第17話【2人の絆】
今回の話では、少々残酷な描写があります。ご了承下さい。
尾張国・末森城。
「話、だと? 私がノブガとユキノに、か」
ヒデユキはミツコの狙いが読めない。ノブガに勝てるようにこちらを後ろ楯にするのが目的だと考えていたのだが。
手元の暗部からの報告からも分かるが、ノブガの戦力はあまりにもユキノとの差がありすぎる。
それにも関わらず、この少女が自分に求めるのは娘と息子との対話だと言う。それも当主ではなく父親として。
「それで何になると言うんだ。話だけで、此度の争いが止むと本当に思っているのか」
「それは分かりません。でも、昔歴史の授業で習った事があります。戦争が起こるのは、相互理解が足りないからだと。お互いを理解出来ないからこそ、恐怖心から争ってしまうと」
「なるほど、それは一理ある。――――が、果たしてその対話に意味はあるのか。言葉が通じぬ異国民間の争いならばともかく、此度の争いは言葉が通じる姉弟争いだぞ」
「たとえ言葉が通じたとしても、その真意が正しく伝わらなければ、それは言葉が通じてないのと変わりません」
「真意だと……?」
ミツコは黙って頷く。
「質問に質問を返すようで失礼しますが、貴方はノブガとどれぐらい会話をした事がありますか?」
「ノブガとの……会話だと」
「はい。勿論、当主としての事務的なものは無しです」
「……」
ヒデユキは口をつぐみ、眉間に皺を寄せて押し黙る。
「報告書や他人からの評価では、ノブガという人間もユキノという人間も推し量る事は叶いません」
「……そうだな」
確かに、ノブガがどのような想いで城から追い出され、どのような想いで町で暮らしていたのか。カイからの報告を聞くばかりで自分は直接全く知らない。
ユキノの事だってそうだ。これもカイからの定期報告から「次期当主として励んでいる」としか知らない。彼が実の姉に対してどのような感情を持っているのか、それすらも自分は知らない。
そうだ、自分は父親として自分の子供の内情等一切知らない。
それでも、と拳を強く握り締める。
「だが、それがどうしたと言うのだ。私は尾張国当主だ、普通の家庭の父とは違う。ノブガとユキノもまた、それを理解している筈だ」
「“筈だ”というのが貴方の限界です。確かに表面上は理解はしているでしょう。私が明智の家に居た時もそうでした――――それでも、子供はいつだって、親に自分という存在を認めてほしいものです」
認めてほしい。その言葉にヒデユキは鼻で笑う。
甘い、甘すぎる。
「ふん、くだらない子供の道理だな」
「それでも、それが子供の本心です。貴方にも、物覚えがあるのではないですか?」
「物覚え、か」
無い――――と、そう言えたのなら、どれだけ楽だろうか。
確かに、自分も父親に認められたいと思った事はある。これだけ次期当主として頑張っているのに、何故認めてくれないのかと。
(一度だけ私も父に問うた事がある。私を中々認めてくれなかった父は私にこう言った。“お前が次期当主として頑張るのは当たり前の事だ、何故それを誉める必要がある、何故それを認める必要がある?”と)
父の言葉は正しかった。私もそうあるべきだと思った。
私もまた、父のような正しい当主になろうと。子供への接し方も、父と同じく正しくあろうと。
そこまで考えたところで、ミツコは決定的な言葉を告げる。
「貴方は正しい当主でしょう。ですが、正しい父親ではなかった」
「っ!!」
正しい父親では、無かった。それはあまりにもヒデユキにとって衝撃的だった。
そこで項垂れるように、やがて「くくく」と小さく笑い始め手を挙げる。
「正しくない……正しくない、か。まさか、このような小娘にここまで断言されるとはな。……お前達、そう殺気立つな」
ミツコの周りを取り囲むようにヒデユキ直属の偵察部隊が懐から出したナイフを構えていたが、ヒデユキは停止の意味を籠めた挙手によって動きを止めた。
因みに、ミツコはミツコでその軌道を全て見抜いた上でいつでも懐に隠し持っている護身用の小刀を抜刀する準備を密かに整えていた。
「相手は明智の鬼の子、それも濃い純血だ。カイの比ではないぞ、お前達でも厳しいだろう」
ヒデユキは「さて」と言うと、改めてミツコの顔を見る。
「ノブガとユキノとの対話、受け入れようじゃないか。ただし、こちらにも1つ条件がある」
「条件、ですか?」
「ああ。悪いようにはしないつもりだ」
ヒデユキの言う条件というのが気になるが、ミツコは神妙に頷いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
尾張国・稲生部・キャンプ地。
〈ミチル、ミマサカミのエネルギー調整が完了したよ〉
上下による二段構造のコックピットに改築されたミマサカミの内部。上のコックピットにはユキノ、下のコックピットにはミチルがそれぞれ搭乗している。
ユキノは手元のタッチパネル式の端末を操作し、ミマサカミのエネルギー消費抑制のための計算及び調節をこなす。
〈了解です、ユキノ様。偵察部隊の報告では、ノブガ様のヴェスティード部隊はあと数分でこのキャンプ地に到着するようです〉
〈そうか……こちらの援軍はどれぐらいで到着するんだい?〉
〈恐らく、1時間足らずで到着すると思われます〉
援軍は1時間足らず、すなわちノブガ達よりも到着は遅い。それならば、それで好都合だ。
〈後で到着した援軍で奴等の退路を断つ。それまで、僕達は精々時間稼ぎをするとしよう、より確実に姉上の首を取るために〉
〈了解しました〉
ミチルはいつでも戦闘可能なようにミマサカミの起動の準備に入る。
端末に手動で入力した後、自身の端末にグローブとブーツを装着させてXXシステムを起動させる。
〈ミマサカミ、起動させます〉
《XXシステム、起動を確認。ヴェスティード、機動します》
メインアイが緑色に発光し、林一族の家紋である二つ引両紋を形取った家紋面からの電力供給伝達によりミマサカミの緋色のヒヒイロカネ装甲が青味のあるバイオレットに変色する。
〈さーて、これで後は姉上達の到着を待つだけ――――〉
〈おう、なら遠慮なくやらせてもらうわ〉
〈え……〉
次の瞬間、キャンプ地の中央で待ち構えていたユキノ達に向かって一斉射撃が行われる。それも、上空からだ。
一斉射撃によっていくつかの戦車は爆発し、戦闘不能に陥る。
