗き込む。
かなり色々あった後だというのに、加賀魅先輩の顔は相変わらず嬉しそうだ。
「茂木さんのご両親、凄く娘思いだね」なんて呑気なことを呟きながら、愛おしそうに指輪を見つめている。
(こんな人が……手を出してくるわけないじゃない、馬鹿馬鹿しい。)
「何にやにやしてるんですか、状況わかってます……?結構やばいですよ。謹慎しなきゃだし、推薦も取り消されて、父と母にも警戒されてるんですから。」
私は加賀魅先輩にそう警告した。
彼にはあまりにも緊張感がなさすぎるので、少し心配になってしまう。
加賀魅先輩は「分かってるよ。やべーし、申し訳ないけど……そういう顔したら、茂木さんどんどん『ごめんなさい』って顔になるじゃん。」と答える。
(あ……)
私はやっと理解した。加賀魅先輩は楽観的な訳じゃなくて、不安な顔をしないよう気を遣ってくれていたのだ。
「ほら、またしてる。言ってるでしょ、俺の責任であって茂木さんの責任じゃないんだよ?大学行ってしたいこととかも別になかったし。」
「いや……でも、私のこと好きにならなかったら、先輩は……推薦……」
俯きながらごにょごにょ呟く私を見て、先輩は突然顔を近づけてくる。
「!?」
至近距離で見ても綺麗な顔だ。
透き通った肌、長いまつ毛、青い瞳……
だんだん顔が熱くなって、目を逸らす。
「な、何ですか!?急に黙ってジロジロ見てきたりして……!」
言うと、加賀魅先輩は
「茂木さん、男の人にされてみたいことってある?」と尋ねてくる。
「されてみたいこと……?お、お姫様抱っことか……?」
動揺していたせいで、子供じみた欲望が口から出たことに後悔する。
(絶対そういう話じゃないよね……!)
いたたまれずに俯く私を、加賀魅先輩は突然抱き上げた。
「ほあ!?」
思ったより軽々抱き上げられ、驚愕する。
さっき家で「ほっぺにチュー」とか言っていた男が、まるで王子様みたいに涼しい顔で私を抱えるものだから頭が混乱してしまった。
「かっ加賀魅せんぱい……!これは……!?」
「茂木さんはさ、俺の『してみたいこと』をいっぱい叶えてくれた人なんだよ。」
「え……」
「デートに行って、手握って、遊んで、拗ねても許してくれて……俺が絶対無理って思ってた理想を、凄い勢いで実現してくれたの。
……だから、『好きになったせいで』とか言わないでよ。俺、茂木さんのこと好きになれて幸せなんだから。」
(な……によ……!急にロマンチックなこと言って……!)
私は加賀魅先輩の顔が見れず目を泳がせる。
「だから俺、今度は茂木さんのしてみたいことも、されてみたいことも、全部叶えてあげる。
それが俺の1番したいこと。……だから、推薦のこととかは気にしないで。
俺の将来は、君がいればずっと明るいから。」
お姫様抱っこされながら、歯の浮くようなセリフを吐かれ困惑してしまう。
これもきっと計算でやってることではないだろうが、私の心臓はうるさいくらいに鳴っていた。
「だ……から……!そういうことを簡単に言うから女子が惚れちゃうんでしょ……!」
「茂木さんにしか言わないよ。」
柔らかい笑みで言い放つ加賀魅先輩。
私の心臓はどんどんと動きを早め……そして、頭がくらっとしはじめる。
(あ……れ……なに、これ……)
「あ……!ごめん!茂木さんの魔力めっちゃ出てたみたいで……!大丈夫!?顔色悪いけど……!」
(なるほど……!確かに加賀魅先輩は悪意を持って手を出してくるような男じゃない。
でも無自覚で女たらしムーブをしてくる男なの、忘れてた……!魔力が……吸い尽く……され……)
私は加賀魅先輩に抱えられたまま、眠りについた。
その後加賀魅先輩は魔力が底を尽きそうな私を自宅に運んでくれたらしい。
母はかなり説教したようだが、「茂木さんが死んじゃったらどうしよう」と泣きわめく加賀魅先輩を見て頭を悩ませたようだ。
(線引きは必要ね。次から勝手にお姫様抱っこするのは禁止って言っておこう。)
私は自室のベッドの中で、そう反省していた。
(もう魔者探しを強行する必要はないんだし、お父さんとお母さんには退魔部がほぼ全員魔者かもしれないことは黙っておこう。)
……
翌朝、起きてくると父が険しい顔で新聞を眺めているのが目に入る。
昨日散々な目に遭った父になんて声をかけようか迷っていた時、父が私に気付いて「桃子、こっちに来なさい。」と口にした。
私はダイニングテーブル脇の椅子に腰掛け、
「どうしたの?」と尋ねる。
「最近、この辺りで悪さをする若い鬼の集団が問題になってるらしいんだ。『轟鬼』っていうグループなんだけど……」
「へえ、鬼の不良集団とは厄介ね。」
鬼は、普通の人間と比べて筋力が高い。
反社会的な立場に堕ちると人間相手では手を焼くので、退魔師が警察と連携して処理することも多いと聞く。
「恐らく数名は、桃子の通ってる『鹿島高校』に在籍している可能性が高いんだ。でもほら……お父さんもお母さんも高校には行けないし、退魔師は全体的に高齢化しててね……」
そこで、やっと父の意図を理解する。
「わ、私に鬼退治しろと!?」
「そう!流石話が早いな!あの夢魔の使い魔がちゃんと桃子を守れるかも見たいし、余程強い個体じゃなきゃ桃子の使い魔が鬼に負けることはないと思う。
一応、あの夢魔と監視も兼ねてサポートも付ける予定だ。
まずは軽い調査から……任せていいかい?桃子。」
正直おっかないが、退魔師として父に頼られるのは嬉しい。
私は少し間を置いてから「ま、任せてよ!私が1人前だって証明してあげる!」とイキったのだった。