〈こ、これは一体……っ?!〉
突然の奇襲にミチルも困惑し、ゴーグル越しの映像から辺りを見渡す。すると、ドスンという落下物の音が響いた。
そちらに視線を向ければまずノブガのダイロクテンが地面に着地し、それに続く形でアッシガール隊が次々に着地し戦車部隊を破壊するために四方八方に分散して戦闘行動を開始する。
〈姉上……一体何を……〉
〈前回の戦闘でお前等の位置取りは済ませたからな。ユキノ、キャンプを張るなら周りの地形には気を付けた方が良いぜ。ここは山岳地帯の稲生部なんだからよ〉
ノブガの言葉にミチルは「しまった」と苦々しく唇を噛み締める。
ユキノ達がキャンプ地に選んだのは山の斜面に囲まれた平原、すなわち谷部に近い地形を取っている。
〈山の斜面を急降下する勢いを利用して、真上に落ちてきたというわけですか〉
〈ご名答。そんでもって、この戦いの唯一のネックはお前だ。お前さえ討てば、この戦いはどうにでもなる〉
この家督争いにおいて、ユキノ側の戦力で一番目障りなのはミマサカミ1機のみ。
これを打倒出来れば、ノブガ側の勝利は濃厚だ。援軍に関しては戦車部隊を率いる伊賀隊の面々がキャンプ地の周囲に対戦車または対人用のトラップを設置している最中だ。
しかし、ノブガの言葉を鼻で笑うようにミチルが答える。
〈生憎ですが、このミマサカミを前回のものと一緒にしないでいただきたい〉
〈何だと……?〉
ミチルの言葉にノブガは首を傾げる。
〈そうさ。なんてったって、このミマサカミには僕も乗ってるんだからね!〉
ユキノからの通信でノブガは眉間に皺を寄せた。
〈てっきり戦車からの通信だと思っていたが、その機体にお前も乗っていたのか〉
やがて口角を上げて表情を恍惚に歪める。「くくく」という引き笑いも浮かべながら。
〈ヴェスティードは女しか乗れない筈だが、まあいい。つまり、ミマサカミを倒せばてめえの首も手に入る。シンプルで分かりやすい話じゃねえか!!〉
そこでダイロクテンは初めてハンドガンを構えてミマサカミに発砲した。
まずは足元に数発、続いて後退して距離を取りつつ装甲間から見え隠れしている内部フレームに命中させる。
(奴の機体は近接特化型。ならば、奴の間合いにわざわざ入る意味は無い。ヒヒイロカネ装甲に攻撃したところで効力は認められず、弾の無駄遣いにしかならねえ。ここは内部骨格に限定して攻撃し、内部骨格内に埋め込まれた小型電子回路を破壊出来れば、後は勝手に奴自身の熱で融解して自滅に追い込める)
ミマサカミはダイロクテンからの砲撃の雨を防ぐように両手で己の身を守ろうとする。
砲撃により地面から砂煙が巻き上がり、ミマサカミを覆う。
〈オラオラ、どうしたどうした!! なされるがままか、オイ!!〉
砂煙にその姿が隠れようとも、ダイロクテンは砲撃の手を一切緩めない。
その一方で眉間に皺を寄せる。
〈……反応が薄いな〉
数分後、やがて砂煙が薄れる。ミマサカミは相変わらず自身の身を守ろうとしているままだった。ただし、肩部に収納されていたヤタノ反射鏡装甲板が展開されている。
そして、徐々にだがミマサカミ周囲の空気が歪み始める。それはまるで陽炎のように。
〈っ!?〉
次の瞬間、ミマサカミのボディは幻のように消え去った。ダイロクテンは砲撃を中止し、辺りを見渡す。
〈くそ、どこに行った。反応が薄かったのは、残像の分身のせいか!〉
〈ノブガ様、こちらにミマサカミが――――あああああああああああああああ!!!!〉
〈な……〉
アッシガール隊の部下から届いた通信。そこでユキノの戦車部隊と交戦中だったアッシガール隊の方へ顔を向ける。
そこにはボディが融かされ、地に伏したアッシガールの死屍累々が広がっていた。
その中で、ミマサカミは青白く発光する手でアッシガール1機の頭部を掴んでいた。掴まれているアッシガールは既に力は無く機動停止しており、その頭部は液体状にまで融解が進んでいた。
ミマサカミはこちらを捕捉するダイロクテンの方を見る。
〈申し訳ありません。ヴェスティード部隊はこちらとしても厄介でしたので、先にこっちから潰させてもらいました〉
〈てめえ……やってくれるじゃねえか〉
ノブガのアッシガール隊とユキノの戦車部隊は共に倒れている。
ノブガとユキノは共に内部通信を入れる。
〈ハンジ、出番だ。いつまで玩具を仕掛けているつもりだ〉
〈ミチル、控えてる補充要員を追加するね〉
ノブガとユキノに言われ、ハンジとミチルは同タイミングで「了解」と応答する。
キャンプ地の奥に控えていたユキノ側の戦車部隊とハンジ達伊賀隊率いる戦車部隊がキャンプ地の中心地に同時に進軍し、両軍の戦力がぶつかる。
戦車の砲弾によって爆発音が響き渡る。
〈よくもオレのアッシガール隊を壊滅に追い込んでくれたな、それもたった1機で〉
〈お誉めに与り大変光栄です。次は、貴女の番ですがね、ノブガ様〉
このキャンプ地に残るヴェスティードはダイロクテンとミマサカミの計2機のみ。
最初に動いたのは、先程と同様にダイロクテン。急速にミマサカミから後退して距離を取る。
〈まずは距離を取らないとな!〉
〈今度は逃がしません!〉
青白く発光する手の照準を後退するダイロクテンに合わせてそのまま手首部位がダイロクテンを捕縛するために伸びる。
前回の戦いでは使用されなかった伸縮自在性の手首部位を今回は遺憾無く使用する。
〈そう簡単に捕まるかっての!!〉
ダイロクテンはハンドガンで発砲しミマサカミの照準を自身から外そうとする。
しかし、銃弾がミマサカミの手に命中する度に瞬時に融解してしまう。
〈おいおい、そんなの有りかよ!〉
〈姉上、降伏するなら今の内だよ〉
ユキノは既に勝利を確信しているのか、余裕な声をあげてノブガを挑発する。
ノブガは屈辱で顔を歪めて舌打ちをして吐き捨てる。
〈調子に乗るなよ、ユキノ!!〉
ハンドガンを投げ捨ててショットガンを腰部から持ち出して、手首を伸ばしつつこちらに急接近してくるミマサカミのタイミングに合わせて足元に向かって発射する。
ショットガンの衝撃がミマサカミに伝わり強く振動した。
〈〈くっ……!!〉〉
視界が激しく揺れ、バランスが崩れそうになるミマサカミのボディを安定させようとする。
直接ミマサカミのボディにダメージがつかなかったとしても、その余波がパイロットを襲えれば御の字である。
(あの手――確かデータには“融波熱手”って書いてあったか。あれを喰らうのだけは避けなくっちゃな)
ミマサカミには冷却装着は積まれていない。こうして逃げ回っていればいずれエンジンがオーバーヒートに陥る筈だ。ノブガはその望みに懸ける。
しかし、発光が青白いものの、その光量は前回の戦いより些か薄いようにノブガには感じられた。
〈埒が明きません。ユキノ様、ヤタノ反射鏡装甲板を展開します!〉
〈ミチル、あまり飛ばしすぎないようにね。出力を調整しているとは言え、少しずつエネルギーの消費量が増えてきているよ〉
〈了解です。ヤタノ反射鏡装甲板、展開!!〉
肩部に収納されていたヤタノ反射鏡装甲板が展開され、ミマサカミ周囲に高熱空間が集約される。高熱で光が屈折し、残像による分身機能が有効化する。
それと同時にダイロクテンを追従する融波熱手もノブガの目には複数に見える。
〈こんな、面倒だな!!〉
ショットガンは1発1発の威力が高いもののハンドガン程の連射力は無くまた使用者に対する反動も大きい。
分身している相手に使用するには向かない。ショットガンを腰部に戻し、2丁目のハンドガンに切り替える。
分身1つ1つに命中させる。分身ならば銃弾が素通りし、本物ならば銃弾が融解する。
ただし、銃弾の消費量が多すぎる。
〈チッ、あっという間に弾切れか――――っ!?〉
弾丸を補充しようとマガジンを取り出した瞬間、マガジンが撃ち抜かれた。
見れば、ミマサカミの腕部に仕込まれたバルカン砲による銃撃だった。
〈てめえ! まだそんな隠し玉を!!〉
〈フフ、柴田が色々と改良を加えたからね。バルカン砲なんて情報はそっちのデータには無かったでしょ?〉
〈……カイ〉
ユキノが発したカイの名前にノブガは下唇を強く噛み、血が滴り落ちる。
ダイロクテンをジグザグに移動させ、分身する融波熱手及びバルカン砲の雨を必死に避ける。
〈姉上、僕はずっと貴女が目障りだった。貴女が居なければ、父上はもっと僕を認めてくれていた! 母上だって、もっと僕を――――純粋に愛してくれてた筈なんだ、そうすれば、貴女を……〉
恨む必要なんて無かった。ユキノは口をつぐんでその言葉を呑み込んだ。
この戦いの中でそんな事を言ってどうする。そんな事を言って何になる。姉弟の情なんて、既に捨てた筈だ。
一方のノブガもユキノの言葉に苛立ちを浮かべる。父親に認められたい? 母親に愛されたい? そんなもの、ノブガが決して手に入らないものだ。そして、ユキノにしか手に入れられないものでもある。
自分が持っていないものを持っている癖に、カイまで奪って、これ以上何を望もうと言うのか。
〈それはオレの台詞だってえの! てめえが居なけりゃ、こんな無駄な戦いをしなくて済んだ! カイが裏切る事も無かった! お前を――――〉
討つ必要も無かった。その言葉はノブガ自身のプライドから口に出せなかった。ただ、胸元の四つ葉のクローバーを見て顔を歪める。
そうだ、自分はユキノを討つんだ。討たなければならないんだ。そう決めた筈だ。
ユキノは顔を俯かせて拳を強く握り締める。
〈姉上は良いよね。この戦いに勝てば当主のポストが約束されているんだから。でも、僕は違う!!〉
吐き捨てるように言い放つ。
〈たとえ勝っても僕はまだ次期当主候補のままだ。結果を示さなければ、父上は認めて下さらない! 結果を示さなければ、僕は父上と母上に捨てられるんだ!!〉
〈そんなの……オレの知った事か!!〉
瞳を動かし本物の銃弾と分身の銃弾を瞬時に見極める。それでも数発は命中するものの、ヒヒイロカネ装甲の耐久力のおかげでダメージは無い。
〈だったら、どっちにも捨てられたオレは、一体何なんだ!〉
避けつつも、ノブガは通信越しにユキノに自分の心をぶつける。
〈生まれた時から異端なオレは、邪魔な存在だった。だから母上はオレを恨み見捨てた、父上はオレを城から追い出した!〉
母親のハナヤは周りの言葉に敏感でとにかく神経質だった、だからこそノブガを恨み毒殺までしようとした。
父親のヒデユキはそんなハナヤからノブガを守るために城から追い出した。だが、その真意はノブガには全く伝わってはいない。
〈それでも、父上は貴女を認めていたんだよ!!〉
〈城から追い出した癖にか!〉
〈そうだよ。姉上が市井に下っても、父上だけは姉上を気にかけていたんだ!!〉
〈そんなの、嘘だ!!〉
ノブガは奥歯を噛み締める。怒りの感情を露にしつつも頭は極めて冷静さを辛うじて保たせる。ゴーグルに映るエネルギー残量にまだ余裕はある。まだまだやれる。
体勢を立て直そうとするノブガに対し、ユキノは尚も言葉を続ける。
〈嘘なんかじゃない、貴女は、本当に――〉
そこで、キャンプ地外で大規模な爆発音が鳴り響く。直後、ハンジからの内部通信が送られてくる。
〈織田のお嬢ちゃん。どうやら仕掛けていた罠が上手く発動したらしいぜ。暫くは足止め出来るが、相手の援軍全ては処理しきれないだろう。あくまで時間稼ぎだと思ってくれ〉
〈……それだけで十分だ、よくやってくれた〉
〈そんじゃ、一騎討ちを頑張れよ。こっちはこっちでそっちの邪魔をしないように援護しなきゃなんでな〉
〈ああ、分かってる〉
そこで通信を切り、さらにはユキノとの通信さえも切って通信拒否に設定する。もうこれ以上ユキノとの対話は不要だ。今は考えなければならない。どうすればミマサカミを倒せるか。
向こうにはヒヒイロカネ装甲を融解させる武装がある一方、こちらにはそんなものは無い。
(――――いや、あったな。オレには1つだけ、奴に有効な手が1つだけ)
思い出すのは前回の戦いの終盤、幻影弾を射出した際にヒヒイロカネ装甲に傷をつける事に成功した。
――ん? ヒヒイロカネにヒビだと……?――
どういう原理かは分からない。トシキに相談してみても、幻影弾の開発はカイに一任してあったので幻影弾の詳細を把握出来ていないと言われた。
理論は分からずじまいだが、幻影弾にはヒヒイロカネ装甲を脆くする作用があるのは判明している。そうと決まれば幻影弾を使用したいが、辺りにはハンジ達伊賀隊も居る。
まだ調整が完了していない現状の幻影弾では、敵味方関係なく無差別に攻撃してしまう。使用するならば、前回のように孤軍奮闘のような状況になる必要がある。
しかし、ヒビが入った箇所は右腕部分のヒヒイロカネ装甲だ。ならば、そこは奴の外装の中で最も脆い部分と言える。後はそこに狙いを集中出来ればわざわざ幻影弾を使用する必要も無い。
〈まだ、終わりじゃねえ!!〉
弾丸を補充しようとすればバルカン砲の餌食、よってハンドガンを投げ捨ててショットガンに再び切り替える。
長時間、分身の対処をしている内にノブガにも段々と分身と本体の見分け方がある程度判断できるようになった。
微量だが分身は本体に比べて不規則に振動しており、また地面に影を形成しない。
ショットガンであろうと比較的に当てやすい筈だ。
〈そこだっ!!〉
狙いを定めて発射したものの、相手が高速機動しているので外れてしまう。
〈無駄ですよ、ノブガ様!!〉
〈ちょこまかと!!〉
反動の強いショットガンでは予想以上に動く的に当てづらかった。これが戦車相手ならばまだ当てやすかったろうに。
どうにかしてミマサカミの動きを止める方法は無いものか。
〈……フッ、なんだ簡単な事じゃねえか〉
悩む必要等無かった。止める方法はここまでの戦いの中で最も簡単な事だった。
ノブガはダイロクテンの機動を急速に緩めてあっという間に立ち止まる。
〈なっ?!〉
ノブガの突然の行動にミチルは驚愕するが、すぐに右手でダイロクテンの左肩を掴む。
融波熱手によってダイロクテンの肩のヒヒイロカネ装甲が瞬く間に融解していく。
〈ようやく諦めましたか。大変手こずりましたが、やっと捕まえましたよ、ノブガ様〉
〈……さーて、果たして本当に捕まったのはどっちかな〉
ノブガは不敵に笑いつつ、掴まれていない右手に持ったショットガンで自身の左肩を掴んでいるミマサカミの右腕部のヒヒイロカネ装甲にショットガンの照準を合わせ、引き金を引いた。
〈王手だ。ユキノ、そして林ミチル〉
〈なっ?!〉
ショットガンの弾丸は真っ直ぐにミマサカミのヒヒイロカネ装甲を撃ち貫く。ヒビ割れていてもヒヒイロカネ装甲、その耐久力の高さから貫けた部分はかなり小さい。まあ、それでもノブガからすれば十分すぎるのだが。
案の定、ヒビ割れた箇所に加わった圧力によって、右腕部分に内臓された小型電子回路に不具合が表れ、電流が漏電して内部骨格を保護するヒヒイロカネ装甲から耐熱性の性質が徐々に失われ、融波熱手による融解の影響が自身にまで及び始める。
ショットガンの反動もあり、ミマサカミからの拘束も解かれた。
〈ま、まさか……自分自身を囮に使うだなんて!!〉
〈マズイよ、ミチル! 今のでミマサカミの小型電子回路に異常が出た。とにかく、融波熱手は停止させるよ!〉
〈……っ!!〉
融波熱手を失った。これはミマサカミにとって大きな痛手だ。
青白い発光は失われ、ノブガが危険視していたミマサカミの脅威が消えた。
〈融波熱手を解除したなら、こっちのもんだあああああ!!!〉
そのままダイロクテンはミマサカミの背後に回るとミマサカミを羽交い締めにするように拘束して地面に押し倒す。
〈〈ぐっ!!〉〉
〈これで、終わりだ!!〉
ショットガンの銃口をミマサカミのコックピット部位に押し当てる。
後はこの引き金さえ引けば、ミチルとユキノを始末出来る。ノブガの勝ちである。
〈ふ……ふふ、ふはは…………やっと、やっとだぜ〉
ノブガの笑い声を聞きながら、ミチルは項垂れて申し訳なくユキノに対して呟く。
〈申し訳ありません、ユキノ様。私の責任です……私が、浅慮でした……〉
〈……ミチル、嘘だよね? 僕が、こんな所で、負けるなんて……〉
〈申し訳、ありません……っ!!〉
ミチルの言葉によって形容し難い絶望感がユキノの全身を覆う。
僕の未来は絶たれた。誰にも認められる事無く、ここで姉の手によって無惨にその生涯が終わる。
そう考えるだけで絶望感はやがて虚無感にへと変わる。
〈……はは、僕の人生は、一体……何だったんだ? 僕は、母上の、妃としての地位を、盤石のものにするために生まれて、父上の跡を継ぐために頑張って、でも……認めてはもらえなくて……そう、たったの一度も……僕は、何のために……〉
頭を両手で抑えて「ああああああ!!!」と叫ぶ。何のために、生まれて、何のために、生きてきたのか。
何のために、自分は、次期当主を、目指したのか。
〈父上に認めてもらいたくて……母上に誉めてもらいたくて……姉上に……〉
姉上に、ノブガに、どうしてほしかったのか、どうしたかったのか。
そう考えただけで涙が止まらない。小さな過去の自分が耳元で囁く。簡単な事だと、植え付けられた憎しみで見えなくなってただけだと。
だから、素直な気持ちが溢れる。
〈姉上に、城に、戻ってきて欲しかった。城の中は、敵ばかりだ……僕を利用しようとする人達ばかりで、それでも……姉上だけは、僕を弟として接してくれた、姉として振る舞ってくれた……姉上だけが、僕の味方だった……〉
――だって姉上は……僕の憧れだから――
そうだ、過去の自分は、彼女をそう思っていたんだ。
夢の中で、自分はそう呟いていたのだ。
〈そんな事はありません〉
嘆くユキノに対してミチルは涙を浮かべながら、切なげに言う。
〈私も、貴方の味方です。貴方を、1人にはしません、決して〉
〈ミチル……?〉
そこで初めて、濁った瞳にミチルの姿が映る。ミチルは端末からグローブとブーツを取り外すと、そのまま上段のコックピットに登ってユキノを抱き締めた。
〈このミチル、死ぬ時は、貴方と共に〉
〈どうして……? どうして、僕なんかに……〉
〈私は、林一族の中では欠陥品です。それにも関わらず、貴方は私を拾ってくれた。お側で仕える事を許してくれた。私にとって、貴方は全てなんです〉
〈そっか……それは、嬉しいなぁ〉
ミチルを側近に選んだのは、ただ単に自分と年が近かったから。それ以上に深い理由は無い。
それでも、彼女はユキノを自分の全てだと断言した。ユキノは涙が溢れる。
自分を優しく抱き締めてくれるミチルに触れる。それはとても温かで、心地よくて、きっとユキノがずっと求めていたものだった。
〈……オレは〉
一方のノブガもまた、葛藤が頭の中で渦巻いていた。
ショットガンの引き金を引きさえすれば、全てが終わる。この無謀で無駄な戦いが終わるのだ。
だがそれは、自分の弟の命を永遠に失うという事。
――家族で殺し合うのは悲しい事なのよ、ノブガ――
ミツコが前回の戦闘中に溢した言葉。ミツコは聞こえていないと思ってるかもしれないが、ノブガはしっかりと拾っていた。
〈オレは、悲しいのか、ユキノを殺す事を。――――でも、だったらどうしろって言うんだ。ユキノを見逃すわけにはいかない、これ以上、仲間を傷付けるわけにはいかない〉
自分の周りで転がる戦車部隊とアッシガール隊の死屍累々の数々。事前に脱出して無事な者も居れば、そうでない者も居る。
こんな身内争いにこれ以上巻き込むわけにはいかない。それならば、ここでけりを着けるしかない。
そのために、今日ここで戦ったんじゃないか。全てを終わらすために、戦ったんじゃないか。
〈そうだ……コイツは、ここで殺す。オレは鬼だ、オレは化け物だ、人間の情なんて、オレにはいらない――――!!〉
引き金に力を入れる。
その時だ。
〈ノブガ、やめなさい!!〉
ヒナタカミから射出された刃指がダイロクテンの右手首に巻き付き、そのままショットガンを吹っ飛ばした。
その様子を戦車のハッチを開いて見ていたハンジは「ようやくのご到着かい、明智のお嬢ちゃん」と不敵に笑っていた。
〈ふぅ……どうやらギリギリ間に合ったみたいね〉
ヒナタカミに搭乗しているミツコは安堵の声を漏らす。
だが、ノブガはそうではない。
〈間に合った、だと……?〉
やっと、殺すための覚悟が固まったと言うのに。水を差したヒナタカミの行動にノブガは顔を般若のように怒りで染める。
〈何のつもりだ、ミツコ。言った筈だよなぁ、オレの道を阻む奴は誰であろうと容赦するつもりは無いって〉
弾き飛ばされたショットガンを拾うと、今度はその銃口をヒナタカミに向ける。
〈先にてめえから始末してやろうか〉
〈待ちなさいよ、ノブガ。私を始末するかは、まずは彼等と話をしてからにしてくれないかしら〉
〈彼等、だと?〉
そこでプロペラの駆動音が上空から聞こえてくる。ミツコとノブガが上を見れば、そこには移送用のヘリが1機こちらに向かって着陸しようとしていた。
移送用のヘリにはダイロクテンの家紋面にも使用されている五つ木瓜が刻まれている事から、尾張国のものだと分かる。
〈なっ!?〉
ヘリが着陸し、中から出てきた存在にノブガは驚愕し、同時に体が痙攣したかのように震える。
〈父上に……母上まで……〉
〈ノブガ。一度でいいの、ご両親と弟さん、家族皆で話し合って欲しいの。政治的な思惑も抜きにして、家族に対して自分のありのままの気持ちを〉
〈お前……こんな事のために、戦線から離脱したって言うのか〉
ダイロクテンはすがるようにヒナタカミの両肩を両手で掴む。
〈こんな、何の意味も無い事のために!!〉
〈意味ならあるわ。貴方達は、もっとお互いを知るべきだった。家族なのに、貴方達はお互いの事を知らなさすぎる。貴女はもっと、彼等に伝えるべきだった〉
ミツコの言葉にノブガは項垂れる。
だからって、何故わざわざこのような手間を。そう言いたくて、けれど言葉に出ない。
すると、ミマサカミのコックピットハッチが開き、中からミチルに支えられる形でユキノが出てきた。
酷く衰弱した様子で力無くダイロクテンを見上げている。その様子にノブガは複雑な表情に歪める。
〈……分かった、降りよう〉
ダイロクテンもショットガンを腰部に戻し、XXシステムを停止させてコックピットハッチを開き飛び降りた。
ミツコもノブガの付き添いとしてヒナタカミから降り、ノブガと共にヒデユキ達の元へ静かに歩く。
ヴェスティードから離れた位置に移動し、ノブガとユキノの双方の戦車部隊も武装解除し、戦車内に控える。
『……』
久々に揃った織田一族4人だが、互いに何とも奇妙な顔をしている。ヒデユキとユキノは何を話せばいいのか分からないと言った感じだが、ハナヤとノブガは居心地悪そうにはたまた不愉快そうに顔を歪めていた。
ミツコは横目でヒデユキを見つめる。ミツコとしてはヒデユキのみが末森城から赴いてもらう事が目的だった。
だが、ヒデユキはノブガ達との対話を受け入れる条件を1つ提示した。
――ただし、こちらにも1つ条件がある――
――此度の対話には、ハナヤにも参加してもらう。アイツも、家族だからな――
ノブガ達との対話にハナヤは当初の内は難色を示していたが、ヒデユキの説得によりようやくその重い腰を上げてくれた。実は、ミツコ達がキャンプ地に到着するのが遅れたのはこの説得に時間がかかったのもある。
ハナヤは鬼を憎んでいる。それはミツコに対しても変わらない。だからこそ、ミツコは不安でいっぱいである。自分から言い出して用意してもらった対話の場とは言え、この対話の終着点が全く読めない。
最初に口を開いたのは、当主であるヒデユキだった。
「今はノブガとユキノの家督争いの真っ只中だ。本来ならこのような場を設けるというのは言語道断……と言いたい所だが、思えば家族なのに私達が互いの意見を言い合った事は無かった。言いたい事がある者は遠慮なく話してくれて構わない」
ヒデユキの言葉にノブガとユキノは互いに顔を合わせて何とも言えない表情を浮かべる。
「言いたい事、ねぇ……」
「……僕は、あるかな」
ユキノは口に力を少し入れてから、やがてヒデユキの方を向いた。ヒデユキは頷く。
「言ってみろ、ユキノ」
「父上は姉上が市井に下っても気にかけていましたよね、僕の付き人だったカイまで仕向けて」
ユキノの言葉にハナヤは「ユキノさん、貴方またあの鬼の事を“姉”と……」と苦言を呈するが、ヒデユキの前なので声を荒げるような真似はしない。
ヒデユキは一度目を閉じた後に、首を縦に振って肯定する。
「……ああ」
すると、ヒデユキの肯定にノブガとハナヤは目を見開いてそれぞれ「なに……?」と「そんな、ヒデユキ様……何を世迷い事を」と言葉を失う。
そこでユキノは口元を歪める。
「ならば何故……何故、僕の事は一切気にかけて下さらなかったんですか。僕が、姉上より劣っているからですか」
「ユキノさん、何を言っているのですか?!」
そこで初めてハナヤも口を挟んでユキノの手を握る。
「貴方があの鬼より劣っている筈がありません! そうでございますよね、ヒデユキ様?」
ハナヤはすがるようにヒデユキに言い募る。自分の息子は次期当主に相応しい完成品なのだ。その完成品があのような欠陥品に劣る筈が無い。そのような事、あってはならないのだ。
ヒデユキはハナヤを横目で一瞥した後にユキノに告げる。
「お前がノブガより優れているか否か等関係ない。私は尾張国当主でお前は次期当主候補だ。あまり目をかければ親の欲目からお前への評価が甘くなると思ったから、お前の事を気にかけないようにしたまでだ」
優れているか否かは関係ない。それはユキノの「ノブガに劣っているか」という問いに関する答えにはならない。ユキノからすれば、暗に「劣っている」と言われたようなものだ。
俯きながら、尚も問う。どうしても諦められない、嘘でも良いからヒデユキに「お前の方が優れている」と言って欲しい。
「父上にとって、次期当主に相応しいのはどっちですか。市井で暮らしてきた姉上ですか。それとも次期当主になるべく精進してきた僕ですか!?」
「……」
ユキノの言葉にヒデユキは少しだけ黙ってノブガとハナヤの方を見る。
ノブガは腕を組んでどこか不機嫌そうに、ハナヤは不安そうにヒデユキを見つめている。
ヒデユキは意を決したようにこちらを見据えるユキノに告げる。
「残念だが、ユキノ。次期当主として相応しいのはノブガだ。聡いお前ならば、その理由は分かるな?」
ユキノは拳を強く握り締める。ハナヤは愕然とし、膝から崩れ落ちて「嘘よ……そんな筈は……なんで、どうして……」と反芻している。
ユキノは小さく笑う。ヒデユキの答えなんて分かっていた筈なのに、そしてその残酷すぎる事実に笑わなければやっていけない。
「結果を示せなければ、過程を切り捨てると……そういう事ですか」
「それが尾張国当主に求められる資質だ。口先だけの無能に尾張国を背負わせるわけにはいかん」
「口先だけの……無能……」
それがヒデユキの自分に対する純粋な評価。ならば、これまでの自分の努力は全て無駄だった事になる。無駄に時間を浪費し、元より叶わぬ当主の座を目指した自分のなんと滑稽な事か。
「あはは……はは……だったら」
目の前が滲む。声が震える。どうしようもなく怒りが沸き上がる。
「だったら、もっと早く言って欲しかった……だったら、僕を城から追い出して欲しかった……そうすれば、こんな思いをしなくて済んだのに……」
ユキノが涙を流す様を見て、膝から崩れ落ちていたハナヤはノブガを見つめ尋常ならざる憎しみを抱く。
何故なのだ、何故お前なのだ。何故、欠陥品が、私の完成品より優れているという評価になるのだ。
「何故、お前のような欠陥品が……ユキノより優れているの……」
「んだと……」
ノブガはハナヤを睨み付ける。一方のハナヤはノブガから視線を逸らして吐き捨てるように言い溢す。
「せめて……せめて、普通に生まれてくれれば」
「普通、だと……?」
ノブガの表情が益々険しくなる。
「誰がこんな体で生んだ、誰がこんな体を望んだ……オレは、オレだって――――こんな体で生まれたくなかった!!」
ずっと、ずっと胸に秘めて誰にというわけではないが、言いたくて言いたくて仕方なかった。
自分はこんな体に生んで欲しいと頼んだ覚えは無い、望んだ覚えも無い、ユキノは普通の体なのに、同じ血を持つ姉弟なのに、何故自分だけが。
ハナヤは気に障ったのか、初めてノブガと目が合った。
「……何ですか、私のせいだとでも言いたいのですか。お前のせいで、私がどれ程惨めな思いをしたと……まだ大人しくしていれば良かったものを、お前という鬼はウツケな行動を繰り返して……お前のせいで、私まで奇異な目で見られたのですよ!!」
「オレだけに責任を押し付けるな! アンタにだってオレを生んだ責任がある、こんな問題だらけの体で生んだ責任がな!!」
「っ!!」
ハナヤは衝動に任せてノブガの頬を叩いた。ハナヤの爪によってノブガの頬が切れ、そこから血が流れる。
ノブガは「何だよ」とハナヤを睨み付け、ハナヤは口元を震わせながら吐露する。
「私は、外から嫁いできた人間ですのよ。日ノ本の者は、外部から来た異物を受け付けない……ヒデユキ様も言っていたでしょう、結果が全てなのです。結果を出さなければ、私は排斥されるのみなのです! 国母として跡継ぎを生まなければならない、それも健康で普通の男児を、そして次期当主に相応しき品格と人格と実力を備えた男児を! 私は正室なのです、義務は果たさなければならないのよ!!」
ハナヤの掲げる理想。自らの子に求める条件にノブガとユキノは愕然となる。
「ふ、ふふ……ははは、なるほどな」
「僕は、義務の産物……」
ノブガは自嘲気味に笑った。ああ、本当に可笑しい。これは予想外だ、本当に予想外だ。
一方のユキノは頭の中がグチャグチャになっていた。
「オレは、つくづくアンタにとったら役立たずの出来損ないなんだな。女で、化け物で、ウツケで……」
「そんな事ないよ、姉上。僕は母上の理想にはなれない、理想の人形にはなれない。父上に目をかけられてる姉上に嫉妬して、父上に認めてもらいたくて……そればかりで、僕には次期当主としての品格と人格と実力――そんなものなんて無かったんだ」
拳を強く握り締める。力を入れすぎて血がはち切れそうだ。
ユキノの方も俯いて震えている。
ノブガはただただ屈辱で体が覆われる。
「ならいっそ、殺してくれれば良かったんだ。親は子を選べても、その逆は無いのだから」
「それは、出来なかった。ノブガ、お前はハナヤとの間に出来た初めての子だ。だからこそ、私の独断でお前を生かした」
そこで首を横に振って明確に否定の意をヒデユキはノブガに伝えた。
「たとえその身がどれ程異端であろうとも、生まれてくる子に一切の罪は無い」
重々しく、その口で言葉を紡ぐ。こうして話していて分かった。ノブガもユキノもハナヤも苦しんでいた。
そして、その元凶は紛れもなく自分である事を痛感した。
長い間、家族としての義務を放棄した贖罪を果たさなければならない。
「もし罪があるとすれば、それは親にあるだろう。――――いや、罪深いのは私だけか」
力無く笑い、こちらに注目する3人に向かって言う。
「私は夫としてもっとハナヤを守らなければならなかった、彼女の身に降りかかる悪意を払うのは私の役目であったのに。ノブガの事も放任するべきではなかった、鬼の血を引くノブガならば大丈夫だろうと高を括っていた。ユキノにももっと目にかけるべきだった、中途半端にノブガに同情し目をかけ、ユキノの事を蔑ろにした」
ヒデユキは頭を下げ、3人に謝罪する。
「お前達家族の溝を生んだのは私だ。すまなかった、私は、夫として父として、正しくなかったんだ。お前達ならば、家族ならば、言葉にしなくても気持ちは通じていると……傲慢にも考えていた」
尾張国当主の謝罪行為にユキノとハナヤが目を見開いて驚愕している中、ノブガだけが眉間に皺を寄せていた。
「ざけんな……ざけんじゃねえよ。今更そんな……」
そんな謝罪が、今更何になると言うんだ。何も変わらない。意味なんて無い。
「そんな言葉が何になるって言うんだ! そんな言葉じゃあ、オレもユキノも救われるわけが無え!!」
「姉上……」
ヒデユキは押し黙ってノブガの言葉を聞く。自分では、もう何も言えなかった。
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「何じゃ、何やらあそこで言い争っておるの。まあ、こちらとしては好都合か」
武装解除された戦場。そこへ単身で忍び込んだマサコは3機のヴェスティードを見上げて恍惚な笑みを浮かべる。因みに付き人のナルミはキャンプ地外に馬と共に待機している。
コックピットハッチが開いたままなのはミマサカミのみで、後の2機はコックピットハッチがロックされている。
その事にマサコは残念そうにヒナタカミを見上げながら嘆息する。
「どうせならあの赤い機体が良かったんだがの……ていうか、皆赤いの」
現在は家紋面の機能も停止しているので、装甲の色は元の赤色のままである。
まあ仕方ないとばかりに、搭乗可能なミマサカミに乗り込む。下段のコックピットシートに腰掛け、コックピット内に置かれたグローブとブーツを身に付ける。
「これを着ければいいのかの、あとこれも」
最後にゴーグルを身に付けると、端末にグローブとブーツを接続させる。
「こうすれば、良いのかの?」
《XXシステム、起動を確認。ヴェスティード、機動します》
「うおっ?! 何じゃい!!」
システムの起動音に驚きながらも、勘でヴェスティードの機動に成功した。家紋面が起動しヒヒイロカネ装甲が緋色から青紫色に変化する。
ミマサカミは立ち上がり、辺りを見渡す。
〈おお、これがヴェスティードか。うーん、良いぞ良いぞ~!〉
まさに大満足、と言った様子である。
「ん、あれは……」
ミチルは異変を察知してヴェスティードが待機している方へ向く。途端に、目を見開いた。勝手にミマサカミが機動しているのだから。
「バカな……どうして……っ!」
そこでユキノに肩を貸しながらコックピット内から出てきた時に衰弱したユキノに気を取られてロックをし忘れていた事を思い出した。
「私の、せいだ……」
やがてノブガ達も異変に気付き、ミマサカミの方を向いてミチル同様に目を見開いて驚愕する。
ミツコはミチルに問う。
「誰が乗っているの?!」
「分からないです……ですが!!」
ミチルは駆け出してダイロクテンまで駆け寄り、そのコックピットハッチ表面に取り付けられた端末にパスコードを入力してコックピットハッチを開ける。
ノブガはその光景に目を剥く。
「はあ?! なんでパスコード知ってんだよお前!!」
「いえ、ただ何となくノブガ様の誕生日を入力しただけですが」
ミチルの言葉にミツコは盛大に溜め息を漏らす。
「それ、セキュリティとしては最低すぎるわよ、ノブガ」
「う、五月蝿い! あんまり凝ったパスコードだと、いざという時に忘れるかもしれないだろうが!!」
「いや、だとしても誕生日は無いでしょ」
そうこうしている内に、ミチルはグローブとブーツを端末に接続させて機動体制に移行する。
〈ノブガ様、少々お借りします。ヴェスティード、起動!〉
《XXシステム、起動を確認。ヴェスティード、機動します》
家紋面からの電力供給伝達が開始された事でダイロクテンのヒヒイロカネ装甲が緋色から黒色に瞬く間に変色する。
ダイロクテンは腰部に装着されたショットガンの銃口をミマサカミに向ける。
〈一体どこの誰ですか、私とユキノ様の機体を奪った不届き者は〉
〈んー?〉
ミマサカミは首を傾げながらダイロクテンの姿を見つめる。
〈そうケチケチした事を言わんでも良いじゃろ、別に減るわけでもあるまいし……の!〉
〈っ?!〉
そこでミマサカミは脚部に収納されていたハンドガンを取り出して発砲した。
ミチルは突然の発砲に一瞬だけ怯むが、すぐにショットガンの引き金を引く。
しかし、ミマサカミは回転しながらショットガンの銃弾を避けるとダイロクテンの周りを円を描くようにハンドガンでの射撃を行う。
「これじゃ、ヒナタカミに搭乗出来ない……」
ミツコもヒナタカミに搭乗しようとするが、銃撃の雨に晒されて機体に近づけない。
〈くっ!!〉
〈折角ヴェスティードに乗っておるのだ。少し遊びに付き合うぐらい良いであろうが!〉
〈何を……ふざけた事を!!〉
ダイロクテンをハンドガンの銃撃の雨から逃れさせるためにノブガの動きを真似てジグザグに移動させる。
だが、今までミチルが使用していたミマサカミは近接特化型、だがダイロクテンは遠距離特化型であり、またノブガが扱いやすいように家紋面で調整されているため、どうにもミチルには扱いづらい。
〈すぐに、決着を!!〉
〈そう簡単にやられはせんぞ!〉
ミチルはゴーグルに表示されるダイロクテンの武装の中から使用しやすいものを探す。
その中で、非常用の小型ナイフが脚部に内臓されているのを発見し、それを取り出す。
小型ナイフを構えて、ミマサカミの動きをよく観察する。
〈はぁぁぁぁぁ………!!〉
息をゆっくり吐いてこちらに襲い掛かる銃弾の1つ1つを正確に捉える。
そして小型ナイフで銃弾を切断、あるいは弾き飛ばす事で対処する。
その行動にマサコは「おお!」と感心したように喜びの声をあげた。
〈お前、凄いの!!〉
〈逃がしません!〉
そのままミマサカミの持つハンドガンの銃口に目掛けて小型ナイフを投げた。
小型ナイフはまっすぐにハンドガンの銃口に命中すると、ハンドガンが暴発する。
マサコが「うお?!」と驚愕の声を出す間にダイロクテンはミマサカミの背後に回って羽交い締めにしようとする。
「銃撃の雨が止んだ……。よし、今の内に」
ミツコはこの機を逃すまいと控えているヒナタカミに駆け寄りコックピットハッチを開けて中に搭乗する。
〈覚悟――――っ!?〉
一方、ダイロクテンがミマサカミを羽交い締めにしようとしたその瞬間である。
〈―――――――――――っ………〉
「「「っ?!」」」
あまりの光景にノブガ、ユキノ、ミツコの3人は目を見開いて固まった。
ミマサカミは咄嗟に左手の融波熱手を起動させると、ダイロクテンのコックピットに向かって打ち込んでいたのだ。
当然、コックピットハッチは融解してコックピット内にまで貫通している。
小型電子回路に異常が起きているので一瞬だけの起動だったが、それでもコックピットハッチを貫通し、中に居るミチルの体を焼ききるには十分すぎる程であった。
融波熱手によって腹部から下半身が4500度の熱によって瞬く間に焼け焦げ、やがてドロドロに溶け始めていた。
意識が朦朧しているミチルは声を出せず、自らの肉が焼けた焦げた臭いに強い吐き気を覚える。
〈―――――――――〉
ミマサカミが左手をコックピット内から引き抜いた拍子にミチルの溶けた体もダイロクテンの外へと引っ張られた。
そのまま地面に落ちると「べちゃ」という液状化し始めた固形物の落下音のようなものが聞こえる。
「あ…あぁ……ミチル……っ!!」
ユキノは声を震わせながら恐る恐るミチルに近づく。
「ミチル……? そんな、え、どうして……」
既にミチルの瞳からは光が失われており、生気が感じられない。
「約束したじゃないか……ミチル。僕を、1人にしないって……なのに、こんな……っ!!」
ユキノが悲しみに暮れているとマサコの「あーあ、やってもうた」という声が聞こえる。
〈いやぁ、すまんの。殺す気は無かったんじゃが、つい咄嗟にの。もうちょっとヴェスティードで遊びたかったんでの〉
「……何だと」
マサコの悪びれの無い軽い謝罪にユキノは怒りで肩を震わせる。
そしてミマサカミを睨み付ける。
「ふざけるな……ふざけるな!!」
〈ん?〉
ミマサカミはユキノを見つめる。自分の足元で何やら少年が何か言っている。マサコからすればその程度の認識である。
「殺す気は無かった……? ヴェスティードでもっと遊びたかった……? ふざけるのも大概にしろ、お前のそんなくだらないお遊びで、どうしてミチルが死ななきゃならないんだ!! お前は何なんだよ、急に現れやがって! ここは僕と姉上の戦場なんだぞ、なんで無関係のお前がここに居るんだ! 出ていけ……出ていけよ、ここから出ていけよぉぉぉぉぉぉ!!!」
〈うるさい虫だの〉
「――――え……?」
ミマサカミは再び融波熱手を起動させてまるで蚊を潰すような要領でユキノを潰そうとする。
しかし、ユキノはミマサカミのその行動に驚いたわけじゃない。
ノブガがユキノを融波熱手の範囲から押し出すように突き飛ばしたのだ。
彼女は不敵に笑っている。
「姉……上? なんで……」
「お前を殺すのはオレの役目だ。こんなどこの馬の骨か分からねえ奴に譲る気は無いぜ」
自分の胸元で銀色に輝く四つ葉のネックレスを見つめる。ユキノがノブガに贈ったプレゼント。ノブガが生涯の中で唯一無二の家族からの贈り物だ。
ユキノが憧れの姉に贈った品だ。そう、憧れの姉。
ユキノに見えないように笑いながら言う。
「フッ、可笑しな話だよな。あんなにユキノを殺そうとしてたって言うのに――――今は守りたいなんてさ」
そうだ、嬉しかったんだ。自分をきちんと家族として扱ってくれたのはユキノだけだった。
だから、嬉しかったんだ。四つ葉のネックレスを贈ってくれた事も、憧れの姉と言ってくれた事も。
「――――駄目だ、そんなの!!」
ユキノは立ち上がると、全速力でノブガの元まで走る。融波熱手はもうノブガを潰そうとしている。
姉は死んではいけない。姉には自分には無い次期当主としての器がある。
この尾張国を背負うだけの度量がある。
でも、自分はどうだ。ヒデユキには口先だけの無能と称された。
ここまでの人生に意味は無かった。ならば、これからは――この瞬間だけは、意味があった事を証明しなければならない。
「姉上!!」
ノブガがユキノを押し出したように、今度はユキノがノブガを押し出した。
ノブガは反応出来なかった。まさか、ユキノがこのような行動を取るとは考えが着かなかった。
弟を守ろうとしていた自分は、あっさりと弟に押し出され、その弟は――――。
「――――っ」
融波熱手に、無惨に、潰された。
何か固いものを押し潰す音と共に肉が焼ける音が聞こえた。
融波熱手が解除され、ミマサカミは左手を上げて焼けたユキノの姿を確認する。
〈おー、こんがり焼けたの。ぷははは!〉
マサコの笑い声は最早ノブガには届かない。顔を硬直させ、震える足取りでユキノに歩み寄り、その体に触れる。
ユキノの肩を揺らす。
「おい……ユキノ?」
「あ…ね……う…え…?」
ユキノは辛うじて意識を繋ぎ止めていた。もう視界は暗く何も見えないものの、ノブガの声だけは聞こえる。
「なんでたよ……オレはお前を守ろうとしただろうが、なのになんでお前が逆にオレを守ってんだよ……」
「僕…には、何も……無い…から。ミチルが死んで、もう……僕、に、は……何も無い。でも……姉上は、違うから。姉上…なら……きっと、尾張を……だから、そんな姉上を守れたら……僕の人生に、意味は……あったん……だっ…て」
そこで、ユキノの言葉は途切れた。もう、ノブガの言葉に反応しない。
ノブガの頬に水が伝う。地面を濡らす。
本当はノブガだって分かっていた。ユキノも分かっていたのだ。
自分達の間には、確かに絆があったのだ。
経過した年月と周りの大人達の思惑によって、それが掠れて見えなくなっただけなのだ。
「オレって奴は、ホントに……大馬鹿者だな」
ユキノの亡骸を抱きながら、ノブガは肩を震わせながら静かに嗚咽を溢していた。
〈アンタだけは、許さない〉
すると、ミマサカミの前にヒナタカミが立ちはだかる。ミツコの声は低く、静かに怒りを帯びていた。
一方のマサコは反対に恍惚とした声で興奮気味に呟く。
〈ああ、ようやく合間見えたのう赤いヴェスティード。わっちはずっとお前に会いたかったんじゃ〉
〈悪いけど、私はアンタになんか会いたくなかったわ〉
ヒナタカミは大剣を取り出すと、その剣先をミマサカミに向けて構える。
コイツだけは許してはいけない。コイツは人の死を何とも思っていない。
人の命の重さを軽んじている、ミツコが最も嫌悪する人種であると直感した。
それはミツコにとって殺意にも似た明確な敵意であった。
【次回予告】
彼女達を覆う雨が降る。
それは一体、悲しみか、慰めか。
戦いは始まる。
ノブガの蒔いた種は、様々な形に分岐する。
次回、【戦乱の胎動】




